パンツと臭いと私

翌日、俺は教室でいつものように机に向かい突っ伏していた。


「どうした? またエロ動画でも見ていたのか?」


いつものように優しさとミントのような清涼感でできた雰囲気で声をかける宮田。


俺は机から顔をあげて宮田の顔を見る。


何も知らないやつはいいなと思いながら宮田を黙ってジッと見つめる。


「な、なんだよ」


宮田は自分をジッと見つめる俺の行動に動揺した。


「別に、モテる男はいいなと思ってな」


俺は嫌みで言った訳ではないが、そう聞こえそうなニュアンスで言った。


「なんだよ、急に。 なにか嫌なことでもあったのか?」


長年、友人をしているが宮田は何か悪口を言われても流せてしまうというスキルを

持っているのを知っている。


だから軽口で二言目に悪口や悪意を言ったとしても大丈夫な仲なのだ。


多分、ルナはそういう人を傷つけたりしない部分に惚れたのだろう。


気持ちはわからなくもない。


「別に何もないよ。 ただ冗談を言っただけだ」


俺ははぐらかすように宮田に言った。


「そうか。 珍しいな、冗談を言うなんて」


宮田は首をかしげてよくわからないという顔をしながら一言つぶやき、踵を返し、

教室を後にした。


俺は彼が出て行くのをただ黙って見ていた。ルナの気持ちを知ってしまった以上、あの猿を絶対に捕まえなければ。


そして宮田にちゃんとバレンタインデーのチョコバナナを渡して……。


考えて見ればあれは媚薬入りとルナは言っていた。


その後の事はあまり考えない方がいい。


とにかく今はあの助兵衛を捕まえる。


そう思い、俺はまた机に突っ伏した。



 そして決戦の時はきた。


「何、鼻息荒くしてるの。 気持ち悪い」


ルナは助兵衛を捕まえようといきり立つ俺を見て呟いた。


「いやいや。 これからあの猿を捕まえようと頑張ろうと思っている人間にかける言

葉かね」


「数日しか顔を合わせてない男が鼻息荒くして隣にいるんだから警戒するでしょ、普通」


ルナは遠くを見ながら辺りを警戒しながら言った。


もう時々、ツンケンするんだから……。


昨日な弱気なルナさんはどこへやら。


俺はそんなことを思いつつ、虫取り網を握りしめた。


あの猿、助兵衛との戦いも今夜で終わりにしてやる。


そうすることで俺も解放されるし、ルナもチョコバナナをつくり宮田に渡すことができる。


どちらにとっても損はないし本来の目的を果たすことができる。


「意気込んでるけど何か策があるんでしょうね」


ルナは俺に向き直るとジッと見つめて言った。


「まかせなさい。 ちゃんと策は考えてないから」


そういった瞬間、スパンという音と共に頭に柔らかい衝撃が走る。


その正体はスリッパということがすぐに分かった。


ルナは俺を睨み、ドスの効いた声で言った。


「ちゃんと考えないと藁人形の四肢全部もぎ取るわよ」


彼女はかなり怖いトーンで言った。


「ご、ごめんなさい」


俺は反射的に謝った。


もうさすがに怖すぎて失禁しちゃいそうなくらい。


「冗談だよ、冗談。 ちゃんと考えてるから本当に安心してくれ」


俺はルナに言った、


彼女は俺の言葉を信用していないのか、ジッと見つめるとそっぽを向いてしまった。


まぁ、しょうがない。


とりあえずここで最後にする。


そう誓ったのだから頑張るしかない。


ルナは少しムスッとした表情で別の方向に目を向けながら俺に問いかけた。


「で、どうすればいいの?」


俺は問いかけられてずっと頭の中で練ってきた作戦を使うことを決めていた。


「じゃあ、まず俺が言うことに従ってくれ」


俺は真剣な表情をしてルナを見つめた。


「ルナ」


彼女は驚き、身体を一瞬ビクッと震わせる。


「な、何よ……?」


俺はルナの瞳をジッと見つめる。


ルナは自分の身体を抱くようにしながら俺の顔をみる。


まるでおびえる子猫のようにビクビクしているが強気な目は死んではいない。


「ルナ……」


俺はきっと鬼気迫る顔をしているのだろう。


しかし、手段を選ぶことはできない。


