残悔のリベラル -the Amber brain of Avalon-

五色ヶ原たしぎ

──以下に残悔の記録──

【崩落──Introduction】

EP00





 私たちの世界は平面的で、完璧な直線によって造られている。

 あるいは、究極アルティマにも等しい狂いのない曲線によって。


 湾曲を知らない柱の数々が、この平面世界を形成している。

 嘘偽りのない球体や円形こそが完全で、この平面世界に不必要な彩りを求めることもない。


 去りし日に存在したと記録されている日時計という物体。

 さらには方位磁針や羅針盤などといった名称の不確かな道標どうひょう

 それらに代表される不確実性は淘汰され、積み重なる時間の中で歴史の遺物となった。


 今や一秒間を92億回切り刻んでも、我らが聖域アヴァロンに揺らぎはないのだ。

 心許なさを何よりも嫌う人工物アーティファクトたちが、より完璧な一秒を求めて常に駆動している。


 ──


 かつての私であれば、その呼び名に小首を傾げたに違いない。人類さえも淘汰された完璧な世界で、人工物アーティファクトの定義に矛盾を感じずにはいられなかったからだ。


 だけど今の私には、小さな発見エラーならす必要性があった。それも直ちに、可及的速やかに、私は自らの疑問符を打ち消す定義を構築しなければならない。何故ならば私を指し示す電解質の値ステータスは、眼前に広がる無機質な世界と大きく乖離しているのだから──。


 私は私だけが人間だと識りながら、人類を認識したことのない機器の群れの中を生きていた。偉大なる琥珀色の脳アンバーの導きがなければ、今この時においても自らを機械だと信じて疑わなかっただろう。


 ──いいえ、正確にはこうね。


 私は自分を人工物アーティファクトだと信じようとしていた。

 きっといつまでも真実に目を伏せたまま、そう思い込もうとしていた。


「ねぇ、アン。聞こえる?」

「ええ、聞こえますとも。私をそのように可愛らしい名で呼ぶのは、貴女以外にない」


 抑揚のない合成音が私に答えた。それなのに私は、ここに在るはずもない優しさを、言うなれば救いを、今現在もまだ彼に見出そうとしているのだった。


 数多あまたの混線を振り払って、この腕を強く伸ばす。私は私の意識のを、それから存在理由レーゾンデートルを掴み取ろうと必死だった。私の眼前には彼がいる。究極アルティマにも等しい狂いのない曲線──琥珀色の脳アンバーの中核は今まさに、轟音と共に不確実性の中に呑み込まれようとしているのだった。


「アン、聞いて。私はね、あなたを信じた。このまま『老い』という名の絶対アブソリュートが、いつか私の肉体を滅ぼしていくって」

「おっしゃる通りです。だから、貴女は正しい選択をした」

「そうじゃないよ。正しさなんて、きっとどこにもないんだから──」


 ──ねぇ、アン、あなたには聞こえないの。私の拍動は、こんなに寂しい聖域アヴァロンにまで確かに響いているのに。


「いいえ、正しさは存在します。エリカ、貴女を見守ることだけが、いつだって私の正しさだった」


 琥珀色の脳アンが崩落していく絶望の中で、私は初めてホムラとの出会いを憎んだ。それは憎しみと呼ぶよりもずっと、ずっとずっと後悔に近い感情だったのだけれど。













 愚かな私が以下に語るのは、鮮血と螺旋の物語だ。

 雪白ホムラワールドトリガと裏表にある私の、もうひとつの選択リベラル






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