第3話

 住んでる街のなかを一回り。おもに敬明が汗をかきながら、ひたすらに自転車をこぐ。生活に必要なお店やルールを小鼓音に教えては、「質問です」「質問ですが」「質問します」のコンボに答えまくった。一時間近くこいでひぃひぃいってると、市営されている大きめの運動公園へと足を運ぶ。

 日が高々と上がっているのを見上げながら、着ていたシャツの一部で額の汗をぬぐう。炎天下までとはいかないが、湿気が少なくよく晴れた絶好のお出かけ日和だ。猫がほおにそって動くように、体にあたって通り抜けていく。涼しい風が、いたく気持ちいい。

 自動販売機で飲み物を買うと、取り出したペットボトルを小鼓音に手わたしながら歩きだす。運よく木のかげになっているベンチに腰かけて、力をこめてふたを回していく。横を向けば、小鼓音もやっと慣れた手つきになってきている。氷が割れたような音を連続で立てて、同じようにする。少女は嬉しそうに、一口分だけふくんでのどを鳴らす。

「こんなにも冷えた茶が、簡単かんたんに手に入るとは。今の世はやはり、随分ずいぶんと恵まれていますね」

「今じゃ当たり前だけど、まあそうなんじゃない」

 敬明も飲んでいると、炭酸がそこかしこでのどを叩く。小鼓音が小首をかしげて聞いてくる。

「なんですか、その土気色つちけいろの飲み水は?」

 不気味なものでも見つけたかのような顔だ。

「コーラだけど。間接になるけど、飲む?」

「いえ、遠慮えんりょしておきます」

 得体の知れないものを取り込む勇気はないらしい。泥水でも飲んでいるように見えているのだろうか、全く欲しがろうとしなかった。飲みたいものは他にあるらしく、茶に物足りなさそうにしいる。

「みきが欲しいところですね。あれは身が気持ちよくなりますから」

「みき?」

神酒みきは神酒です。まあこの身なりでは、二〇歳前はたちまえに見られてしまうので。おおやけには飲めませんね。今生の世事せじは厳しいものです」

「酒かよ……」

 まっ昼間から飲みたがるあたり、まるでアルコール中毒者と同じようだ。

 敬明も小鼓音の外見だけなら、中高生にしか思えない。少女が酒盛りしている姿は、はたからだれが目にしてもすさまじいものがある。しばらく疲れからくる無言のままでいると、不意に小鼓音が話しかけてくる。

「さて、ここは落ち着いています。少しアのことについて述べるとしましょうか。敬明、サカという言葉を知っていますか?」

「いんや」

「今も一部で呼ばれていればですが、アがいた時代に呼ばれていた物怪もののけ総称そうしょうです。化ける者と書いてサカと呼ばれています。だれ呼称こしょうし、いつから呼ばれていたのかはアも知りません」

 いつもの気楽そうな表情ではなく、いやに真剣な顔つきをしていた。敬明も合わせて冗談を入れずに空気を読むことにした。小鼓音は両手をひざの上で組みながら、ゆっくりと続きをしゃべりだす。

「アも化者サカですが、これら元は全てただの人間でした。アはもとより、アと似た存在が今の世にも息づいています。人はなにかしらのいんをもって死を迎えます。死後の世界は確かにありますが、天と地という概念がいねんはありません。ただ計り知れない大きさのある空間に、一人だけでたたずんでいるのです」

 パンクしてしまう、あいづちを打つだけで必死だった。新しい単語と内容と、オカルト話のオンパレードだ。敬明の8ビットでできた頭は使用率が九割に達している。わかりませんといえるまで、もう少しだった。

「そして無数むすうに散らばるうずのどれかに飲み込まれる。すなわち、転生し次へと生まれ変わるのです。しかしサカは逆行し禁忌きんきを犯し、死んだ場所へと黄泉返よみがえりをする。しかしてアをふくむこれらは、世のことわりを破る大罪人たいざいにんなのですよ」

 はなしに区切りがついたらしく、小鼓音のふたたび茶を飲みだす。

 う~ん、むっかしいわ。

 敬明はぶっ飛んだ内容に、半分以上りかいできない。証拠は目の前で茶を飲んでるのに、話しが現実ばなれしすぎている。わかったつもりもなく、しょうがなしに頭をかきながら聞く。

「大罪人ってことは、犯罪者ってことでしょ。万引きしたわけでもないのに、そういわれてもさー。死んだのに生き返れるなんて、ぜんぜん実感わかないし。なにより、おれまだ小鼓音のこと全然知らないし」

