EP02-03





 困惑を隠せない私に、ホムラもまた戸惑いを覚えているようだった。胸に抱いた疑問に的確な解を得られないのは、お互いに同じなのだと今更ながらに気付く。重々しい沈黙をいとうように、クレアが横柄さを滲ませて言った。


「まぁ聞けよ。お前がご執心の芋虫を解析した結果、6203回の世代退行ダウングレードを確認したんだ」

「……何を言ってるの? 世代交代アップグレードの間違いじゃなくて?」


 私は記憶している。アンは事あるごとに、戦騎兵たちの世代交代アップグレードを繰り返し説いたのだ。だからこそ彼らは、人間と云う生物を認識すらしないのだと。それはつまりエリカ、貴女の身の安全を未来永劫に約束するものだと──。


「解析結果に誤りがあれば、俺とホムラはこうして悠長にしていられない。シグナルの波長を合わせるだけで、得体の知れない侵入者を同系統お仲間だと錯覚する。まったく、お粗末な警備網に感謝しきりだろ?」


 しつこく食い下がろうとする私を、クレアは憐れむような視線で一瞥する。彼女はいつの間にやら、細長い葉巻を手にして紫煙を燻らせていた。青空へ向かってぷかぷかと立ち上るスモークの姿は、この場にそぐわない長閑のどかささえ感じさせる。


 この時点で、私は反論の余地をなくした。私が嗅いだことのない刺激的な匂いを漂わせながら、つまりクレアは言外にこう告げているのだ。「狼煙を上げてなお俺たちが迎撃されないことが、俺の言い分が正しい何よりの証拠だろう」と。


 隣り合うホムラが、さも迷惑そうに葉巻の煙を払ってから話を続ける。


「エリカ。キミの心中を察した上で、センシティブな質問を重ねることを許して。このエリアの統率者は、果たして信じるに値するのかな。彼はね、かつて多くの命を奪った人工知能の暴君のはず。そもそも私には、人類虐殺シンギュラリティを経たキミが、どうして機械兵たちの肩を持つのか理解に苦しむところがあって──」「──信用できるに決まっています。少なくとも、降って湧いたようなツーマンセルよりはずっとずっと」


 あぁ恐ろしいと、クレアがわざとらしく合いの手を入れた。芝居がかったその仕草に、私は語気を強めてまくし立てる。


「あなたたちは私を侮蔑しに来たの? 時代遅れのセキュリティに縋る私を、まるで原始人みたいだって嘲笑して満足した? たとえ脆弱な環境だったとしても、私の世界は平和そのものだったの。ほんの少し前まで、あなたたちが現れるまでは!」

「同意できる。確かにホムラは嫌われ者だな。正直に吐露すれば、俺だってあまり仲良くしたいタイプの人間じゃない」


 冗談めかしてぼやくクレアに、ホムラは微塵も取り合わなかった。険しいホムラの表情に、私は何故だかほんの少し後悔の色を見たような気がする。


「私の目的はね、キミに外の世界を知ってもらうこと、ただそれだけ。そして選んでほしいの。お膳立てされたジレンマに惑わされずに、エリカが下す選択リベラルを私に見せてほしい」


 ホムラの遠い眼差しが、私の心をざわつかせた。その姿は同じはずなのに、私とは比べようもないほどに大人びている。


「そうやって動揺させて、仲間を増やす手口なのね。あなたが義賊を気取っていても、私にとってはただのテロリストなんだから。ねぇ、何が言いたいか分かる? 安穏を掻き乱すテロリストである以上、あなたたちは必ず滅びるってこと」

「……そうかもしれない。だけど私には、を導く義務があって──」「──訳の分からないことばかり言わないで!」


 私は怒号を上げながら、ひたい仮想投身器サークレットへと手を掛けた。アンの承認を得ずとも、観測方針を能動的探求者ベルセルクへ切り替えることは可能だからだ。もちろんその再現性クオリティは劣るけれど、目の前の実体に危害を加えるくらい造作もない。だって私が立っているフィールドは、彼が支配するエリア096なのだから。


 そしてこれは、電撃銃テーザーじゃない。

 つまり発動させてしまえば、


「バッドエンドまっしぐらだな。複製体クローン同士でり合うとか、笑うしかない冗談だ」

「クレア、本当に少し黙って。私はクレアを嫌いたくないの」

「いいや、黙らない。目の前でお前が殺されたら、後味が悪いだろう?」


 クレアは言うが早いか、態勢を低く落として──次の刹那には、私の首筋に重たい回し蹴りを浴びせていた。小気味よいまでの衝撃音と共に私の視界はぐらりと揺れ、薄暗いもやが頭上から降りてくる。


 完全に失敗した。

 感情に身を任せるままに、私は彼女たちとの距離を詰めすぎたのだった。


「……拒絶する気持ちは分かるよ。エリカ、キミはもう一人の私だから」


 崩折れるようにして両膝をついた私に、ホムラはそう言って右手を差し出した。遠のきかけた意識の中で、彼女の手を乱雑に振り払おうとしたその時だった。


 肉体機能に暗幕が落とされるまにまに、私は私の潤んだ瞳を確かに見たのだ。


 ホムラの表情には、抱えきれない残悔の色が浮かんでいる。今しがた感じ取った彼女の葛藤は、やっぱり錯覚なんかじゃなかった。


 ねぇホムラ、どうしてあなたが泣いているの?


 私の問いかけは言葉にならず、混濁した意識は深い場所へと沈んでいく──。




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