【接触──手を差し伸べる彼女が幻想を囁く】
EP02-01
向かい合った青年のきめ細やかな肌に粗はなく、流砂を思わせる黄金色の髪はなめらかに艶めく。蒼く澄み切った両の瞳には、訝しげな表情で身構える私が映っていた。
アンの
「エリカ、どうやらお気に召さないようですね」
「その不自然な笑顔をやめて。そして事情を説明してちょうだい」
ニヒルと表現できなくもないアンの笑顔を非難する。しかし事情と言うよりも、その動機を教えてくれと言うべきだったかも。
「もう少し手間暇を掛ける時間があれば、より精巧な美青年を造り上げることができたのですが。そもそも男性用に比べて、女性用ドールにはサンプルの数が乏しい」
「
美青年の皮を被ったハレンチなポンコツに、私はこれ見よがしの溜め息を吐き出した。アンは昨晩のやり取りを、一体どのように解釈したのか。
理解の壁を飛び越えることを早々に諦めた私は、囚われの身となっている
「固有識別番号T-6011は、99.9パーセントの確率でエリア004に連行されたと考えられます。現在進行系で微弱なシグナルを受信できていることから、同機体がスクラップを免れているのは確定事項かと」
「
私の
ああ、彼が人型をしているだけで、なんだか調子を狂わされてしまう。対人能力の低すぎる私としては、一秒でも早くこの
「ねぇアン、ひとつ根本的な疑問があるんだけど」
「遠隔起爆ならすでに試みました。彼の
自らの有能さを示すみたいに、
当然といえば当然なのだけれど、アンは彼女たちを殺害することに
「聞きたかったのはそれじゃなくてさ。あのね、私たちは
それは昔々の物語。
かつてこの世界を半壊させた、
国境という国境は瞬く間に曖昧になり、国家という国家は解体を余儀なくされた。歴史愛好家の見解によれば、国という守るべき
悪循環を続ける
では彼らは、どのようにして不毛な争いを治めたのか。
政府は残された大地を108つに
私の知っている
「いいえ、エリカの認識に間違いはありません」
「だったらどうして、ホムラとクレアは
「ほんの数ヶ月前までは、エリカの認識が我々の
やたらと芝居がかった様子で、アンは肩を竦めてみせた。憎々しげな振る舞いと完成された外観が、まさに不釣り合いを極めている。
「
「ちょっと待ってよ。それって彼女たちがテロリストだってこと?」
「肯定します。
私と同じ顔をした人物が、
「政府機関への報告は済んだ? 急襲されたんだもの、場合によっては救難要請も」
「エリカはお忘れでしょうか。
軽はずみなアイデアを口にしてしまった私は、己の浅はかさを恥じた。それと同時に、このエリア096がターゲットにされた理由にも思い至る。
「そっか。政府から孤立した私たちだからこそ、義賊の標的にされたのかもしれないね」
「ええ、ある意味において、私とエリカはこの世界に二人きりですから」
「……なによそれ。
跳ねた心臓を誤魔化すために、涼しい顔をした
時を100年も遡れば、船乗りたちは
「エリカ。例えばこの先ずっと、この私と二人きりだとしましょう。その場合、貴女に何か不都合はありますか?」
いつになく饒舌なアンの、蒼い瞳の奥を覗き込んでみた。当たり前だけれど、そこには何の感情も浮かんでいない。ただ困ったような顔をして、答えを探している私が映っているだけ。
「……ううん、なんにもないと思う。不都合なことなんて、この先ひとつも」
正体不明の感傷が、私の声を震わせていた。向かい合う私たちのあいだに、ほんの少しの沈黙が流れる。
「エリカにはなくとも、私には不都合があります」
あくまでも無感動な表情で、アンが切り出した。
「貴女はいつか、『老い』にさらわれていくのです。それは老化と云う名の
私は、
「……大丈夫だよ、アン」
この先に続く言葉を絞り出すには、わずかな勇気を必要とした。だけど伝えよう。アンの不都合を埋め合わせる手段なら、この閉ざされた世界に溢れているのだから──。
「寿命にさらわれた私に、あなたは
「エリカの申し出を嬉しく思います。しかしそれらの行いは、人間が人間を埋葬する行為とどのように違いますか。私が貴女を棺に納める行為と、一体どれほどの差異がありますか」
「アン、どうしたの。やっぱりちょっとおかしいよ。一旦、感情の
私の脳裏に今度こそ、
「エリカはご存知ありませんか。
「永遠の定義の話? 私はね、そんな話がしたいわけじゃないよ」
私は彼のほうへと身を乗り出して訴えた。けれども、その先がうまく言葉にできない。今のアンは分からず屋で、屁理屈をこねる子供のような印象さえ受ける。やっぱり今こそ、私たちには
「……ねぇ、少し風に当たってくるよ。
「それならばご安心ください。
アンにしては上出来な
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