【相違──主義と理想は交わりを厭う】

EP04-01





「なぁお姫様チャーミィ帰還をお望みホームシックなら俺が護衛エスコートしてやってもいいが」


 黙々と実弾銃ライフルの手入れを続けていたクレアが、苛立たしげに吐き捨てた。


「願ってもない話だけれど、あなただって謹慎中の身でしょ?」

神奈木かんなぎに従う義理はないね。俺にとって統率者リーダーはホムラだ」


 パイプが剥き出しになった無骨な机の上には、大小様々なパーツと工具が置かれていた。彼女は自身で解体バラした銃身を、慣れた手付きで再度組み立て直しているのだ。


「んー、ナギというのは、彼女のファーストネームだったのね」

「そうだ。人工生命体シュレーディンガーだろうが複製体クローンだろうが、エリア004ではご丁寧に名字が与えられるらしい」

「ユキシロ、それにカンナギか。なんだか美しい響きね」


 ひどく旧時代的アナログチックな作業を横目に、私は周囲を観察した。目の前の好戦的な自分クレアをどこまで信用していいのか分からない以上、状況確認は慎重に行わなくてはならない。


「ねぇ、シノノメってどう?」

「あん?」

東雲しののめクレア。あなたの名字よ」


 がちん、と弾倉がはめ込まれる音。装弾リロードを終えたクレアが、銃口を私に向けて露骨に顔をしかめた。お茶目な彼女に目を瞬かせつつ、両手を上げて降参のポーズを示す。


「……ええっと、なかなかに立派な武器庫だけれど、他には何人くらいいるの? 理に抗う子供イノセントゲリラだったっけ」

「さあな、実を言うと俺も新参者の一人だ」

「それは意外ね、すっかり年長者トラブルメーカーの振る舞いなのに」


 実弾銃ライフルの餌食にならないよう、思い切ってクレアとの間合いを詰めて言う。乾いた銃声が響くこともなく、その代わりにクレアが笑いを噛み殺す声が漏れた。私の二度目の冗談ジョークが、ようやく彼女のツボに入ったらしい。


「意外なのはお前だ。どうせ子鹿のようなお姫様チャーミィだとばかり」

「図々しい客人ですって? そうね、世間知らずだもの」


 クレアの向かいへと腰掛けて、ポケットの中からハンドガンを抜き出した。とっ散らかった机の上に、私のハンドガンも加えて並べる。


「こうするとほら、優雅なティータイムみたいでしょ」

「乙女たちは紅茶で殺し合う──ってか」

「何それ、面白そうな宣伝文句キャッチフレーズ


 歯を見せて笑い合う私たちは、はたから見れば旧知の仲のように映るだろうか。それこそ双子の姉妹みたいに、微笑ましくカフェテラスに溶け込めるかもしれない。


「ねぇクレア。私、そろそろここを出ようと思うんだけど」

「俺は止めないぜ。何しろ謹慎中の身だからな」

「残念なことに、護衛を雇うお金がないの」


 そう言って首を窄めてみせると、クレアは今度こそ盛大に吹き出した。次からは是非とも、子鹿じゃなくて子猫に例えて欲しいと願う。


「あなたのこと、忘れないから。だって生まれて初めて、私に回し蹴りを浴びせた相手よ」

遠足ピクニックの途中で、ツレが命を落としそうになったんでね」


 険しさを取り戻したクレアの視線には、存分に威嚇の意味が込められていた。彼女はどうやら、ホムラの身を真剣に案じているらしかった。


 私は刹那、逡巡する。

 暴挙を謝罪するべきか、軽口を重ねるべきかと。


「……外出する理由が欲しいのは、今だって同じでしょ?」


 捨て身で呟いた三度目の冗談ジョークが、ついにクレアの気持ちを動かした瞬間だった。





 √───────────────────√





 連れ立って武器庫をあとにし、殺風景な廊下の曲がり角を何度か曲がった。クレアはその途中で、自らのバングルに向けて「少し出てくる」と交信を始める。ホムラが身に着けていたものと、まったく同じデザインの腕輪だ。


