第2話 黒き管理者

「...よしっ!

明日こそ先輩に告白するぞ。」

布団の中で決意を固め頬を叩きつつ明日の準備をする純情乙女が一人。

「ずっと言えずにいたけど..もう言っちゃうぞ。先輩、ビビるなよ?」


「やっばい雨降ってきた。

…まぁ食らわんのだけど」

「えっ?」

部屋の窓を素手でこじ開け、フードの男がぬるりと侵入する。

「ちょっ、ちょっと!いきなり何よ!

...ていうか、鍵閉まってる筈なのに」

純情乙女は驚嘆し、目を丸くする。

「鍵?

あぁ、窓閉めとくやつの事か。関係無いよ〝開くと思えば〟開くんだよね」

意味の分からない理屈をぼやき、勝手に部屋に入る男の身体は雨に降られたと言いながら、全く濡れていない。

「何しに、来たのよぉ‥?」

「うーん、まぁ何しにっていうか..ちょっと待って」


「おーい、上がって来ていいよー?」

「誰に話しかけて..」「まぁまぁ。」

掛け声に続く形で足音が聞こえる。家の外壁を、垂直に走っている音だ。

「おまたせー!」 「女の子?」

「おっじゃまっしまーす!」

現れたフードの少女が空いた窓から飛び込むように部屋に入る。

「駄目だよー?

夜中にそんな大きな声出しちゃ。」

「そっかぁー!ごめんお姉さん!」

「だから声大きいってば」「えー?」

和気あいあいと戯れる二人だが、渦中の純情乙女にとっては理解不能な事態が続いていた。

「でさ、突然なんだけど。

ここで一晩眠らせてくれない?」

「お願いしまーす。」

突然の懇願、当然反応は..


「ちょっと待ってよ!

今会ったばかりだし貴方達誰よ!?」

「そうなっちゃうのかぁ。

面倒臭いな。僕達が誰かか、誰だろ...現(このよ)で表現するとしたら正しくは…死神?」

「えっ!?」

身体が硬直した。

何せ彼女は純情である。

「あ、でも別に神じゃないかぁ、だとすれば何かな。え〜っと‥」

「悪魔!」 「それも違くない?」

「そっかー。

じゃ、わかんない!」 「だよねぇ」

「死神?悪魔ぁ!?」

ガタガタと震え顔が青冷めた。

当然だ、彼女は純情なのだから。

「じゃそういう事だからさ、一晩だけ頼むよ」

「わーい雑魚寝雑魚寝ー!」


「駄目よ!

ここは私の部屋よ!?」

「ん、駄目なの」 「ブー!」

「駄目よ!私の部屋だもの!」

「..そっかぁ、仕方無いなぁ。」

男がゆるりと乙女に近付き胸の前に右手を翳す。

「‥何よ、何するの!

私は純情乙女なのよ!?」

「言わなくていいよ、態々そんな事」

男が軽く指先で首を叩くと年表のような文字列が空間に浮かぶ。

「…何よ、これぇ..?」

「ふむふむ...そうか、大変だね」

年表を見つつ男が軽く頷いて納得する

「一体、何なのよ!」

「有難う、君の一生を見させて貰ったよ。」


「私の一生?」

「君明日死ぬよ、事故死。」

「えっ、ちょっ..えぇっ!」

突然の死の宣告、医者よりも無責任。

「でも明日っ、私先輩に告白する..」

「それは成功する」 「えっ!?」

「だけどその後轢かれて事故死。」

「なによソレ...。」

数奇な未来、だがそれが現実。

「リブライ〜!

早く寝たいよー!」 「そうだね」

「僕も疲れたから、いいよね?」

そう言うと手元にペンを出現させ年表に近付き何かを書き足した。

「ちょっと!

何してんの私の人生なんでしょ!?」


「これでよしっ、と」

「何したのよぉ!!」

涙目で問いかける、単純な女だ。

「君の未来に斜線を引いた、これで決められたものは無くなった。何が起こるか分からなくなった訳だね。」

「え‥てことは私、死なないの?

先輩に告白しても生きてるのね!」

「成功するかは分からなくなったけどね。」


「あぁ...そういう事ね。」

再びの落胆、面倒な女だ。

「寝てもいい?」

「好きにして..明日には帰って..。」

「有難う、そうするよ」

「おやすみーリブライ!」

「おやすみプルト」

男は宿を手に入れた。


「ただいま。」

「おっ、帰ったか」

「雨が降って来やがった、平気で濡れたぜ。」

「あたりめぇじゃん、降ってたらそりゃ濡れるだろ」

「うるせえよ。」

ミルカに揚げ足を取られつつ、此方も帰宅した。帰宅といっても己が目を覚ました、殺風景なラボの様な署の中の部屋にだが。

「間違えたのムッキーだろ」

当然そこには生意気なバディと、ハゲたオッサンが共に居る。

「どうだった、外の様子は?」

「一緒だ。

寧ろ増えてやがる」

「やはりか、最近はどうも均衡が崩れいる。魂も落ち着かないのだろう。」

アイスティを差し出しながら静かな口調で言う。部屋の中は基本何も無いが、ハゲの居る一角のみはばーの様な形状となっており、椅子に座り敷居となるテーブルを挟む形でハゲがマスターの様に隔離されている。


「均衡がねぇ..それってのはやっぱり管理人が影響してるのか?」

「‥管理人か。

まぁそれもあるとは思うが、君達の影響もあると思うよ」

「俺達が?」

「〝達〟って言うな、そのオヤジだけだよ多分。」

奥の自分用ソファに寝そべりぶっきらぼうな態度で我がバディに責任を押し付ける。

「んな訳ねぇだろ、お前も一緒に動いてんだ。お前も影響与えてんだよ」

「だから多分って言っただろ、話聞けよバカ。」

「..のヤロウ」

「随分仲良くなったねぇ。」

「どこがだよ!