「アが怖いと思わないのですか?」

「怖いかっつっても、最初はあったけど。なんかさ、薄れてきてるよね。おれより世間知らずで、子供みたいになんでもやりたがるし。今の話きいて、うだうだ考んのもめんどいしさ。小鼓音が楽しいなら、もうそれでいいんじゃね?」

 小鼓音が口元を手でおおいながら、耐えきれずに少しだけ声をあげだす。どうもツボだったらしく、とても自然な笑顔をしていた。ひとしきり腹を抱えたら、落ち着いて一呼吸のあいだがあく。

流石さすがは信楽の生まれ変わり、といったところでしょうか。あれもかなりの怪人に見受けましたが、敬明も同等のようです」

「前世ってやつなんだろ。まあ、そうなんじゃね」

「唐 信楽は、敬明の幾代いくよ転生前てんせいまえであろう人間です。細工にけ、様々な道具を使いこなしていました。アをもってしても退しりぞけきれぬ程の実力を持ち、サカの弟子を取っていましたね」

「やっぱおっさんも、まともじゃないじゃん。小鼓音に勝てるって、それもう人間こえてるから」

「アのももに黒い斑模様まだらもようがありますね」

 小鼓音はふだん生まれたての姿で寝ているため、嫌でも全体が見えてしまう。その中で下半身の右の太もも辺り、外から内側にかけて黒いただれでできたようなアザがあった。食い込むような黒、きれいに染め上げているタトゥーではない。もっと、本人の肉を食い荒らすかのような印象を受けたことをよく覚えている。実際にもようのふちは、不自然なへこみかたをしていた。

「これは信楽から受けた呪いです。サカは人の型をとっていますが、また違う姿になれるのです。アがかかっている呪いは、力を長時間は使えないようにするものですね」

「それって、治らないの?」

「目の前にたましいだけは、本人としてあるのですが。あざの呪いをいや記憶きおくが、残っているわけではありませんからね。正直に言ってしまうと、今のところはお手上げといったところでしょうか」

 すましたように目を閉じて、両肩を上げてみせる。しょうがないとばかり、まいったとでもいいたげだ。小鼓音は敬明の心ぞう近くに人差し指をあてながら、とても重要なことですと前置きする。

「敬明、これだけはお伝えしておきますが。貴方のたましいはこの世に二つとない貴重な存在であり、そのことを一時ひとときたりとも忘れてはなりません」

 特技が魂の価値ですなんて、なんの自慢にもならない。それどころか唐 信楽とかいう前世のせいで、散々な目にあっている。

 仮に魂の存在が目に見える形であったとしても、代えの部品があるわけもなく。この身は降りたくても降りれない、盤上で右往左往うおうさおうするしかない。わざわいの日々はスタートしたばかりだ。

 ――まあ、いっか。

 敬明は頭のなかで考えを丸めると、遠くにポイ捨てする。

「初めて会った時に言いましたが、信楽は強力な道具をつくりました。アが知っているだけも十数個、知らないだけでいくつあるのかわからないほど所有していたことでしょう。それは一つ一つが破格はかくの価値を持っています」

「売ったら高そうだけど、そんなにいいもんなの?」

「敬明の魂つきであればですがね。道具一つに三つの寝殿造しんでんづくりでも安いくらいです」

 寝殿造りは、昔の大貴族が住んでいた建物だ。だが、敬明にその例がはしっくりこない。

 ジーンズのポケットから、小鼓音を助けたときに手に入れたものを取り出す。ぼろぼろになった、八角やすみで細工された金属板。もとはみがかれぬかれ、かがみとして使えたものだろう。

 小鼓音から失くさず大切にするようにと、いつも持ち歩くようにいわれている。日を逆行にして顔より上にかざしてみるが、なにがいいのか全くわからない。

「これ、ほんとに使えるの?」

本来ほんらいあるぞうを写すだけではありません。この道具の使い道は、もっと別にあります」

「なにに?」

「あくまで推測すいそくいきではありますが。あの気まぐれが、これを単に一つだけの意味付けで済ますはずがありませんから」

 あの時は不覚ふかくとはいえ、を飲まされましたからね。

 小鼓音は独り言で一区切りとばかり、お茶を飲む。あの時とは、信楽によって封印されたときを指しているのだろう。

 陽気な気温もあいまって、眠気が顔をのぞかせだす。

「あとは敬明の魂で、アの封印などを解く鍵として使用できますね。この世に信楽が閉ざした開かずの間が、封印を受けたいくつものサカが、地中の深くに眠っていることでしょう。もし、これらを私欲で解こうとする者があれば、一国安住いっこくあんじゅうの風景が崩壊ほうかいします」