俺は意を決して行動を伴うと共にルナに言った。


「君の下着を貸してくれ」


俺は叫びながら地面に頭をこするようにしてこれまでの人類史で類を見ないほどの綺麗な土下座をした。


「…………」


あれ、反応がない。


俺は顔をあげると視界が勢いよくブラックアウトした。


そして顔に痛みが走る。


「この変態!」


どうやら俺はルナに蹴られたらしい。


そう理解したのはブラックアウトした視界が普通に戻りルナの顔を認識したからだ。


俺は鼻に痛みを憶え、鼻を押さえつつルナに向かい言った。


「いや、ちょっと待て。 別に俺が欲しい訳じゃないぞ。 そこは勘違いするな」


俺は今にも俺をこの世から亡き者にせんと、しかねないほど鬼気迫る表情をしたルナを制止するように言った。


このままじゃ、あの猿を捕まえる前に死んじゃう。


「じゃあ、なんでそんなこと言ったの!」


ルナはすごい剣幕で俺を睨みながら言った。


「だから今回の作戦の一つで使うんだよ!」


俺は自分の矜恃のためにルナに向かって言った。


「作戦?」


「そうだよ。 それ以外、何に使う必要があるんだよ!」


「だったら先に作戦を言いなさいよ!」


ルナはどこから出したのか即席スリッパで俺の頭頂部を叩く。


「説明しなかった俺が悪かった」


俺は彼女に謝りつつ今回の事を説明することにした。


数分、今回の作戦について伝え、段取りと役割を二人で話す。


「なるほどそういうことね」


「そういうことなんだ」


もう今回が最後のチャンスでもある。


この機を逃してしまえば、すべてが水の泡だ。ならば、手段に構っている場合ではない。


「本当に上手くいきそうなの?」


ルナは俺の事を少し疑っているようだった。


「大丈夫だ。 本当に信用してくれ。 必ずバナナを取り返す」


俺はルナの顔を真剣な顔をして言った。


「まじまじと見られると気持ち悪い」


ルナはそう言って笑った。


俺もつられて笑った。


「じゃあ、始めようか」


俺はルナに言った。


彼女は口を開かずに首を縦にふり頷いた。


ルナは水色のドレスのポケットからあの野生味を帯びた臭いのするスプレータイプの小瓶を取り出し、辺りに一気に噴射した。


今回、撒く量は尋常じゃない。


バッドスメルどころか、地域住民が勘違いして通報してもおかしくないレベルの量を撒く。


正直に言ってかなり臭い。


本当に臭い。


だが考えたのは俺だ。


もう鼻がひん曲がりそうなほどですごく汚れたトイレに更に腐敗した生ゴミを投入するくらい臭い。


横目でルナを見るとワンプッシュで大丈夫そうだった彼女も顔をしかめ鼻をつまみながら言った。


「作ったのは私だけど、かなり臭いわね」


「ああ。 だが仕方が無い」


あの助兵衛という名の生殖本能の塊をすぐにおびき出すにはこれぐらいしなければ。


かなりの量をまいた事で濃度もかなり濃いはずだ。


いつもより効果は速いはずだ。


〈ウキー〉


効果はすぐに現れた。


遠くからあの憎い鳴き声が聞こえた。


「来たわね」


「ああ、来たな」


俺は自身のipodを取り出し、片方のイヤホンを耳に取り付ける。


「準備はいい?」


ルナが俺に問いかけた。


「ああ。 そっちは?」


「いつでも」


ルナの答えを聴き俺はもう一方のイヤホンを耳に取り付けた。


そしてipodの再生ボタンを押し【ルナちゃんのセレクション】を再生する。


今回は洋楽も国内の曲もフルミックスだ。


一曲目は軽やかなテンポで気分をあげてくれるような感じだ。


俺はすぐにルナへいつでも走り出せると手を使ってジェスチャーをした。


ルナは首を一度だけ縦に動かしこちらへ向かってくる助兵衛のほうへ視線を戻す。


それが合図になり、俺は一気に駆け出した。


イヤフォンからは軽やかなテンポと共にギターのリフが聞こえてくる。


それに合わせるかのように徐々に空の方へ駆けていく。

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