..で、何で俺らが原因なんだ?」

ハゲのマスターは空になったグラスに再度アイスティを注ぎつつ口を開く。

「君達の事は予め目を付けていた。いつかそう話したがね、いつ死んで、この部署に異動してもいいように手続きを済ませておいた。

「魂入(こんにゅう)の手続きか。」

死期が近い、もしくは事情から生き返らせたい人物を設定し、魂入書なる小さなチケットの様な紙切れを発行する。それを行使する事で抜け出た魂を元の身体へ再び納める事が出来るが皮肉にも、仲介人となる契約相手がフードの管理人なのだ。


「ソコでイザコザがあったのか..。」

「まぁそんなところだろうか。

魂入書を発行するところまでは良かったが。あ、名前は勿論私の名前

烏丸大門(からすまだいもん)でな」

「いちいち言う事か?

他に誰がいんだよ」

「その後、行使する段階で少しヘマをしてな、直前に魂入申請書なるものを提出するのだが、すっかり忘れてしまったのだよ。」

魂入書を発行して直ぐに今すぐの行使を迫られる。それを過ぎ、後日での使用の場合は魂入書申請書を別に発行し、提出する必要がある。

「それをしないとどうなる?」

「現と冥土の境界線に歪みが生じ、世界線が不安定になるらしい。」


「...おい、烏丸 大門。」

「なんだ」

「それが本当なんだとすりゃよ..原因はお前じゃねぇのか?」

全ての元凶、影の破壊者。

世界の均衡を破ったのは紛れも無くこの男、烏丸 大門。

「.......てへっ♪」

「ふざけんなぁ!!この野郎!!」

「うるせぇなぁ..夜中だぞ、今」

一人冷静のミルカ。己も関係している筈だが所詮他人事と割り切る姿勢で平然としている。世界が崩れようが知った事ではないのだ。

「つーかアタシなんで死んだんだっけ?

覚えてねぇわ」

生死すらもおざなりに過ごす。


翌朝

「よっ、と..」

「帰りも窓からなんだね!」

「玄関から出ると面倒だからねぇ、そっちの方が楽なんだけど」

早朝に黒いフードの男が窓から飛び出す姿は不自然だが、最も打倒な判断になり得る。

「まっ、窓から人が..泥棒!?」

難点も多々存在はするが。

「こういうのが絶対あるんだよなぁ..ていうかなんでこんな早くに起きてんのさ?」

着地した途端に不審者扱い、一般常識は面倒ばかりだ。


「とにかく、警察にっ‥!」

「あ〜あぁ待ってって、だから来たくないんだよ現(こっち)にはさ」

背を向けて走り出すおばさんの後を追い、凄まじい速さで眼前に回り込む。

「ひっ!」

「ごめんね、ホントは勝手に滅(け)すのダメなんだけど、まぁさっき一人寿命延ばしたからいいか」

顔を覆うように手を翳す。

「うぅぅああぁっ…。」

おばさんの身体は粒子の様に細かく崩れ空へと流れた。

「いっけないんだぁ!」

「仕方ないでしょうよ、騒がれちゃあ遣り用無いんだからさこっちも」


「また怒られちゃうよ?」

「いいよあの人いつでも何かにムカついてんだから、人じゃないけど」

「ちゃんと上に届くかなー。」

「どうだろ、どちらにしても彷徨う魂は増えるでしょ?」

一人を無駄に滅せば、一人無駄な魂が増える。歪んだ世界の、自然の摂理。

「さぁてそろそろ逢いに行こうか、裁行人ってやつにさ」

「どこにいるのー?」

「わかんないんだよなぁ、テキトーに歩いてりゃ逢えるでしょ」

「そっかー!

ならテキトーに歩こー!」

手掛かりの無いこの世探索。

無謀だが、縛る時間は彼等には無い。


「おっとっと、面倒くさいけど記録書いとこ」

「書いとこー!」

「何かわかってる?

え〜っと..ここどこだっけな」

現に管理人が降りるとき、逐一現状を報告する事が義務付けられている。その際記入するのは現在地、天候、現地で行った事柄など。義務と言ってもこの男は持ち前の怠惰とズボラを翳し、殆どやらずにサボり続けているのだが


「現在地はえ〜っと...未羽町か、覚えにくいな、天気大雨そりゃもう降ってるからねぇ」

「でも濡れてないよ?」「そうだね」

冥土の者に、現の現象は関与しない。

「現地で行った事?

嘘〜、嫌な事聞くなぁ...」

その場の勢いで人の一生を平気で弄り廻している事を知られると面倒極まり無い。場所が違えど制度は有る。

「う〜ん、あっ..!

友達の家に寝泊まりした、これでいいか、よし」

嘘は付いていない、姑息だが不正では無いと判断した。

「良く寝れたねー、あの部屋!」

「雑魚寝だったけどね」

未羽町という世界の一角を担当する魂の管理人、リブライとプルト。

彼等は現とは別の場所から来た異民の使者達、近い内に〝あの二人〟とも遭遇する事になるだろう。

「お早う、世界」




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