EP02-02
ちりちりと焼きつく直射日光と、動力炉のファンみたいに容赦のない風が私を弄ぶ。思えば、陽射しや自然風のもとに晒されるのはずいぶんと久しぶりだった。私はアンの言うように、知らず知らず
「待って、ちょっと待って」
ぶるぶると
彼が人型で在ることに、意義なんて何もないはずだった。裏を返せば、彼が肉体を有していないことにも。
それなのに今の私は、
「何もかも全部、ホムラとクレアのせいでしょ?」
私の愛していた静寂の世界に、不協和音をもたらしたのは彼女たちなのだ。そう自分自身に言い聞かせるような、ひどく恨めしい声だった。
完璧に噛み合っていた歯車が、少しずつ軋んで狂い始めている。義賊だか何だか知らないけれど、理由の見えない彼女たちの侵略が、理不尽で憎らしくて仕方なかった。
「……ほんとうに、いやになるね」
もう自覚している。
例えば私の見目形が、どうして彼女たちと同じであるのか。例えば
平穏を望む心とは裏腹に、ホムラとクレアの再来を願っている自分もいる。乱れてしまったハーモニーを元に戻す
私の
見下ろした視界の片隅に、颯爽と走り抜ける二つの人影を見つけたのだ。
眼下には、特徴的な赤い髪が揺れていた。彼女たちは目を疑うような疾さで
加速装置の原理を推測しながらも、私は条件反射で走り出していた。身の危険も顧みず、下層のCUBEへと迷いない跳躍を繰り返していく。
着地のたびに衝撃が走り、なまりきった身体のあちこちが悲鳴を上げた。アンは彼女たちを補足できているだろうか。戦騎兵が迎撃していないことを考慮すれば、怪しいところだ。
疾駆する彼女たちは、どうやらこちらを目指しているようだった。瞬く間に、二人の表情が目視で確認できる距離にまで接近する。最下層のCUBEから飛び降りるのと同時に、私は腹の底から叫んだ。
「ホムラ、クレア、そこで止まりなさい!」
「やあ、はじめましてお姫様。俺の名前を知ってくれているとは光栄だ」
私の呼びかけに勝ち気な眼差しで応じたのは、クレアだ。『俺』という
私と同じ大きさの胸元から何かを取り出そうとした彼女を、隣のホムラが制止しながら言う。
「
ホムラは人懐っこい笑顔を浮かべていたけれど、どこか凛とした芯の強さを感じさせた。それでもアンからの
彼女のテロリスト仲間が解析したというのは、おそらくT-6011の情報配列のことだ。機体の構築概念を隅々まで洗って調べ上げるのは、
「……私の名前はエリカ。ふざけた侵入者に安眠を妨げられて、とても不愉快です」
ホムラへの当てつけとして、告げる必要性のない名前をあえて名乗る。すると不快感を隠そうとしない私を見て、クレアがどっと吹き出した。彼女はレンズの奥の瞳を、上機嫌に細めて応じた。
「お前の言い分も当然だな。合わせ鏡みたいなホムラに初めて出会った時、俺も不快感をあらわにしたものさ。
「クレア、悪いけどちょっと黙って。余計に眠れなくさせてどうするつもり」
「
情報量の多さに混乱する私を差し置いて、ホムラとクレアは険悪に睨み合った。同じ塩基配列をしていれば、阿吽の呼吸で分かり合えたりするイメージだけれど、そういった
「……できれば、順を追って説明していただけるとありがたいのですが」
「困惑させてごめんね。今ので察しはついたと思うけど、クレアはオツムが弱くて」
「は? この俺が居なかったら、お前はあの
クレアが激しい剣幕でホムラの胸ぐらを掴んだ。"彼女には効率主義に基づいた行動パターンが目立ちます"と分析していたのは、どこの誰だったっけ。
それはさておいて──。
「あの、ワームという呼び方はあんまりじゃないですか? 彼ら
あくまでも一定の距離を保ったままで異議を唱えた。アンの統率する戦騎兵を、よりにもよって
「俺には理解できない。粗悪品を芋虫と呼んでなぜ非難される」
「っ! あなたねぇ──」
丸腰であるにもかかわらず、私はクレアへと突っかかった。その私とクレアの間に立つようにして、ホムラが衝突を遮る。私たちを宥めるように首を振ってから、ホムラは複雑な面持ちで切り出した。
「実はその点について、エリカに尋ねたかったの。このエリア096は、かつて
思ってもみない問いかけに、私は目を丸くする。
ホムラとクレアに再会して、私は胸の中のもやもやをすべて晴らすつもりでいた。けれどそういった淡い期待こそが、とんでもない思い違いだったのかもしれない。
「ホムラ、それにクレア。あなたたちは要するに、
芋虫ではなくて、試作機。
慎重に言葉を選んだ私の問いかけに、ホムラは神妙な態度で頷いたのだった。
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