EP04-02
「しっかり掴まってろよ
「もう少し穏やかに走ってよ! この時代にマニュアル運転だなんて、あなたの
風の声にかき消されないように、がなり声で非難した。するとあろうことか、バイクは突然に蛇行運転を始めたのだ。情けない悲鳴を上げて、必死で両腕に力を込める私。その腕越しに、クレアの腹筋がぴくぴくと震えているのが伝わってきた。なんという人でなしだろう。私を怖がらせて楽しんでいるのだ。
「あー、生きてるって素晴らしいなー」
棒読みのセリフを零しながら、クレアは荒々しいハンドル操作を続けた。手首を回してトルクが掛けられると、彼女の意思に呼応して馬力を上げる車体。それこそ嘶く馬のように、甲高い排気音を地平の果てまで響かせている。
これが
「ねぇ、そっちじゃない。ナギさんは、ここから北が私のエリアだって!」
「あー? どこの誰がお前を帰してやるって言ったよ」
どうやら私は、とんでもない思い違いをしていたようだ。意思の疎通が図れない相手なら、
座席から飛び降りるにも勇気が足りないまま、バイクは西へと突き進んだ。どこへ行くつもりなのかと不機嫌に尋ねても、クレアは「気分転換だよ」と
「少し、周りの雰囲気が変わった?」
「分かるか? それならお前は
「全力で志すよ。愛しの
延々に続くかと思われた深緑の風景は、いつの間にやらなりを潜めていた。進めば進むほどに、途切れ途切れの木々が千切れ千切れになっていく。それも、開拓者によって人為的に掻き分けられたというふうではない。科学者によって捻じ曲げられたとでも表現すべき、死を待つだけの異様な草木の姿が広がっていたのだ。
「
私がそう独りごちると、「ご名答」とばかりに
「こんなものじゃない。地平の果てまでずっと、草一本生えない永遠の砂漠だ」
「
「見たことないものを『知ってる』って言うのは、良くないことだと思わないか?」
物悲しげに問いかけるクレアの背中に、私は額をぎゅっと押し当てた。すると彼女は
先ほどまでの軽口の叩き合いが嘘のように、重たい沈黙が私たちの間を流れた。進行方向から照りつける日差しが、視界のほとんどを奪っている。やがて視認できたのは、中空に浮かぶ
「すっかりお馴染みの"大空の番人"だ。著しく景観を損ねてる」
「否めないけれど、直射日光を遮るにはちょうどいいじゃない」
メタリックな輝きを放つ正八面体には、どの面にも『004』というナンバリングが刻印されている。さらに遠方には、東西にかけて伸びる巨大な
「不自然な世界だろ。そもそも、
「機能しているのは
「少なくともその一部ではある。俺の活動実績は、今のところ人さらいと名所案内だけだがな」
クレアはそう言って、シガレットケースを私に差し出した。こうして目の前にしただけで、タバコの葉の濃厚な薫りが鼻腔を刺激する。親交を深める儀式としては、健康リスクが大きすぎるのではないか。
「遠慮しとく。
「
「さぁね、探してみたことがないから分からない」
子供扱いにへそを曲げて、私はしかめっ面をクレアに返した。けれど彼女といると、どうしようもないくらいに思い知らされることがある。アンに与えられるだけだった私は、嗜好品の一つすら求めたことがないのだ。こっそり探そうとしたことさえ、ただの一度も。
「さて、小腹も空いたし観光は終わりだ。
クレアはそう言って、再びバイクに跨った。すっかりスモークの匂いになってしまった彼女に、私はもう一度しがみつく。
「なぁエリカ」
「あらたまって何よ。というか、初めて名前で呼ばれた気がするけど」
キーが差し込まれ、セルモーターの回る音。エンジンが始動すると、その振動で私たちの身体が小刻みに震えた。
「危険を冒してでも、酒を探す価値はある。どんな環境でも、どんな境遇に育ってもだ」
「……覚えとくよ。素敵な観光ガイドの言葉だもの」
腰に回した手に力を込めると、クレアは声を上げて笑った。
「紅茶で殺し合うより、酒のほうがずっとずっと良いだろ」と。
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