パンツへの階段

「ため息を一つつくたびに幸せが逃げていくらしいぞ」


宮田は教室の机で突っ伏している俺の姿を見てそう言った。


「だとしたら俺は一生分の幸せがゼロに近い状態だな」


俺は顔をあげて宮田に言い返した。


「はは。そう返してこれるだけなら大丈夫そうだ」


宮田は全身に清涼剤が含まれているようなさわやかな笑顔をする。


もはやここまで爽やか過ぎると彼の前世は芳香剤だったのではないかと思う位だ。


どうでもいいことを考えていると宮田の口から爆弾がこぼれだした。


「そういえば後数日でバレンタインデーだな」


机に突っ伏していた俺は勢いよく体勢を起こした。


「おぉ、すごい反応」


宮田は驚いた顔をして俺を見る。


「どうした? ハルは誰か目当ての女の子がいるのか?」


「別にこれといっていないよ。 考えてもみろよ。  教室で授業とトイレ以外で動

かない奴だぜ。 そんな奴に浮いた話しなどありゃせんよ」


俺は宮田の顔も見ずに言った。


「そうなのか」


「そんなこと言う宮田も誰か気になる奴がいるのかよ?」


宮田はどんな子がタイプなのか聞いてみるのもいいかと思い、俺は質問をぶつけて

みた。

「うーん。 まぁな……」


宮田はなんだか微妙な反応示すと、視線をそらした。


まぁなって……。


なんとも歯切れの悪い回答。


答えたくないのだろうか?


まぁ、どちらにせよ俺は彼に突っ込むのをあえてやめておいた。


「宮田ならかなりの人数からバレンタイもらえるんじゃないのか?」


俺は冗談めかしていった。


「そんなにくれる人がいるならいいけどな」


宮田は苦笑しながら言った。


「俺はモテるやつじゃないから女子なんて疎いもんだ」


「その台詞は本当にモテるやつの口からしか聞いたことがないぞ。 それとその台

詞は女子からモテない人間にしたら嫌みにしか聞こえないぞ」


俺は宮田に突っ込んだ。


宮田はさらに苦笑いをしただけだった。




「貴方は本当は宮田君とどういう関係なの?」


今日も捕まえるべく集合してルナから発せられた第一声はこんな感じだった。


「ホワット?」


俺は彼女の質問が意外過ぎて思わず英語で質問を返してしまう。


「だから宮田君とは本当はどういう関係なの?」


再度、質問をぶつけてくるルナさん。


「えーと、それはどういう質問でしょうか?」


宮田とは俺はただの同級生としか言いようがない。


これ以上何を付随して答えればいいのだろうか?


「この前も話したが宮田とは中学からの同級生だぞ。 それ以上以下もないぞ」


「本当に? なんであんなに宮田君と仲良く話してるのかが気になるわ」


ルナはこの上ないじっとりとした目つきで俺を見つめる。


俺はMという気質はないがその気質がある人が今、向けられている視線にさらされ

たらすでに昇天することは確実だと思った。


そして何より恋する乙女の恋心ほど怖い物はないな。


俺はそう思いながら彼女を見ていた。


「もしかして貴方はどちらかと言うとそっちを好きになってしまうタイプなの?」


ルナはハッと気がついたように瞼を大きく開き、言った。


「いやいや、どう考えてもそんな事はない。つーかどうしてそんな話しになるんだよ」


俺はすかさず突っ込みをルナに入れる。


「というか変なボケを入れるのはやめてくれ。これからあの猿を捕まえるんだろ。 気が抜けちまうよ」


俺はルナに抗議した。


「いつ私がボケをしたっていうの?」


いや、今でしょ。


俺はさすがに突っ込みたかったがこれ以上、ルナに何かをいうのはただ時間をさくだけだった。


「別に気にすんなよ。 今は助兵衛を捕まえることだけに集中しようぜ」


俺は話をそらすうようにルナに言った。


そういうとルナは何か納得しないような表情でブツブツと一人ごとをつぶやきながら辺りを見回していた。


しかし、考えてみればルナはなんでこんな宮田に思い入れているんだろうか?


