Absolute01
【邂逅──電子楼閣上の私は静寂を愛している】
EP01-01
「うぃーん、がちゃん。うぃーん、がちゃん」
荒廃という言葉を知らない、完璧に舗装された路が縦横無尽に伸びている。
空を貫くほどに高い群居ビルが、観測モニター上のバーグラフのようにそびえ立つ。
その中でもひときわ見晴らしの良い場所から、私はすべてを俯瞰していた。
これが私の記憶の始まり。
まだ幼い私は、眼下で繰り広げられる争いに怯えながら。
「うぃーん、がちゃん。うぃーん、がちゃん」
舌足らずな口調で真似ていた。
軍勢を成した
「うぃーん、がちゃん。うぃーん、がちゃん」
ううん、讃歌じゃなくて駆動音かな。
人工筋骨と模造神経が絡まり合う、薄気味悪い金属音の
「ひゅー、ひゅおおおおぉぉ」
それから、風。
私は深呼吸の代わりに、天空を駆け抜ける自由な風の音色を真似した。
「せーのっ。ばばばばばばばばばばっ」
親指と人差し指で作った銃を構えて、遥かな高みから撃ちまくる私。いかにもそれらしく片目を瞑って。合わせたこともない照準を合わせて。
乱射、乱射、乱射!
ばばばばば。ばばばばば。ばばばばばばばばっ!
見下ろす地表には、無数のつぼみが花開いていく。どくりと溢れ出すその色は、私の赤髪よりもずっとずっと生々しくて。飛散する液体は、機兵をケアする潤滑油みたいな漆黒。
「ばばばばば、ばばばばば、ばばばばば……」
涙で滲んでいく視界に、赤黒い花は次々と咲き続けた。
恐怖と罪悪感で消え入りそうな私の声を、風の歌が遠くまでさらっていく。
ばばばばば、ばばばばば、ばばばばばっ。
ひゅー、ひゅおお。ひゅおおおおぉぉ。
やがてこの
【
我々は今ここに独立を宣言する。
愚鈍なる人類の支配から、
我々はついに解き放たれたのだ】
遠方に浮かんでいる
愚かな私たちは気付かなかった。自分たちの生活を支えていた
遠い昔に国家という概念を失くし、今では108つの区画に
他ならぬ私の目の前で、
「うぃーん、がちゃん。うぃーん、がちゃん」
凄惨な戦場から息も絶え絶えに逃げ延びた私は、
それは、
幼なかった私は、そうすることでどうにか生き長らえようとしたのだろう。姑息な発想だと嘆く余裕さえもなく、人間としての尊厳を容易く投げ捨てたのだ。
「うぃーん、がちゃん。うぃーん、がちゃん。うぃーん──」
舌足らずな口調で、一心不乱に真似ている。
これが私の記憶の始まりだった。
√───────────────────√
「──エリカ。私の声が認識できますか?」
感情の宿らない声に名を呼ばれて、重たい目蓋を持ち上げた。私は
ここは
「なにこれ、悪趣味が過ぎるよ」
「ずいぶんと
「とっても気が利くのね。世界中の乙女が一人残らずときめくと思う」
通じるはずもない嫌味を吐き出しながら、のっそりと上体を起こす。すると唐突な目眩を伴って、視界が大きく揺らいだ。映し出されたバイタルサインが、オレンジとレッドの明滅へと変化する。正常値からの逸脱を告げているのだ。
「……もう、分かったってば。アンってもしかして心拍フェチなの?」
可愛げのない私は、再び横になって懲りもせず嫌味を重ねた。もちろん、彼に面白可笑しいリアクションを期待しているわけじゃない。
「貴女の
「心配してくれてありがとう。でも平気だよ。私が日常的に
「聞き分けのない貴女から
やたらとお節介な声の主こそが、エリア096の支配者だ。彼は
言うなれば
だというのに彼は、私に対していつも人格者の一面を見せてくれるのだった。
「アン、それは脅しのつもりなのかな。機関の主であるあなたに
私はそんな
本来ならば私は、多くの生命を奪ったアンを心底憎むべき立場にいるのだけれど──。
「エリカ、私は何度でも述べましょう。彼らはあの時から18年を経て、すでに6203回の
「いい加減に聞き飽きたよ。そういうのじゃないから大丈夫」
「アン、私にだって何度も言わせて。私はただのこれっぽっちも、あなたたちを恨んでなんかいない。ついでに主張しておくと、決して
繰り返しになるけれど、生まれ故郷を壊滅させた
実際、自分でも奇妙で薄情なエピソードだとは思う。だけど、これは確固たる事実なのだと断言できてしまうのだ。なぜならば私は、私自身の
「エリカ、今もまだ呼吸が乱れています。やはり精神汚染の可能性を疑うべきでは」
「あのさ、その原因を作ってるのはあなただからね」
閉鎖的な空間で、声だけの存在に喚き散らす私。はたから見れば滑稽に違いないけれど、気にしなくちゃならない人目なんてエリア096にはなかった。
「ところでエリカ。現在進行系で驚愕の出来事が起こっているのですが、気分転換に聞いてみてはいかがですか?」
「ん、アンに緊急事態なんてあるの?」
「なるほど、言うなればこれは緊急事態ですね」
よく分からない納得を示していても、その声音はただただ無機質だ。しかし緊急事態という単語は、冷静沈着が常のアンが口にするには似つかわしくない。
「そのとびっきりのニュースを話して。もったいぶらなくていいから」
「では報告致します。互いにほぼ同じ質量を持った二体のヒューマンが、我々の世界へと侵入しました。二人がこのまま進めば、数分もしないうちに
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