「え、それって他にも小鼓音みたいのが、うじゃうじゃいるってことか?」

「失礼な。アを幾らでも地からわく、蚯蚓みみずのようにいうものではありませんよ」

 敬明の思考に嫌な夢がよぎった。なにもない空間で、小鼓音が真っ赤に染まって死んでいる。よく話しておくようにとは、信楽からは強く押して言われていることだ。

 しんどいなと、顔をそむけている小鼓音の背を軽くたたく。

「この話はいったんおいといて。これからくる、男のほうの問題だけど」

「敬明の言っていた、アをあやめる者のことですか?」

「そう、それ。つっても、ほとんど手がかりがないんだよね」

 夢の中で強く印象に残っているのは、顔もとでゆらぐタバコのけむり。ぼさついたもじゃもじゃ頭、黒いロングコートをきていたぐらいだ。

 特にひときわ目立ったのはなのは、落ちたゴミでも見るかのような冷めた目だ。

 小鼓音は軽くにぎった手を口元にあてて、クスリと小さく笑う。

「信楽は随分ずいぶん過剰かじょうあおりましたね。敬明、一つ訂正ていせいをしておきます。サカが死んだ場合、死体は残りません。亡骸なきがらちりのようにはかなく消えていきます」

「え、夢の中じゃ死体があったのに?」

「夢は夢でしょう。そこは信楽の心情が反映したものとなります。まあ、むくろが転がっていた方が、敬明には理解しやすいでしょう」

「ひでえ……、だましじゃん」

「いいえ、死体が残るだけまだまし。何も残らないということは、生きたあかしや存在が無かったことになってしまう。サカのさがとはいえ影法師かげほっしですらないのは、悲しいものですよ」

 敬明にはかたる横顔が、少しさびしげに見えた気がした。小鼓音はさらに質問をかさねはじめる。情報をまとめたいらしい。

「話を戻しましょう、敬明のいう男は、いつ現れるのですか?」

「わかりません」

「どこに来るのですか?」

「わかりません」

「アをき者にする理由は?」

「わかりませんっいあ!?」

 最近おぼえたばかりのデコピンが、敬明の顔ど真ん中にクリーンヒット。首を起点にして、頭がやじろべいのようにゆれた。もんどりかえりながら、なみだ目でいいわけしてみる。

「痛ってーから! しょうがないじゃん、本当に解らないんだからさ!」

「信楽は敬明に、もう少しくわしく教えなかったのですか?」

「おっさんに助けてくれないかって、言われたから助けただけだし。それだけだから、あとのことなんて考えてないよ」

「しょうがありません、今は保留ほりゅうといたしましょう。信楽と次に会うのはいつになりますか?」

 小鼓音がため息をつきながら、この先の予定をきく。敬明は目をつむって少し考え込むと、信楽と最後に会話した内容を思いだした。

「おっさんがさ、もう一回話したら消えちゃうらしい。全部終わったら、また話でもしようやなんて言われたけど」

「全て終わってからでは、遅いではないですか。解決のかぎは信楽がにぎっているのですよ?」

「まあ、どうにかなるっしょ」

「えい」

 小鼓音が笑顔のままに、敬明へと再度のデコピンをした。カバーがまに合わず、素早い動きが同じところをを打ちぬく。くずれ落ちたボクサーの如く、うめき声を上げてうずくまる。暴力反対の声が響いた。ひりつく額を手でおさえていると、腹時計は正確に空腹感をうったえてくる。

「とりあえず、この後のことは昼飯をくってからにしない?」

 敬明が割れたスマートフォン画面を小鼓音のほうに向ける。なぜ割れているかといえば、小鼓音の復活させたさいに、さわぎで落として踏み抜いたからだ。

 時間はすでに一二時を回っている。ベンチから立ち上がって、中身の空いたペットボトルを手近なゴミ箱へ投げこむ。バスケットリングから外れたかのように、丸いふちはペットボトルを盛大にはじく。敬明はしけってんなと、拾い上げてふつうに捨てた。帰り道の道中に二人乗りを警察官から注意され、歩きながら帰途に着く。

 家の前でスーツ姿の女性と、ラフな私服をした青年。敬明と同い年くらいの青年が、二人して待っていた。

「あ、おかえりさん」

 青年はすごく気さくに、まるでうさんくささ一〇〇パーセントで出迎えだす。


     ◇


 それほど広くない荒銀家のリビングには、ソファーに座っている四人の姿があった。部屋の空調が整っているため、汗をかかない温度に設定されている。先程までは敬明の両親がくつろいでいた。

