【逆進──希望的観測の蓋然性は】
EP05-01
用途不明の精密機器で溢れかえった一室。乱雑に絡み合いながら床を伸びる無数のケーブルを踏み分けて進むと、部屋の中ほどに電極仕掛けの
人工筋骨のあちらこちらが捲れあがり、剥き出しになった模造神経が痛々しい。
ガラス細工に触れるみたいに恐る恐ると、もう前線復帰することの叶わない
「……ごめんなさい。私たちの軽率な判断が彼に地獄を見せた。非人道的な行いだったって認める。少なくとも、彼らと共に過ごしてきたキミにとっては」
悲痛な面持ちの彼女に、私は首を振って答える。
「正直に言うね。T-6011が連れ去られたって聞いても、私は胸を痛めたりしなかった。それどころか、あなたたちの行為を『
目の前の視覚情報は、いつだって感情に訴える。私と同じ姿をした彼女たちが、根拠のないシンパシーを呼び寄せるように。
つまり見た目に惑わされているのは、ホムラたちだって同様のはずで。
「私の中身はね、あなたたちみたいに大人じゃないの。そっくりなのは見目形だけだよ。いっそのこと、軽蔑してくれたら楽なのになってちょっと思った」
私には人に誇れる
「たとえそうだとしても、キミは機械兵を
ホムラの言葉にはっとさせられる。あの時の突発的な怒りは、一体どこから湧き出たものなのだろうか。まっすぐに私を射抜くホムラの眼差しは、自責の念に震えていた。私に対して誠実であろうとする彼女は、私なんかよりもずっと儚くて危うい存在に思える。
「……ったく、二人してしみったれた空気に浸りやがって、ここは遺体安置所か? 花を飾って葬式でもあげるつもりなのか?」
苛立ちの声をあげるクレアだったけれど、その表情はどこか曇りがちだった。彼女なりに、何か思うところがあるのかもしれない。
「驚け
クレアが中空に向かって呼びかけると、「はいはーい」と陽気な返事が響いた。壁の一面が
「ところでクレア。クランケの病状説明はさておき、ディナーの約束はいつ果たされるのかな」
「今さっき
彼の軽薄な誘いをさらりとかわし、クレアは続けた。
「気に食わない野郎だが神奈木よりは信用できる。お前の見解を
横柄な態度をとるクレアに辟易することもなく、テラテクスは物知り顔を浮かべた。ホムラも私も、芝居がかった彼に冷ややかな視線を浴びせて催促する。
「
「アンは確かに、『現在進行系で微弱なシグナルを受信できている』って言ってた。その答えがこれなのね」
「アンってのは、君の
にやつくテラテクスに、クレアが壁を蹴りつけて警告する。
「この話で驚くべきは、搭載されていた
得意げに語るテラテクスは、私たちの中で誰よりも饒舌だった。
「脳に見立てられた
意図的に、焦らすような沈黙が
「ふふ、当然分かったよね。この俺と同じように、
私は目を瞬いた。決してテラテクスの解説が理解できなかったわけではない。それどころか彼の言うことは理に適っていて、思わず納得しかけたほどだ。ただ、その結論が受け入れ難かった。あの
けれど。
私は思い返した。
そうだ、あれは
執拗に繰り返した
私が生まれ育ったエリア096は、
遠いあの日、
もしも。
もしも
「ねぇテラテクス。希望的観測かもしれないけれど、私はあなたの仮説を推したい。だけど私の知っている戦騎兵たちは、アンの命令に絶対忠実な兵隊でしかなかった。だからどうしても、最後の最後であなたの話を信じられずにいる」
そこまでを訴えたところで、私はある考えに思い至った。
いや、思い至ったわけではない。すでに与えられていたその解に気が付いたのだ。
「まさか、T-6011に施されていた6203回の
テラテクスは不敵な笑みを浮かべ、ホムラが静かに頷いてみせた。憶測を重ね合う私たちを横目に、クレアが極めて何でもないことのように言う。
「今からそいつを解析するんだ。神奈木はおそらく、すでに結論を導き出した。タイミング的には、俺とホムラが二回目の遠足に出かけていた間だろうな」
クレアの言うとおりだった。時間軸でいえば、まさに私とホムラたちが険悪に睨み合っていたその
「納得いくまでやるんだろ? エリカ、お前が俺たちにそう提案したんだぜ」
クレアの発言を受けて、テラテクスが目を白黒させた。自らの残業を覚悟したのであろう彼に、私は不器用なウインクをしてみせたのだった。
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