渡したくて 渡したくて

こちらに背を向けて、頭上を見ているルナに声をかけた。


「スマン。 逃げられた」


するとルナはこちらに背を向け、天を仰ぎながら言った。


「意味ないじゃない。 本当に何でうまくいかないかな……」


断片的に聞こえてはいるもののなんだかゴニョゴニョと小さく呟く。


なんだか怖いんですけど……。


しかも後ろを向いたままで表情が見えない分余計に恐怖を感じて仕舞う。


「あ、あの……、ルナさん?」


俺は恐る恐る彼女に呼びかけた。


「なんでうまくいかないかな……。 ただ彼に……渡したいだけなのに……」


段々と声のトーンが上がり、ボリュームも大きくなってきた。


「あっ、あのー、ルナさん?」


俺はもう一度、呼びかけた。

次の瞬間だった。


「なんで上手くいかないのよー! 猿を捕まえるだけなのにーーーーーー」


ルナは突然、大声で叫ぶとその場に膝をつくようにしてしゃがみこんだ。


虚をつかれた俺はびっくりして一瞬、固まる。すぐに俺は我に返り、背を向けていた彼女の前に回り込んだ。


すると彼女は目に涙を浮かべ、下唇を噛んでいた。


泣いていた彼女に驚きつつも俺は声をかけた。


「ル、ルナさん? どうした?」


俺が質問すると彼女はその涙目で俺を見た瞬間、天を仰ぐようにして上を向き声をあげた。


「えーーーーーーーーーーーーん」


そして泣いた。


「どえっ?」


俺はなんで彼女が泣いたのか分からず困惑してしまう。


というか本当にえーんと漫画みたいに泣く人を初めて見た気がする。


ルナは声を上げて泣いている。


はっと俺は周りを見回した。


今、自分達が居る場所は深夜の住宅街に等しい場所だ。


こんなところで住人の誰かに通報されたり、警官がとんできたら大変なことになってしまうと頭の中で考えてしまった。


俺は仕方が無いと思い、ルナの腕を掴み立たせた。


ルナは声をあげ泣いているが素直に立ち上がる。


「ルナ、ここだと近所迷惑になるし、少し歩こう」


俺は優しく彼女に諭すように声をかける。


ルナは手の甲で涙をぬぐいながら泣いていた。


とりあえず俺はルナの腕を掴みながら近くの公園まで移動した。


俺はとりあえずただ黙って彼女が泣き止むのを待っていた。


途中途中、彼女は「なんで助兵衛はあんなに欲求不満になってるのよ」と一人ごとのように呟く。


まぁ、名前も体を現してるしね。 


それにあれほど欲求がたまるほど何かあったのだろうか?


俺は勝手に想像してしまうがここはただ黙ってルナをなだめることしかできない。


「なんで助兵衛を捕まえるだけなのに……、ヒック……、こんなにかかるのぉ……。 これじゃあ、宮田君に……、チョコ渡せないよ」


ルナは自分の手の甲で涙をぬぐいながら心の内にたまった物をはき出すように呟く。


なぜ底までして宮田に危険なチョコバナナ、もといバレンタイデーのチョコレートをわたしたいのだろうか?