 今は小鼓音の幻術により、昼食をかねて外出してもらっている。母親がうれしそうに、父親は少し未練がましそうに家から出て行く。どうも仕事からくるつかれで休んでいたらしく、丸まった背中にもの悲しさがただよう。

 テーブルには飲み物のはいったコップと、ひときわ目を引く手帳が置かれていた。敬明はたぶんなにも悪いことはしてないのに、なまの警察手帳がつきつけられる拳銃のように威圧してくる。スーツを着た女性は落ち着いた様子で、敬明と小鼓音を前に口をひらく。

「私は零課所属ぜろかしょぞく杜崎もりさき、となりは加賀野かがのといいます。今日はそちらの状況確認と、こちらからお話をさせてもらいたく、ご自宅にうかがったった次第です。荒銀 敬明くんでよかったかしら?」

「えっと、そうですけど」

「単刀直入にいわせてもらうわね。荒銀くん小鼓音さんの両名には、六道心ろくどうしんの総本山まで足を運んでほしいの」

 六道心という単語はしらない。敬明が小鼓音へと目くばせするが、軽く顔を左右に振ってみせるだけだった。どうやら知らないらしく、黙って話の続きをきく。

「六道心は国に住む、異能者いのうしゃの管理を一手に引き受けている組織名です。警察と連携して、特殊事件に対し逐次問題ちくじもんだいの解決をはかっているわ」

「異能者?」

 敬明はふと疑問に感じたことが、口からぼそりと漏れてしまう。サカという単語は聞いていたが、異能者という呼び方はしていなかった。バトンを受け取るようにして、杜崎が言葉を引き継ぐ。

「私たちがちまたで聞くような、超常現象ちょうじょうげんしょうをあつかえる者は天眼てんがん。人以外の姿を取れるものはサカと。それら二つを合わせて異能者とよんでいます。私の横に座っている加賀野は、天眼をもっています」

 加賀野が無言で一つうなずく。敬明が天眼の意味にふれるが、ピンとこずに小鼓音をみてみる。確かに、人から大蛇へと変身する存在もいるか。じゃあ、他にもいるかもていどに考える。

 杜崎が用件の核となる部分を話し出す。

「今回は人里はなれた山中で事件がおこり、そこで問題となる人物を捜索そうさくしていました」

 これは十中八九、小鼓音のことをさしている。現に杜崎は、敬明のほうを余り見ていない。小鼓音はいつもと変化なし、つくった笑みをくずかえす。

「その前に一つたずねますが、どのようにアと敬明の居場所いばしょを見つけたのですか。常人では、まず辿たどり着くのは不可能だと思いますが?」

「今の時代は便利でして、ある一定の場所に監視かんしカメラが設置されています。録画されていた映像から、ここまでしぼり込みました。事件が起こった日時だけは、最初からわかっていたものですから。この仕組みは、機密事項きみつじこうですのでいえません」

 杜崎は持っていたもっていたバックから、何枚かテーブルの上に並べていく。どうもプリントアウトしたらしき、きれいさがばらばらな写真だった。駅前商店街、電車のホーム、コンビニの前など、ものによって敬明と小鼓音の顔がくっきりと写っていた。

 「うわ、これエグいじゃん……」とつぶいたのは敬明だ。これではだれが悪さをしても、すぐに捕まる光景が目にうかぶ。小鼓音はおもちゃで遊ぶ子供みたいに、適当な一枚をつまみあげる。