ふと疑問に思った。


まぁ、あの猿を捕獲してから聞くのもありか。

俺は内心で一人、納得していると向こうの夜空に小さく何かシルエットが見え静寂を切り裂くように場違いな声が聞こえた。


〈ウキー〉


「さすがに速いわね。 さすが私の使い魔だわ」


ルナは満足気にこちらへ向かってくる助兵衛の方を見ながらしみじみ言った。


いや感心してる場合じゃないでしょ。


ルナに突っ込みを入れたかったがグッとこらえた。


今夜も、昨日と同じくメスの臭いで助兵衛をおびき出すことに決めた。


しかし、二回も同じ手に引っかかるとは。


どうやらあの猿は相当、メスに餓えているらしい。


ルナは俺の方をむくと言った。


「ここで失敗したらまたお仕置きだからね」


「お仕置きって……。 俺は下僕でも何でもないぞ」


「助兵衛を捕まえるのは誰?」


ルナはにっこりと笑い、俺の肩をつかむ。


その手には力が入り、皮膚に食い込みそうなほど爪が立てられていた。


「この私です……」


狂気を感じさせるほどの圧があり、俺はすぐに助兵衛の方に顔を向ける。


情けないくらいにルナの言葉に従わなければいけない自分に不甲斐なさを感じつつ、イヤホンを耳につけてipodの再生を押す。


『ルナちゃんのセレクション』は今回、外国のロックだった。


耳の中に始まりのイントロが流れ、魔法が起動しているのが分かる。


本当に名前のセンスは悪いけれど曲のセンスはいいなと思った。


俺はこちらへ、向かってくる助兵衛に向かい駆け出す。


ただ真正面から向かっていっても警戒されるだけだ。


ならばと思い、俺は思いっきりジャンプをしてそのまま足を動かし駆け空中へ一気に高く上がっていく。


民家よりも高く上昇していく。


下をみたらキッとめちゃくちゃ怖いことは分かっているだが、今はそれを打ち消すしか方法はないはず。


俺はそこから一気に顔を下を走るであろう助兵衛の方へと向ける。


視界に飛び込んできたの助兵衛が本能につられてルナの方へ向かっていく姿だった。


簡単に言えば上空から一気に高度を下げるように駆けていきあの猿に奇襲をかける。


ナイスアイデアと思いながら、耳から流れる曲のビートに合わせて走る。


本能のまま走る助兵衛はルナへと突っ込んでいく。


下降し近づく俺には気がつくことなく助兵衛は走る速度を落とす。


チャンスはここだと言わんばかりにメスの臭いに気をとられ背後を警戒していかなかった。


俺は一気に助兵衛と間合いを詰め、両手を伸ばした。


「捕まえた!」


俺は助兵衛の身体をきっちりとつかむ。


その瞬間、野生の力を侮っていた俺は後悔することになった。


〈ウキー!〉


助兵衛は捕まれた身体を左右にふり、俺の手から必死で逃れようとする。


「クソっ、おとなし……」


その瞬間、助兵衛は勢いよく俺の手をひっかいた。


「痛ぇー」


手に鋭い痛みが走り、俺は思わずつかむ手を離してしまう。


助兵衛は俺の手を逃れ、そのま空中を一回転し、地面に着地した。


〈ウキー〉


そして痛みで手をつかむ俺を一瞥し、まるでお前じゃないと不満げな顔をする。


そして赤い尻をこちらに向けるとルナの方へはしる。


畜生、なめやがって。


俺は心の中で悪態をつきながら、助兵衛を捕まえるために走る。


すぐ視界に見えるルナはポケットから何かを取り出し、助兵衛に見えるようにそれを振り上げた。


俺は魔法で徐々に空中に上がりながら目をこらしてそこに注目してみた。


ルナが手にしていたのはピンク色の下着、パンツだった。


俺は思わず空中でこけそうになった。


彼女の顔を見るとさすがに恥ずかしそうな顔をしていた。


そんな顔をするなら最初からしなければいいのにと思ってしまう。


もはやあの猿をおびき出すためならば、手段を選ばないのか……。


俺はルナの本気をみた気がした。


助兵衛はルナが振っている物の正体に気がついたのか、一層、走る速度をあげた。


〈ウキー〉


助兵衛は嬉しそうにルナが振っているパンツを視界に捕らえつつ、ルナの手の方に

向かい駆ける。


まるで闘牛の牛みたいだ。


俺はそう心の中で思いつつ、耳で流れるロックのリズムと共に助兵衛を追いかける。


助兵衛は一気にルナと距離を詰め、彼女の手のほうへジャンプした。


〈ウキー〉


聞こえはしないが助兵衛の鳴き声はかなり嬉しそうにしているのだろう。


