第五章 デザ②
ぐおおおおっ! と悲鳴をあげるギース。 やったか、とロシリーは数瞬安堵するが、
「痛い、痛い! 痛いいいいいっ!」
悶絶しつつ、ロシリーの前で四つん這いになるギース。しかし、
「痛いいいい……けど、大丈夫う!」
ギースは膝をついたまま胸部から腹部にかけて幾つもぶら下がっていた袋を二袋ほどもぎ取ると、それらを口へ運んだ。
むしゃむしゃと咀嚼していくと、茶色と赤色の液体の噴射が止まり、傷口が塞がったようだった。
口を動かしながら、うずくまったギースの体が、ロシリーにはやけに大きく見えた。
――袋みたいなものを食べると、回復の効果があるのか……?
勝算はあるのか、三人とも呆気にとられている。最中、ギースがまた袋をもぎ取り、口の中へ放り込む。
出来物が沢山ついた口がもぐもぐと動いていると、ギースの肩の辺りから異物が飛び出てきた。
バキッと何かがひしゃげる音が何度もし、ロシリーたちはただ、それを見つめることしかできなかった。そして――。
変化したギースの状態に、ロシリーたちは目を奪われた。
ギースの左右に、大きな拳が浮遊していた。数は左右合わせて十個と言ったところか。
――この感覚……。
十個もの浮かぶ拳に、どこかで感じたような気分に陥るロシリー。
――光の力と同じ?
ギースは動こうとはせず、うずくまったままだった。もしか痛みにこらえているのかもしれない。
この隙に乗じる手はない、とロシリーはミリとメルアに心で話しかける。
光の力による心と心の通じ合いだ。
――前に一度やったあの技を……。
ロシリーの囁きに、ミリも同じ声の小ささで、
――三角に囲むあの技だね……。
メルアも賛同する。
――今ならできそうな気がするわ……。
三方向に離れていた三人の体が強く発光しだした。
ギースの周りを囲んでいた守備隊が、ロシリーたちの常人離れした動きに当初は手を出せずにいたが、瞑目し、動こうとはしないロシリーたちを見て発砲した。
寸陰の間、撃ち続けるも、三人の体にはうっすらとした光の壁が現れ、傷一つ付けられなかった。光の力による防御壁だ。
この時代、鉛の弾よりも、陽電子による光の弾丸の方が主流だった。ニューエイジの光の力は、ラスポージの要素を多分に含み、障壁を展開することによってその弾丸を打ち消すことができる。
「無敵か、こいつら……」
ゲノフ兵の一人が愕然とした様子で呟いた。
「ニューエイジだからな。こいつらにはこんな噂もある。次世代の新兵器っていう……」
「相手にしたくねえぜ……」
ロシリー、ミリ、メルアの間に三角錐の光が出来上がっていく。中央にいるギースはうずくまったままだ。
白色が増していき、三人は心で合図した。
直後、三角錐が中心部へ縮まり、中から爆炎が迸った。それがゲノフタワー前広場に赤々と膨らんだ。
「やったか!」
壺の中に映る映像を見ながら、ゼスはそう叫んだ。
三角錐の光が爆発したのを見て、ギースを討ったかに見えた。
マルニアも喜色満面の様子で、ゼスとハイタッチした。
「待って!」
ネレイアが血相を変えた。
三人は再び、壺の中を覗き込む。
黒煙が徐々に晴れ、勝利をほぼ確信していたロシリーは、残るゲノフ軍の兵士たちをどうするか、寸刻考えに及んでいた。ところが――。
「グハハハハハ!」
煙の中から、大笑する声がした。
察知したロシリーは、一瞬で顔が青ざめた。
「いやいや、見事な戦いぶりだった。君たち三人はやはり他のニューエイジとは違うようだな」
溌剌としたギースの声。まさか、とロシリーは目を見開いた。
煙から垣間見られた、黄ばんだ餅の段ような怪物――ギースの姿――にロシリーと他二人の血の気が引いていくようだった。
ギースはさらに袋を口の中に放る。食べながら、ギースの背丈や胴回りが、一回りも二回りも大きくなっていくのが見えた。
ただでさえ、背丈の大きかったギースが、十メートルほどの巨人に変化した。
十個の拳も相変わらず現れたままだ。
「これで死角なし……」と安易なことを言ってのけるギース。ロシリーは巨体を仰ぎ見ながら、絶句していた。
