第五章 デザ①

第五章 デザ




 朝からゲノフタワー前の通りで、群れをなしてせめぎ合っていた蒼き翼とデモ隊、そして対するゲノフ兵たちは、とうとう戦意が白熱したのか、昼前になって広い公道に銃声が響き始めた。

 デモ隊も戦争に加わった。

 ケージの中で人々は戦禍に翻弄され始めていた。


「どこかで見た光景だ」

 一人の蒼き翼の兵士が言う。蒼き翼の兵士は、左右どちらかの頬に青い小さなペイントを施している。傍らの同じ蒼き翼の兵士は、

「何年か前のユージュアルヒューマンとの戦いだろ?」

 との言葉に、兵士は、ああ、と首肯し遮蔽物から乗り出して、数発光弾を発砲する。

 敵からの銃撃も留まることを知らない。 盾代りとなるコンクリートの塊に被弾する音が聞こえる。最中、ヘルメットを掠め、こめかみの近くで渇いた音もした。

 光弾の嵐とも言えようか。

 一度誤って身をさらせば、弾の嵐に体も穴だらけになる。

「どうする……」と発砲後に身を隠した兵士が言った。傍らの兵士は「どうするって?」と何やら判断を渋っている。

 そこへ手榴弾が投げ込まれてきた。 焦りつつ、二人がその場から去る瀬戸際、爆発した。爆風によって舞い上げられたコンクリート片が兵士の一人に当たり、倒れた。敵側からは光る弾が間断なく発射され、もう一人の兵士は、倒れた兵士を助けようと身を屈めたが大量の弾にさらされた。

 蒼き翼の兵士二人が地に伏した。


 やったか? とゲノフ兵は横転している車の影から顔を出す。

 手榴弾の噴煙が晴れていくその直前、青白い光線が、ゲノフ兵が隠れていた車ごと爆発した。一瞬にしてゲノフ兵が吹き飛ばされた。

 煙の中から出てきたのは、多量の銃弾を浴びたはずの蒼き翼の兵士二人だった。

 表皮はところどころ剥がれ、機械として改造した部分がむき出しになっている。

 また、銀色に光る障壁を展開していたことで、陽電子の弾をはじくことができたようだ。

 ユージュアルヒューマンとの大戦時に開発された、メカエイジがよく装備するバリアだった。手首にあるブレスレットが、電気による障壁を展開させ、陽電子弾を無効化する。だが、腕の光線を発射するには一度この障壁を解除する必要がある。

「メカエイジでよかったあ!」

 蒼き翼の兵士が嬉々として叫んだ。

 左右の手首を裏返して見える銃口が、通りを挟んだゲノフ兵たちを捉える。障壁が消え銃口から次々と光線が放たれていく。

「やっぱ最初からこれでいけばよかったな!」もう一人の兵士が得意げに言う。

 この二人の兵士は、両腕から光線を発射でき、残弾のありかは、腰に装着した陽電子のマガジン、“聖典”のようだった。束ねられた“聖典”が、腰から腕の先にまで繋がっているという、ゼスとは異なる設計のようだ。

 やられたらやり返すと言わんばかりに、陽電子による攻撃が、敵兵士の体を撃ち抜き、そこかしこで爆炎が迸る。

 ところが――。

 蒼き翼の兵士が発砲する領域の向こうから、身の丈よりも大きな砲台が、三人の兵士に囲まれながら進んできた。

 自走式陽電子砲。

 ユージュアルヒューマンとの大戦時に投入された、腕の砲射よりも倍以上の威力を持つ、無人で進行する砲台だ。意思を持ち、ひとたび照準に的が入れば自ずから威力の高い光線を発射する。メカエイジのほとんどが、大戦の際、苦しめられた兵器の一つだ。