「これでは絵所えどころの者たちも廃業はいぎょうですね。本当に写真とやらの出来映できばえは見事です」

 聞くだけにてっしていた加賀野と呼ばれる青年が、半分だけ目をあけたまま頬杖ほおづえをつく。ついで、すごくだるそうにしてしゃべる。

「悪いけどこっちとしては、できるだけことを静かに終わらせたいんだよね。だれも傷つかない、おたがい嫌な思いをしたくない」

「アも同意しましょう。ただし、おいそれと無謀むぼうに得体の知れぬ口へ、飛び込む気も毛頭もうとうありませんが」

「おれは綾子あやこさ、杜崎さんと違って六道心なんだよね。なにもなしで信用しろってのは、まあ無理だろと思ってる。ところでさ、さっきここの家主に幻術を使ったよね?」

「それがなにか?」

 しれっと応える辺り、手馴れているだろう。手の内を読ませるつもりもない、小鼓音は最低限の返答にとどまった。加賀野は敬明を指さすと、

「じゃあさ。なんでだれかさんには、術を行使しないの?」

 幻術の類で、自由にうごく人形にしてしまえ。暗にそのほうが都合のいいだろうとほのめかす。

 敬明の背中に冷や水があたり、おもわず小鼓音をみしてしまう。「今更ですか」と、小鼓音は流し目で楽しそうに口もとへと指をあてた。

「アが敬明を気に入っているからですよ。浅知恵あさぢえですね、玩具がんぐは感情があるから面白いのです」

「小鼓音さん、言葉には気をつけなさい。ここでも事件性があれば、すぐに国中が敵に回るわよ。六道心はあなたのような、異能者捕縛いのうしゃほばくの手だんもとるわ」

 杜崎は多少ドスのきいた声で、敬語をはらいだす。みかねたらしい加賀野が、言葉をつけくわえていく。

「警察は罪人を、六道心は異能者をってね。役割分担で、六道心はノラでやばいのを放置するわけにもいかない。ようは世の中で、実害が出る前になんとかしたいわけ」

「一方的な言い分でおさえつけるあたり、貴族社会きぞくしゃかいと大差ありませんね。不躾ぶしつけにも六道心とやら、なにを上から見下みおろしているのです?」

「不満なのもごもっとも。とはいえ、最低でも一回はでむいてくれないと困るんだよね。あとさ、小鼓音さんだっけ――

 加賀野がさらに目を細くし、

 ――ここまで人を殺してないよね?」

 敬明が立ち上がり、小鼓音の前に腕をかざしてにらみ返す。

「小鼓音は、そんなことやってねえよ。ずっと一緒にいたんだから、少しは証拠になんだろ。変な言いがかりつけんな」

「悪いけどサカにとってみれば、人なんて紙切れみたいにもろいのよ。疑うのが当たり前とはいかないけど、用心しとくに越したことないわけ。まあ、殺ってますなんていわれたら、今すぐ問題だったけど」

「んだと、」

かすみ、人様の家で挑発しない。荒銀くんごめんなさい、こいつはちょっとひねくれてるの」

 敬明は気をもみながら腰をおろす。杜崎は警察手帳を胸の内ポケットにしまう。加賀野も出されいた茶をきれいに飲み干す。ていねいに、ごちそうさまといって立ち上がる。

 加賀野はするどい気配を消すと、軽くあくびをする。ジーンズに手をつっこみながら、けだるげにいう。

「今日は話を持ち帰るだけだけど。おたくら、なんか世間に対して害がなさそうやね。今は大丈夫なんじゃないって、とりあえず上には報告しとくよ」

「こらこら、適当なこと言ってんじゃない。零課としてもう一度お話をさせてもらうために、またご挨拶させてもらいます」

 杜崎が頭を下げると、小鼓音が体を楽にしたまま二人を見ている。

「お二人の言い分は理解できました。アとしては、敬明を連れて出向くことも、やぶさかではありませんが」

 少しのあいだ、ゆかいな笑いをこぼす。それは、なにか見透かしてわかっているような乾いたもの。

「気に入りませんね、頭が出てこないで使いに全て任せるなど。貴方あなたがたの上役うわやくとやらにお伝えなさい。願い出るのであれば、しかるべき者がここにおでなさいと」

「わかりました。しっかり伝えておきます」

「もう一つ、始終悪臭しじゅうあくしゅうをまき散らせていましたね。今の時代にもかびごとすべを使うものがいるとは。今すぐ依代よりしろを解かねば、敵対者てきたいしゃとみなしますが。それが答えでよろしいか?」

 小鼓音がねめつけた直後、加賀野の体が消えうせた。木目のフローリングには、白い紙でできた人型がゆるやかに落下していく。

「まじで!?」

 敬明が幽霊でも見たかのように、おどろいた声をあげた。

かすみ、やってくれたわね!」

 逆に怒りだしたのは杜崎だった。どうやら今の状態になげいているらしく、おもいきり素がでている。加賀野が術で仮初の体をえていたことに、全く気づいていなかったらしい。

「ほう。仲間内に教えない辺り、確かにひねくれている。帰ったら存分にしかると良いでしょう」

「く、そうさせてもらいます。失礼しますね」

 呆然としてしまっている敬明をよそに、杜崎がバックをひったくるようにして持ちあげだす。りちぎに一礼したのち、すごい勢いで帰宅していった。加賀野が完全に嫌なイメージで固定された。

「あの坊やはくえないやからたぐいです、今後は気を付けて接するべきでしょう」

「すげえな、本物にしか見えなかったんだけど。小鼓音はなんでわかったんだ?」

「冷えた人間はいないということです。坊やには熱がなかったので。私の身は少し特殊ですので、目がいいのですよ」

 おいしいですといって、小鼓音はぬるくなった茶を楽しそうにすする。敬明は気がぬけて反対側のソファーに寝転がった。窓の外を覗けば、日がオレンジになりながら夜を伝えだしている。

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