俺はふとそこを疑問に思ってしまった。


少ししてルナは落ち着いたのか涙を流しているものの、呟きが止まった。


そして赤く目を腫らしながらしゃっくりをあげていた。


「これ使うか?」


俺はポケットから携帯ティッシュを取り出し、彼女に渡した。


ルナは無言で首を縦に振り、ティッシュを手に取り、ズビーと勢いよく鼻をかんだ。


「ありがと……」


「おお」


携帯ティッシュの残りを俺に差し出しそれを受け取る。


どうやらもう泣き止んだらしい。


「落ち着いたか……?」


ルナは無言で頷く。


彼女はしゃっくりをしながら鼻水をズビーとすすり口を開いた。


「ありがとう……。 落ち着いたわ……」


どうやら準備は整ったようだ。


俺はここぞとばかりに彼女に問いかけてみた。


「しかし、なんでそんなに宮田に想いれてるんだ? あの光るバナナ、召喚してまでアイツを振り向かせたいとかって、結構なことだぞ」


俺は自分の考えを彼女に伝えつつ、核心という部分に踏み込んでみることにした。


「…………」


ルナは黙って一呼吸置き、遠くを見つめる。


その眼差しはまるで大切な何かを見ているような感じで思わず見入ってしまう。


あっ、厭らしい感じじゃなくてね。


「あれは……」


ルナは口を開き、何かを思い出していた。


「まだ高校に入学当時、私は自転車で通学してたの。 

ある日、たまたま朝早く通学しようと思ったの。

そんな時、誰もいないところで自転車のチェーンが外れて途方にくれてたの。

 最悪よね。 

しかも両方のタイヤもパンクしちゃっててね。 

頑張って一人で直そうとしたけど直せなくて……、誰も通らないから泣きながら自転車をなんとかしようとしていたの。 

そんなところに宮田君が現れたの。

 まるでどこからともなく現れて『大丈夫?』って優しく声をかけてくれて……。

しかもチェーンを直してくれてその上、パンクした自転車を学校まで運んでくれたの。 

宮田君は憶えてないかもしれないけど……。

私には彼が魔法使いに見えたわ」


ルナは涙を浮かべながら嬉しそうに話していた。


「彼は誰にでも優しいのは知ってる。 でもあのときにときめいたのは間違いがないの。私の正直な気持ちなの」


そうルナは言って口を閉じた。


一人の女の子の恋物語。


そういう経緯があったのか……。


しみじみ思うが宮田、なかなかなイケメンだな。


つーか、人間の記憶だから確かに美化されたりする部分はあると思うが、多分、彼女が言っていることは本当だろうな。


本当に宮田を構築する成分の半分は優しさでできているんじゃないかと思う。


ほんと、イケメン過ぎて笑える。


それに聞いてる俺までもなんだか恋に落ちてしまいそうになるような話だ。


「そんな経緯があってルナは宮田の事を好きになったんだな。 確かにアイツにチョコ渡したいよな」


俺は共感しているわけではないが彼女に共感するように言った。


ルナは涙を拭きながら頷いた。


実際に渡すのはチョコじゃなく媚薬という名の危険なチョコバナナだが形がどうで

あれ、彼女の想いは本物だ。


捕まえることができない助兵衛にイライラするのも分かる。


ただ捕まえなければ彼女の恋慕はとぎれてしまう。


「やっと巡ってきたチャンスなのに……」


ルナの表情がさらに曇る。


ここでふと俺は考えた。


ルナ、彼女は普段は引っ込み思案なのかもしれない。


だからこそ彼女にとってバレンタイというイベントこそ、宮田へ想いを告げるのに絶好のチャンスなのだ。


たしかに自身で蒔いた種といえど、恋する女子の気持ちを無下にする訳にはいかない。


俺は何気なく声を出していた。


「とりあえず後一日ある。 希望は明日にかけよう」


「でも後二本しかないのよ……」


ルナは涙目で答えた。


「大丈夫。  明日には絶対、やつを捕まえられる!」


なぜか俺は口からそういう風に出た。


「本当に……?」


ルナは涙目で俺を見る。


やめてそんな目で見ないで!


見られたら俺が恋に落ちちゃいそう。


なんて、ただやっぱり女の子が泣いているのはさすがに見過ごすことはできない。


たしかに彼女に脅されるのは嫌な気分だがそれはそれだ。


「必ず捕まえて明後日には作れるようにしようぜ」


俺はルナの肩を優しく叩き、親指で大丈夫とジェスチャーをする。


ルナは更に涙目になり、頷いた。


そしてすぐに鼻水をすすり、涙をふくといつもの表情に戻り、彼女は口を開いた。


「ええ、必ず捕まえるわ」


そう言って彼女はもう一度、俺に向き直り笑った。


俺もそれにつられて笑った。


確実な自信はない。


だが彼女が泣いているのを目にしてしまったらここで諦める訳にはいかない。


俺はそう思い、あの猿、助兵衛を捕まえる決意をした。

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