 伸びた筒状の砲台の下に、車輪がいくつか連なり、瓦礫が散乱した地表を滑走していく。

 それを見た蒼き翼の兵士たちは、血相を変え逃げ出した。

 連続的に砲台から発射される大きな白光弾。

 爆発に巻き込まれながら、負傷する兵士や逃げ遅れた兵士などがおり、真っ向から立ち向かおうとする者はいない。

 やられるのを待つだけか……。後退しつつ、物陰に隠れた蒼き翼の兵は窮地に追いやられた。

 その渦中、三人の人影が、舞い踊るようにして蒼き翼の兵士たちの間を縫っていった。

 三人は直ぐ様、敵のいる領域に進入した。

 光剣で砲台を斬りつける三人のうちの一人。砲身は短くなり、極めつけに砲台の根もとにある駆動部を白色の銃で撃ち抜くと、勢いよく爆ぜた。

 移動する三人の影に向かってゲノフ兵は連射をお見舞いする。

 その蒼き翼の兵士、三人の出で立ちは濃紺色の特殊スーツ姿だった。

 体に密着したフォルムと、各部位に頑丈なパッドが嵌め込まれ、防御面と敏捷性に優れている。

 白く体を発光させながら、通常であれば体に風穴が空くところを、気にもとめない様子でその三人の“女性”は宙を舞う。

 紺色の花吹雪、とは極端な比喩かもしれない。

 しかし三人のそれは、銃弾の嵐を恐れもせず勇敢に疾駆し、花びらの舞うごとくだった。

 そして飛び交う光弾を、片手に握りしめた光剣でさばいたり、光の力による白色のオーラが体を覆い、陽電子の弾を消滅させる。

 超人的な能力を見せつけたそれは、まさに光の力がもたらす奇跡と言えた。

 呆気にとられる兵士たち。敵も味方も、三人の女性のきらびやかな舞踊に、目を奪われていた。


 そうして戦場の一部分を掻い潜った三人の人影は、ゲノフタワー前広場にまでやって来た。

 遮蔽物に身を隠し、タワー前に堂々と立ちふさがるギースの異様を三人は一瞬だけ目視すると、再び遮蔽物の影に身を潜め、

「何とかここまで来れたね……」

 三人の内の一人、ミリがそう囁く。

 メルアがギースを見て口許を押さえる。

「あの不気味さは、気持ち悪いかもしれないわね」

 吐き気をこらえているらしい。ロシリーが次いでこう言った。

「かもしれないではない。気持ち悪いのだ……」

 ギースの姿は一糸纏わぬ姿で、小袋を付け段のついた腹の脂肪を揺らし、ゲラゲラと哄笑する。

「女に見られたあ……。こうなっては生かしてはおけん。逝かしてあげよう!」

 ロシリーは舌打ちし、

「魑魅魍魎の類いだな……」

「大丈夫? あたしたちだけで?」

 ミリが心配する傍ら、メルアが言う。

「他にもニューエイジの人いたじゃない。何で動かないの?」

 メルアの問いかけにミリは得意気に、

「それって、あたしたちが働き者ってことだからでしょ?」

「それもそうか……」ロシリーが同調し、

「そうだな、私たちが働き盛りということにしておこう」

 自分たちを称賛するそれは、やや大袈裟な言動にも聞こえるかもしれない。そこでメルアが付け足すように、

「そうやって誉めなきゃ、率先する見返りにならないわ」言って首を傾げる。

「ミリは大丈夫か? 先日、ゲノフの怪物に怪我を負わされたばかりだろう?」

 ロシリーが尋ねた矢先、ギースが飛び跳ねてきた。

 三人はそれを躱し、ミリが叫ぶ。

「大丈夫! もう治ったから!」

 三人はギースを中心にして、三方向に散開していった。

 光剣を構える三人。数の多いこちらが優勢に見えるが、ぶんっと振り回されてきたギースの片腕は、ロシリーが思ったよりも俊敏でリーチがある。

 何とか後方へ跳ねるも、ギースは前へ踏み込み、さらに二、三回腕を振り回してきた。

 豚のようなギースの頭部は、ロシリーを注視したままだった。

 その隙に、とメルアとミリは剣でギースの腹回りを斬り付けた。

 ぐおっ! と呻くギースの腹から、茶色い液体が噴出した。

 げっ! とミリはあからさまに嫌な顔した。

 メルアの体には、その汚物のような液体が降りかかり異臭がした。メルアが叫ぶ。

「せめて赤にして!」

 ロシリーから見て、ギースの顔が後背にいたミリとメルアに向けられているのを見つけると、すかさず跳躍し、頚部に光剣を斬り付けた。今度は激しい出血が辺りに飛び散った。

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