【相違──主義と理想は交わりを厭う】
EP04-01
「なぁ
黙々と
「願ってもない話だけれど、あなただって謹慎中の身でしょ?」
「
パイプが剥き出しになった無骨な机の上には、大小様々なパーツと工具が置かれていた。彼女は自身で
「んー、ナギというのは、彼女のファーストネームだったのね」
「そうだ。
「ユキシロ、それにカンナギか。なんだか美しい響きね」
ひどく
「ねぇ、シノノメってどう?」
「あん?」
「
がちん、と弾倉がはめ込まれる音。
「……ええっと、なかなかに立派な武器庫だけれど、他には何人くらいいるの?
「さあな、実を言うと俺も新参者の一人だ」
「それは意外ね、すっかり
「意外なのはお前だ。どうせ子鹿のような
「図々しい客人ですって? そうね、世間知らずだもの」
クレアの向かいへと腰掛けて、ポケットの中からハンドガンを抜き出した。とっ散らかった机の上に、私のハンドガンも加えて並べる。
「こうするとほら、優雅なティータイムみたいでしょ」
「乙女たちは紅茶で殺し合う──ってか」
「何それ、面白そうな
歯を見せて笑い合う私たちは、はたから見れば旧知の仲のように映るだろうか。それこそ双子の姉妹みたいに、微笑ましくカフェテラスに溶け込めるかもしれない。
「ねぇクレア。私、そろそろここを出ようと思うんだけど」
「俺は止めないぜ。何しろ謹慎中の身だからな」
「残念なことに、護衛を雇うお金がないの」
そう言って首を窄めてみせると、クレアは今度こそ盛大に吹き出した。次からは是非とも、子鹿じゃなくて子猫に例えて欲しいと願う。
「あなたのこと、忘れないから。だって生まれて初めて、私に回し蹴りを浴びせた相手よ」
「
険しさを取り戻したクレアの視線には、存分に威嚇の意味が込められていた。彼女はどうやら、ホムラの身を真剣に案じているらしかった。
私は刹那、逡巡する。
暴挙を謝罪するべきか、軽口を重ねるべきかと。
「……外出する理由が欲しいのは、今だって同じでしょ?」
捨て身で呟いた三度目の
√───────────────────√
連れ立って武器庫をあとにし、殺風景な廊下の曲がり角を何度か曲がった。クレアはその途中で、自らのバングルに向けて「少し出てくる」と交信を始める。ホムラが身に着けていたものと、まったく同じデザインの腕輪だ。
「おいおいクレア、それは許可できないよ。あとから
バングルに埋め込まれた液晶には、青味のかかった
「気色が悪い。即刻やめろ、吐きそうだ」
「あーあ、交渉決裂だね」
聞こえよがしにクレアが舌打ちした。彼女は小さく
「それは残念。ここで俺を見逃せば、ディナーに付き合ってやるつもりだったんだが」
「質問をひとついいかい。その席では、アルコールも許可されるのかな」
「浴びるほど飲めばいい。バーボンも
切れ長の目を
「オッケー、交渉成立だね。俺は今からジャスト3分後に誤作動を起こすから、となりの彼女にもどうぞよろしく」
クレアは軽蔑の眼差しを彼への返事とし、交信を一方的に切断した。そして遠慮がちに覗き込んでいた私と目が合って、やれやれと前髪をかき上げるのだった。
「ち、ちらりと見えたんだけどね、今のナビゲーターはあなたの趣味?」
「まさか、優男は俺の好みじゃない」
「でもさっき、ば、ばば、バージンがどうとかって……」
「一生をかけても画面から出られない相手と、一体どうやってセックスするんだ」
クレアの説明は端的でも、非常に要領を得ていた。つまり彼女が今しがた交信していた相手は、ネットワーク上に
「あいつの名はテラテクス。非合法の
「さっきの態度を見るからに、早めの転職を勧めたいね」
「ホムラが取り合わないから、同じ顔をした俺を口説いてるのさ」
背筋に冷たいものが走った。その理屈でいくと、私も彼の恋愛対象に成り得るのかもしれないからだ。クレアの言葉を借りるならば、軽薄な男は私の好みじゃない。
詮無い無駄口が過ぎたと判断したのか、クレアはそこで歩みを速めた。
「……勘違いされると面倒だから、これだけは言っておくが」
私を振り返ることなく、クレアはそう前置きした。彼女から放たれる只ならぬ気配に、私は思わず固唾を飲む。
「仮に酒を食らおうが
低く暗い声音に、様々な感情を垣間見ることができた。クレアが背中に背負っている
「教えてくれてありがとう。それがあなたの
「生き方だとか、そんなに立派なものじゃねーよ
重々しい扉がゆっくりと開き、眩い太陽が視界に飛び込んでくる。やっと振り向いてくれたクレアの表情は、逆光になってしまってうまく読み取れなかった。
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