第四章 クラウドキャッスル⑧

「ライサンレイ砲?」

 聞きなれない言葉に、ゼスは思わず聞き返した。

「そう」とネレイアは片目を一度閉じ、

「クラウドキャッスルはアスタリスクみたいな形状になっているんだけど、その先は城の稜堡のようになっているの。自分たちの居場所を防衛するに適した手段の一つでもあるのね。稜堡の先端部分がライサンレイ砲っていう砲台になっていて、キャッスルの動力源は、燃料となる『エネルギー体』の電気だから、あなたたちが地上で使うエネルギー弾とほぼ同じよ」

 ――エネルギー体……。

 思ったゼスは、同時にある噂を思い起こした。

 下界の噂では、カプセル状の箱に人間を入れ、夢を見させながら、栄養を与えつつ体からキャッスルを稼働させるエネルギーを搾取していると言われている。エネルギー体という言葉は、それが何であるかさえ不明で抽象的な言葉だった。それに加え、以前ギースの言っていた、キャッスルの下にあるケージが、ユージュアルヒューマンの実験場であるという話も忘れてはならない。人間側が敗北したにしろ、ユージュアルヒューマンにその命を預け、生死を操られるという不条理は許しがたいものだ。

 ゼスは疑問や若干の怒りを抱きつつ、ネレイアの話を聞いていた。

「威力の大きさで言えば、人の体が丸々収まるくらい大きい鏡のような面から、太い光線を放出する感じ。そうね、百階建て位のビルを軽々と破壊させることができるわ。砲台と言っても鏡のような面を下のケージに向けている状態で、角度も自由に変えられることができるの。もしかしたら、それは地上からは、雲の中から覗く目玉みたいに見えるかもしれないわね」

「それを切り札に、ギースと再戦せよ、ということでしょうか?」

「ゼスさんには煩わしいことでしょうけど……。いかがかしら?」

 ネレイアから無理難題をふりかけられたようだ。

 ゼスは当惑した。一度無謀にも、敵の懐にまで攻め入ったのだ。しかも敗北を喫したために、己の心境としても、快く引き受けるのは気が引けた。

「ゼスさん、あなたはここで待機し、ギースを狙い撃ちすればいいだけのことよ。ギースを倒したら、そうね、クラウドキャッスルでの居住権を得られたりだとか、次期ゲノフの統轄長になれるようにとかしてあげる。その条件でいかがかしら?」

 ゼスは返事を渋っていた。

「確かに条件としては申し分ないと思います。しかし……」

「何をそんなに躊躇するの? そうねえ、じゃあもう一つ条件を出すわ。私とデートする権利なんてのは……」

 コホン、と今まで無言でいたマルニアが、わざとらしく咳払いをした。ネレイアは目を細め、

「それはまあ、冗談として……。どうしたの? 何か不服でもあるのかしら?」

「下で戦う者たちの状況を知りたいのです。私の出世や、生活面の充実など別にいいのです。ただ、彼らの状況がどうなっているのか、それを知った後で、ライサンレイ砲をどうするか決めるのも手でしょう」

 それもそうね、とネレイアは片目を閉じた。


「下界の様子を見る場所は、この部屋とは別の所にあるの」

 ゼス、マルニア、ネレイアは別室へと移動した。

 移動中、ゼスはネレイアに話しかけた。

「本人のいる手前、なかなか話しにくいことではあるのですが……」

 言いつつ横目でマルニアを見ると、通路の片側にあるガラス張りの窓から、広大なキャッスルの景色に見とれているようだった。ゼスは視線を戻し、

「ネレイア様……」と声を潜めると、

「何かしら?」

「一体神であられるあなたがたは、ニューエイジという世代に何を見出だしたかったのです?」

「と言うと……。何かしら? 彼女たちに何か不備なところでも?」

 ゼスは神が人類に対しての新たな基軸として産んだ、ニューエイジという世代が、どうもそれ以前の人間と同じ、未熟さを伴っていることへの疑問を伝えた。ネレイアは歩きながら、

「『永遠の未完成、これ完成なり』と昔の芸術家が言ったそうよ。あなたがた前時代的な人間を、古代にお作りになった何者かが、私たちなんかよりももっと偉大な神だというのなら、人間は神にとって芸術品なのかもしれないわね。未熟さはある種の愛嬌を生むわ。あの子たちの可愛さは十分堪能できたかしら?」

「いえ」とゼスは苦笑し、

「別に可愛さを求めていたわけではありません。ただ、あなたがたがお創りになったとされる、ニューエイジとは何なのか、彼女たちのいじらしさを見て不思議に思ったのです」

「ニューエイジの子たちはこれからも進化を遂げていくでしょうね……。光の力をより繊細に操れる。他者の心の機微を読み取って、親切に接していく……。それが、ニューエイジに求められるある種の完成形よ。人としての完成を目指していくようなもの。でもそれは、世代に関係なく、その過程こそが人生の醍醐味なんじゃないかと私は思うの。完成されたものに見とれ、真似したりそれを越えようと努力したり、それが人間の生きるってことなのかもしれないわ」

「そうですか」とゼスは微笑み、

「ということは、あなたがた神はニューエイジを人類の新機軸として誕生させたわけではない、と?」

「試みたい神もいるのは確かよ。完全なる生命体を創ることをね。それ以上のことを望むとするのなら、いずれは人間と私たちとの境を無くす、『精神の融合』というものもあるわ」

 精神の融合――。戦時中にも耳にしたことのある言葉だ。人の体を捨て、他者との精神を共有させる、完全な生命体――。

 生命体、というよりも観念的なものが混ざり合う、これまでの概念を超越した目に見えない精神の統合体。そんな荒唐無稽なものを指標とし研究を行った科学者もいたというが、いまいちゼスには理解に及ばなかった。

 難しそうに顔をしかめていると、ネレイアは、

「人間が生まれた以上、他人との関わりを無視することはできないわ。電話や映像というツールは、人間と人間との距離を縮める便利なもの。地球の裏側にいる人にだって会えたり話したりできる。人間が目指してきたもののある種の結論がそこにあるわ。肉体と空間という境を無くすことでその目指していたものが究極の結果となる……。それが目に見えない心――精神と精神の融合よ。……まあ、それは人間の究極の成れの果てだから、人によってはイメージしにくいことでもあるかもしれないわね」

 と述べたあと、ネレイアは話題を少し戻した。

「私たちのこの体や行っていることなどは、人間の模倣と同じかもしれないわ。そうやって人間と同じことをして、より〝ユージュアルヒューマン〟として洗練されていくことを目指しているのよ……」

「あなたがたにとって、新たな人類を創造することが人間により近づけることであると?」

 そうね……、とネレイアは思考に及んでいるのか、肯定したのかわかりにくい返答をする。ゼスはここにきて、踏み込んだ話をしてみようと試みた。

「人間以上の人間になる……。この城の下にあるケージが、あなたがたユージュアルヒューマンの実験場であることは確かなのでしょうか?」

「一気に詰めてきたわね……」ネレイアは苦笑し、

「まあ、ケージはケージで色んな人間の憶測や妄想が飛び交っているようだけど……。もしあなたが真相を知りたいというのなら、一つだけ言っておくことがあるわ」

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