EP05-02
「俺に頼るほかにない君たちへ、提案できる選択肢はざっくりと二通り」
オペレーションが始まった途端、テラテクスは理知的な顔つきに豹変した。軽薄そうな雰囲気はすっかり影を潜め、煩わしげに
「まずひとつめ。
クレアは一瞬だけ思案顔を浮かべてから、黙って首肯を返した。彼女の掲げている
「ホムラ、頭の中にアイスアリーナを思い浮かべてみて? 氷上の妖精たちが、次々と華麗なスピンやジャンプを披露してる」
「ん……。オーケー、想像した」
「時間が経つにつれて、リンクには無数のキズや窪みが刻まれていくだろ? この痕跡はつまり、直線的な滑走を阻害する障害であると同時に
私は得心した。人工シナプス間の情報伝達処理は、この例え話の中で"滑走"に置き換えられているのだ。
「
確信を得た私が、興奮気味に口を挟む。
「そっか。何らかの目的を持って刻まれた凹凸をすべて均して、まっさらなリンクであらためて情報伝達を反復させるってことね。そうすればいつか、T-6011が有していた性質に辿り着く」
「正解だよ。どうやら君のほうが、ホムラよりも頭の回転がちょっとだけ早いみたいだね」
「私の名前はエリカだよ。まぁ、なんだっていいけど」
テラテクスの物言いに小腹が立ってしまった。彼の持っている
「理解や教養なんざどうでもいいだろ。『
「ああ嫉妬させてごめんよクレア。本当は君だけを相手にしていたいんだ」
中指を突き立ててクレアが続ける。
「で、その進化には何年かかる?」
「ふふ、聡明な質問だね。
「即却下だ。この無駄話を今すぐにやめろ、さもなければ撃つ」
再現性を得るまでの途方もない時間の長さに、私たちは一気に現実に引き戻された。
「テラテクス、ふたつめを話して。正直なところ、今の案もさっぱり意味不明だったけれど」
赤いポニイテイルを揺らして、ホムラが颯爽と仕切り直した。凛々しい外見とは裏腹に、理解力の及ばなかった彼女をなんだか愛おしく思う。誰にだって、得手不得手の
「もちろん教えるよ。ただしこちらの案は、俺にとってあまり好ましくない」
「……なるほどそういうことか。その案を採用する。今すぐ実行しよう」
一を聞くまでもなく、クレアは十を理解したらしい。私はホムラと顔を見合わせて、苦笑するだけで精一杯だった。案外クレアのほうが、ホムラよりも
「代わりに説明してやろうか」
クレアが尋ねると、テラテクスはやれやれと同意を示した。
「二人ともよく聞け。人工シナプスには、致命的な欠陥がある」
精悍な顔つきで話し始めるクレアを、私たちは静かに見守る。
「人工シナプスが人工であるがゆえに、その数や配置に至っては製造された
私たちの脳内にあるいわば本物のシナプスと、それらを模して作られた人工のシナプス。その決定的な違いをクレアは指摘した。
私たち人間を含むほとんどの
「えっと、テラテクスが語った可塑性。つまり
クレアの胸の膨らみを気にしつつ、私はそう問いかけた。
「そうだ。だからこそ俺とお前、そしてホムラはこんなにも違う。俺たちの発育に再現性などないし、そんなものがあるとすれば今すぐに
そこでクレアは、わざとらしい咳払いを挟んだ。解説に熱が入ってしまったことを恥じたのか、話の脱線を自ら戒めたのだと思う。
「要するに、俺が言いたいことはこうだ。より精度の高い
「でもクレア、そんなに高性能な
私が問いかけると、クレアの口許がにやりと歪んだ。それは誰がどう見たって、とてつもなく良くないことを考えている顔だった。
「あるじゃねーか。俺たちの目の前に、ほら」
クレアは顎先で、光源のほうを促した。
「三日さ。俺の
私はごくりと生唾を嚥下した。
ようやく事態を飲み込んだホムラが、フリーズから解き放たれて驚きの声を上げる。
「ちょっと待って。それってつまり……テラテクスが
これから踏み躙られようとしている
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