助兵衛はルナが持っていたパンツに飛びかかりそれをしっかりとキャッチした。


そして助兵衛は着地すると片手でバナナを持ったまま、もう片方の手でパンツを握


りしめてまるでうっとりとした表情をするとパンツに頬ずりをしていた。


どんな場面だよ。


この行為をやっているのが人間だったら完全にアウトな場面だぞ。


ふと助兵衛はパンツに気をとられ地面に金色のバナナを置いていた。


本数を見るとすでに二本に減っていた。


側にいたルナはしめたと思い、忍び足でバナナをつかもうと助兵衛に近づく。


そして金色のバナナに手を伸ばそうとした瞬間だった。


野生の感とやらはかなり厄介な物で助兵衛は自身の食物に危険が及ぶと感じたらしく、一瞬でルナの方へ向いた。


その瞬間、目にも止まらぬ速さでその小さな頭にパンツをかける。


「な、なにぃ!」


俺は思わず声に出して叫んでしまった。


助兵衛はそのままルナが手を伸ばそうとした金色のバナナを素早く片手でつかむとルナに向かい、駆け出した。


ルナは体勢を崩し、前のめりになっていた。助兵衛はルナの背後へ素早く回ると、


彼女の腰に向かい飛びついた。


そしてルナの尻の辺りに顔を当て、こすり始めた。


スリスリと擬音が聞こえそうなほど至福な顔をしながら助兵衛はルナの尻の感触を味わっていた。


まさに天に召されるときのようなこの上ない幸せをかみしめているように見えた。


「キャー!」


ルナはあまりの嫌悪感にまた叫んだ。


イヤフォンを通して聞こえるくらいだからかなりの声量。


ご近所さんが何事かと顔を出すレベルだぞ。


俺は助兵衛と間合いを詰めると一気に、手にした編みを振り下ろした。


しかし、野生の力はここでも発揮され、振り下ろす直前にルナの尻から素早く離

れ、タッチダウンを決めようとするラグビー選手のように頭にパンツをかぶり、バナナを持ったまま横をすり抜けていく。


編みはそのままルナの腰に当たる。


彼女はこちらに向けて尻をむけるような感じで地面に膝をつき倒れ込んでいた。


ルナは振り向き、俺を見て睨む。


何かを言っていたが多分、「何してんのよ」と口の動きはそう見えた。


俺は気にせず助兵衛の姿を探した。


すると俺の真後ろ、数メートル離れた場所で手にしたパンツを味わうかのように頬ずりをしていた。


「逃がすか!」


俺は叫び、地面を蹴った。


耳につけたイヤフォンからは激しくドラムを叩く音が聞こえた。


俺はそのリズムに合わせて駆け、助兵衛との間合いを一気に詰め、手にした網を振り下ろした。


そう簡単に行くはずもなく助兵衛は軽々と後ろへ逃げ、網での捕獲は失敗する。


すかさず助兵衛はお前じゃないよと不満げな顔をすると走り去ろうとする。


「待て!」


俺は諦めることなく足を動かす。


助兵衛はかなり動きが速い。


だが空中に浮いてしまえばこちらに分がある。俺は一気に空中まで駆け上がり、助兵衛からは死角になるであろう頭上からやつを追いかけることにした。


〈ウキー〉


助兵衛は後ろに俺の姿が見えないことに気が緩んだのか、駆ける足の速度を遅くした。


ふとパンツが風に揺れているように見えてしまう。


俺は気がつかれないように一気に間合いを詰めながら静かに空中を進む。


手が届きそうになった瞬間、俺は網を一気に振り下ろした。


しかし、野生の力は侮れない。


助兵衛は自身の危機を察知し、軽いステップですぐさまその場から離れる。


後一歩のところで助兵衛から逃げられる。


ここで諦めては居られない。


俺は意地悪く、網をがむしゃらに振り回し、間合いを詰め、助兵衛を捕まえようとやっきになった。


〈ウキー〉


助兵衛はなんなんだ、コイツと言わんばかりの表情をしながら素早くパンツをかぶりながら網をかわしていく。


「クソっ! 逃げるな」


俺は言葉も通じるはずもないが思わず叫んでしまう。


助兵衛はあざ笑うかのように俺から距離をとり、すぐさま背をむけ暗闇の方へと走っていった。


気がつけば助兵衛と距離はどんどんと遠くなり、姿が見えなくなっていた。


俺はそこで立ち止まり、ただ助兵衛の小さくなっていく姿を見入るだけだった。


俺はイヤホンを外し、ipodを停止させルナの方へ戻った。


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