第四章 クラウドキャッスル⑨

 ネレイアは肩に垂れた髪に触りながら、

「四人の神のうち、私は実験場にすることは反対だった。人を人と見ていないというのが主な理由よ。でも多数決というもので、結果的に下の街を実験場にしてしまった……。だから私には罪の意識が少なからずあったわ。あなた方を守り切れなかったんだもの。だから少しでもあなた方の役に立とうと、三人の神と散々話し合ったのだけど。こういう結果になってしまった」

 そうですか……、とゼスは大それた尋ね方だったことに、多少恥じた。ゼスは足元に視線を落とす。それを見たネレイアは、

「あなたは普通に興味を抱いたことを聞きたかったんでしょ?」

「すみません。過去にいくらあなた方、神やユージュアルヒューマンに負けようとも、私にはそれを聞く権利はあると思いまして。ですがネレイア様。あなたが率先して、ケージ内の人々を守ろうとしてくれたことは、こうして私を招き入れてくださったことから、存分に窺えます。私も自分がケージを代表してここに来たという自覚はないですし、それを名乗ろうというつもりもありません。しかし、理解しがたいのは、実験場にまでして得られる利点とは何なのかということです」

「ケージの外は未だ過酷な環境に陥っているわ。ここ以外にも世界の各地にクラウドキャッスルは存在しているの。私たちと同じような生活を送ったり、同じ神として存在する者もいるってことなんだけど。彼らが攻め入ってくるという予測も捨てきれないというのが、クラウドキャッスルの中では囁かれていて、それは相手方にしてみても同じなの。私たちが攻め入る場合を考慮して、軍備を怠らないようにしているっていうね」

「いわば、神対神……。ユージュアルヒューマン同士の戦争ということでしょうか?」

 そうね、と小さく首肯するネレイア。

「そうした可能性も少なからずある……。それに備えての実験ということなのだけど……。ゼスさん、あなたは私たち神やユージュアルヒューマンのことはお嫌い? メカエイジと言ってもユージュアルヒューマンによって蹂躙された人間に違いないのだから、わざわざ尋ねる必要はないとは思うのだけど……」

「私はいくら神様からの命令とは言え、自分で考えて行動しようと思っております。実際、ネレイア様の提案を受け入れず、こうして自分の意思で下の街の様子を見に行こうとしているわけですから」

「それもそうね」と笑みをこぼすネレイア。

「しかし、ケージが実験場とするなら、そこにいるニューエイジも実験対象となるわけですよね? そうなるとニューエイジが向かっていく未来というのは……」

「人間以上の人間になる、それがニューエイジのみならず私たち神の目指そうとしていることよ」

「人間以上の人間……」ゼスはネレイアを凝視する。

「かつて私たちを造ったのが人間なら、本来、私たちの神は人間であるはずよ。でも、それを強調しすぎたことの一つの原因として、あの戦争が起きてしまった。人間以上の人間……。他人を傷つけず、周囲を気遣い、手を取り合って幸福な人生を互いに築いていく。誰も傷つかず、均等に幸福を得ながら、弱者は強者に助けられ、強者は更なる高みを目指し弱者は強者を目指す……。人間の主な理想ってきっとそういうことだと思うの。それを実現しゆく、人間以上の人間……それが今も試験運用の段階であるニューエイジよ。これからも段階を踏んでいくけれど、いずれは、人間以上のものを目標としているわ。でもゼスさん、あなたにもわかるとは思うけど……」

「人間は人間以上にはなれない……。それも一つの結論でしたな」

「実際、あなたは人間を越えた力を手にしているみたいだけど?」

「確かにそうですが……。私自身まだ理解できていない、と言いますか、制御できていない部分もあるんです。人間を越えた力で人間を殺す……。それは神や仏などではなく、殺戮者かあるいは本当にただの怪物でしかないのではないかと……」

 謙虚ね、とのネレイアの台詞にゼスはいえ、と短く答える。ネレイアは話を続けた。

「人間以上の人間……そんな極めて理想的なものを掲げることも未熟だからと言えるわ。自分たちではできなかったことを、新規の世代に託す……それもニューエイジという世代が背負っていくこと。より繊細に光の力を操り、全ての生命体が平和や幸福を得られるきっかけを作る……。下界での噂でもあるように、それが人類の新機軸、というのも事実と言えば事実ね……。しかしそれでもゼスさんは、ニューエイジに未熟さを垣間見た……。『永遠の未完成、これ完成なり』別に私は、これを述べた芸術家を心から敬う訳ではないんだけど、でも、それが一つの結論というなら、彼女たちも、そしてあなたたち生身の人間もすでに完成していると見ていいんじゃないかしら?」

 永遠の未完成……。未熟さ……。それらはすでにニューエイジのみならず、人間にも古くから備わってきたものであるはずだ。

 完成を目指す過程が人生の醍醐味であるなら、ゼスの見聞きした噂である、ニューエイジに紐付けされたような、完全なる生命体という見方は、ある種の偏見だったのかもしれない。

 未完成なものを保った自分たちが完成だとするなら、以前ミリたちと話した〝自分がわからない〟という結論にも立ち返るような気がする。

 結局、不可解な存在でしかないのだ。

 それは生身の人間も機械化した人間も、ニューエイジも、そしてユージュアルヒューマンにも言えることなのかもしれない。

「ニューエイジとは、新たな時代の新機軸と聞いておりましたが、それは偏見だったのでしょう。私には話を聞いていてそう思えましたし、そう考え方を改める必要がありそうです……。『完全でなくとも、自分は自分としてここにある』……私はそう捉えることにします」

「そういう考え方、結構好きよ……」

 ネレイアは、一度だけ片目を閉じた。


 目的の部屋に行き着き、中に入る。人の胴回り以上の大きな壺が部屋の中央にあり、ネレイアは目一杯溜められた水面を手で触れた。それは水などではなく、特殊な透明の板のようだった。

「古めかしいというかファンタジーな造りでしょ? 設計者の趣味だったみたい。キャッスルの下方にあるカメラから捉えた映像なのに、こうやって本当に神様がやりそうなデザインや仕草で、閲覧することができるの」

 ネレイアはもう一度、指先で板面に触れた。水面のようにたゆたみ、映像が映し出される。

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