「おいおいクレア、それは許可できないよ。あとからNAGIナギに叱られる俺の気持ちを考えてみてくれる?」


 バングルに埋め込まれた液晶には、青味のかかった白髪はくはつの青年が映っていた。陽気な声でクレアを咎める彼は、大袈裟なジェスチャーで泣き真似をしてみせる。


「気色が悪い。即刻やめろ、吐きそうだ」

「あーあ、交渉決裂だね」


 聞こえよがしにクレアが舌打ちした。彼女は小さくかぶりを振ってから、細く息を吸い込んで怒りを静める。


「それは残念。ここで俺を見逃せば、ディナーに付き合ってやるつもりだったんだが」

「質問をひとついいかい。その席では、アルコールも許可されるのかな」

「浴びるほど飲めばいい。バーボンも処女バージンもまとめてくれてやる」


 切れ長の目を殊更ことさらに細めて、液晶の中の彼は不敵な笑みを浮かべた。長いまつげに細い顎のライン、中性的な顔立ちが印象的だ。


「オッケー、交渉成立だね。俺は今からジャスト3分後に誤作動を起こすから、となりの彼女にもどうぞよろしく」


 クレアは軽蔑の眼差しを彼への返事とし、交信を一方的に切断した。そして遠慮がちに覗き込んでいた私と目が合って、やれやれと前髪をかき上げるのだった。


「ち、ちらりと見えたんだけどね、今のナビゲーターはあなたの趣味?」

「まさか、優男は俺の好みじゃない」

「でもさっき、ば、ばば、バージンがどうとかって……」

「一生をかけても画面から出られない相手と、一体どうやってセックスするんだ」


 クレアの説明は端的でも、非常に要領を得ていた。つまり彼女が今しがた交信していた相手は、ネットワーク上に構築モデリングされた仮想人格ニア・フィジカルだというわけだ。


「あいつの名はテラテクス。非合法の代替知能インターフェイスで、俺たち理に抗う子供イノセントゲリラをまとめる補佐役を担ってる」

「さっきの態度を見るからに、早めの転職を勧めたいね」

「ホムラが取り合わないから、同じ顔をした俺を口説いてるのさ」


 背筋に冷たいものが走った。その理屈でいくと、私も彼の恋愛対象に成り得るのかもしれないからだ。クレアの言葉を借りるならば、軽薄な男は私の好みじゃない。


 詮無い無駄口が過ぎたと判断したのか、クレアはそこで歩みを速めた。3分後の約束された誤作動を前にして、私も急ぎ足で彼女に続く。ほどなくすると、出口と思しき場所へと辿り着いた。仰々しく構える鋼鉄の扉が、核シェルターの出入口を彷彿とさせる。


「……勘違いされると面倒だから、これだけは言っておくが」


 私を振り返ることなく、クレアはそう前置きした。彼女から放たれる只ならぬ気配に、私は思わず固唾を飲む。


「仮に酒を食らおうが処女バージンを奪おうが、所詮、機械仕掛けメカニカル機械仕掛けメカニカルに過ぎない。だから俺は永遠に神奈木を信用しないし、何があってもこの実弾銃ライフルを手放したりはしない」


 低く暗い声音に、様々な感情を垣間見ることができた。クレアが背中に背負っている実弾銃ライフルには、何某なにがしかの信念が宿っているのだ。その並々ならぬ想いは、温室育ちの私には想像もつかないもので──。妙な言い方になってしまうけれど、きっと尊敬に値するものだろう。


「教えてくれてありがとう。それがあなたの生き方スタンスなのね」

「生き方だとか、そんなに立派なものじゃねーよお姫様チャーミィ


 重々しい扉がゆっくりと開き、眩い太陽が視界に飛び込んでくる。やっと振り向いてくれたクレアの表情は、逆光になってしまってうまく読み取れなかった。




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