勝算はゼロ……、ロシリーの脳裏にその言葉が過った。
だが、逡巡している場合でもないようだ。
光の力を解放し、体中に力をみなぎらせる。
白色に煌めくそれは三人とも同じだった。
突如ロシリーの顔面に、ギースの拳が直撃した。
敏捷性も上がっているのか、避けることができないほどのスピードだった。
大砲のような拳固に、ロシリーの体が背後のビルの壁にまで飛んでいき、めり込んだ。
光の力による防壁をものともしない力が、ギースにはあるということだろう。それは先刻から感じていた、光の力と同じだろうか。光の力には光の力を……。陽電子弾が効かないニューエイジには同じ光の力で戦う……ギースの狙いはきっとそれだろう。
「ロシリー!」とミリが叫び、反撃のため剣を振りかぶった。
ギースの右後方にいたミリは、脇腹に斬りかかったが、ギースの両側に浮遊する拳が素早く動き、ミリはロシリーと同じ末路を辿った。三つの拳固が、ミリを殴り飛ばしたのだ。
地を蹴り、ギースの頭上を宙返りしていたメルアはそのままギースの頭部を斬り付けようとした。
空中で頭を下に向けていたメルアは、拳の一つに胴を掴まれ、地表へと叩きつけられる。
――まだだ!
体は後退しているかのようでも、ロシリーの闘志はまだ減じてはいない。めり込んだ壁から走り出し、腰にあったライトガンを抜き取って、ギースの腹部にぶら下がるいくつもの袋を撃ち抜いていく。
黄色い液体が吹き出し、汚らわしさを感じたロシリーは眉を潜める。
「やああめええろおお! 非常食なのだぞお! 空腹の時に困るではないかあ!」
三つの拳が、ロシリーの視界の横から放たれてきた。
側頭部と肩、腕に激しく命中したその威力に、ロシリーは再び大きく弾き飛ばされ、大小様々な瓦礫の転がる床を転がっていった。
ロシリーに視線を向けたあと、ミリはメルアに言った。
「二人でもう一度やってみよう!」
「ええ!」頷くメルアと共に、光を帯びた刃が何度もギースの脚を斬り刻む。
茶色い汚泥のような液体が、二人の髪や顔に降りかかる。
「うざったいなあ!」
痛みを感じないのか、軽くあしらうかのような言動で、ギースはミリとメルアの二人を足蹴にした。
爪先や足の甲が二人の体を穿つ。
別々の方向に、ミリとメルアは吹き飛ばされていった。
おおーっ! ギース様! やりましたな! 喜びが三十、おだてが七十を占める部下たちの称賛。ギースに近寄りながら、彼らは何とか自分の立ち位置を維持させようとする。
「役立たずどもめがあ!」
突然、訳もわからずギースが激昂した。
ギースの十個のうちの拳の一つが一人の配下を脳天から殴り潰す。
そしてギースはその体を持ち上げ、口の中へ……。
噛み砕きながら、ギースは戦慄する配下たちを見下ろす。恐ろしくも慕っていたギースが、自分たちを食べようとしている……。
彼らの目にはもはや、ギースは上司として映っていなかった。
一目散に逃げ出していく、ギースの元配下たち。のんきに背筋を伸ばすギースの目の先には倒れたロシリーの背中があった。
うっ……、とマルニアは口元を押さえ、壺から顔そらす。
「大丈夫?」ネレイアがマルニアを気遣う。
「あんなこと……あり得ない……人が人を……」
ギースのやったことに、マルニアは極度の不快感を抱いたのだろう。ゼスはそんなマルニアに真実ともとれる言葉を告げた。
「奴はもう人間じゃない……」
ネレイア様……、とゼスはネレイアの方に向き直り、
「こうしちゃおれません。どうか、私に攻撃の機会をお与えください。先ほど申していた、ライサンレイ砲を使い、ギースを退けるのです」
「もといそのつもりだったわ。あなた自身はどうするつもりなの?」
「私は私なりに考えがあります。あのままでは残りの仲間も食われてしまいます」
恐ろしいのは、ギースの力そのものよりも、倒れている仲間の近くにギースがいるということだ。
わかったわ、とネレイアは頷き、
「ライサンレイ砲の発射準備に取りかかりましょう!」
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