第四章 クラウドキャッスル⑦
目覚めると、白い天井が見えた。
横に視線を向けるとレースのカーテンが、風にそよいでいる。窓際のベッドに寝かせられているようだった。
室内は、この窓からの自然の光で白色に満たされており、ゼスは爽やかなこの部屋の雰囲気に導かれるようにして、ベッドから起き上がった。
ベッドの反対側には点滴があり、ゼスからは外されていた。
病室のようだった。
どこの病院なのか、記憶を辿ると蒼き翼の地下基地にいたことや、デザと協力してゲノフタワーまで攻め込んだことまでは覚えている。
ギースに立ち向かうも、呆気なく力尽きたことまで思い出すと、体に若干、疲労感が生じた。
――ギースを倒せなかったんだったな……。私は一体何をやっているんだ? あそこまで命をなげうち、結果、何も得られなかったとは……。
無謀とも言えた。深く自責の念を覚える。
ベッドに座り、辺りを見回す。
――ここはどこだろう。そして私は何をしているのだろう……。
そこへ、扉が開き人影が入ってきた。 マルニアだった。
「ゼス!」と驚きからか、声を張り上げたマルニアに、ゼスは片手をあげて見せた。
「どこも痛くねえか?」
言って、マルニアは軽くゼスの頭を撫でた。
「ああ、特に何とも……」
明るく返すゼスに、マルニアは息を吐きながら、よかったあ、と言って胸を撫で下ろしたようだった。
「ここは一体どこなんだ?」
ゼスが尋ねると、入り口から声がかかった。
この施設の使いの者らしかった。
「マルニア様。ゼス様を神様の元へ……」
地上では、ギースが姿をさらしたことで、以前とは状況が異なっていた。
ギースの異様な出で立ちに、普段から身近にいたゲノフの関係者たちは恐怖からか従う者もいたが、とうとう本人が姿を明らかにしたことで、ゲノフ関係者の多くは、ギースを見限り、ゲノフから無断で退職する者が続出した。
種々考え方は違い、中には蒼き翼に投降する者も現れた。
敵の数は減ったものの、依然、蒼き翼への敵対心は強く、それは蒼き翼側もゲノフに対して同じだった。
デモ隊がその日、群れを成して行進していた。デモ隊の前後には、蒼き翼の兵士たちが武器を持ち参列する。
民衆は戦争に対する恐怖を知っていたのかもしれない。中には過去の戦争に参加した者もいるだろうから、戦争の残虐性や過酷さは、未経験者にも周知されていただろう。だが互いに武器を持つことと、民衆側に真っ当な意義があることで、デモ隊側の闘争心は猛っていたに違いない。
真っ当な意義――、それはゲノフという束縛からの解放と、自由への渇望だった。それらが自分たちを鼓舞させることで生まれた、人間としての当然の営みを奪取しようとする戦意ともいえる。
デモ隊の先頭の列が、目前に目立つ人影を発見する。
ギースだった。
ゲノフタワー前には、盾を構えたゲノフ兵と、見るものを不快にさせる醜いギースの姿があった。
たじろぐことなく民衆の行進は止むことはなかった。
広場前の道に立ちはだかった、蒼き翼と民衆の陣営――。
ロシリー、ミリ、メルアたちもその群れの中で、静かに様子を窺っていた。
クラウドキャッスル、最高協議会場――。
円卓を囲む、四人の神々。
部屋の壁はすべてガラス張りで、天井はドーム型だ。ガラス張りの窓は円を描き、スカイキャッスルの景観を見渡せたり、天空を仰ぎ見ることができる。 ゼスとマルニアは、四人の神の前で座っていた。
スキンヘッドに顎髭を蓄えた神の一人がいらだたしげに言う。
「だから、早急に処分しろと言ったのだ……」
「下の情勢など放っておけばいいだろう。ホーワイ」
スキンヘッドの神はホーワイという名らしい。なだめるように述べた、短い白髪の老人に、若い、というより、幼さのある紺色の髪の少女が口を挟んだ。
「ホーワイは、地上の人々を厭わしく思っておられるのですよ。ムゥダ」
白髪の老人はムゥダという名のようだ。
「わしだって神らしく慈悲の一つくらいはね……。無関心を決め込むのも、ある種の気遣いではないか、アルデナ」
紺色の髪の少女はアルデナと言うらしい。その横にいた、褐色の肌に、黒髪にウェーブを施した女性が述べる。
「神であろうが、生身の人間であろうが、私たちは同じ世界に生まれた等しき生命体なのです。当人を前にしてそのような暴言を吐くとは、神としていかがなものでしょう……」
眉をピクリと動かしたホーワイが、多少語気を強めた。
「お前が呼んだのだろう、ネレイア? メカエイジのゼス、という人間だったな……」
とホーワイはゼスを一瞥し、長い黒髪の先が波打っている女性、ネレイアに視線を向ける。
「お前が個人的に興味があるだけではないか?」
アルデナが細やかなため息を漏らす。
「ネレイア姉様の趣味ですか。相変わらずお盛んですこと……」
違うわよ! とネレイアは机を叩き
「あの憎きギースに歯向かった、勇気あるお方なのです。ただでさえ私たちの言うことに従わず、厄介者であったギースに勇敢に立ち向かったのです。彼の勇気に賛同し、私たちの力をこの方に託すことができないかと……」
「馬鹿馬鹿しい……。だからさっさと処分しろと言ったのだ。確固たる証拠があるなら、呼び出して話をすること自体、時間の無駄なのだよ! 役所じみた手続きなんぞ、無礼者には不要なのだ! 悪いが私はこの件には関与しない。人間は人間で勝手にやっているがいい。マルニアと言ったな!」
ホーワイがマルニアを呼びかけた。
は、はい、とマルニアは咄嗟に居ずまいを正す。
「すまない。私は君たちニューエイジの支援はするが、古き世代の人間となると話は別だ。ネレイアとよく話し合ってくれ」
ホーワイの姿がすっと消えた。どうやら映像だったらしい。他の神々も同様に、
「私は私で、クラウドキャッスルの庭の手入れがありますから……これで」
冷淡に述べたアルデナの画像が消え、続いてムゥダも無関心な言葉を添える。
「クラウドキャッスルを稼働させるエネルギー体が少し不足してきていてね。わしはわしでやることがあるのだ……。じゃ」
と言って白髪の老人は消滅した。
「みんな利己主義者ね」
ネレイアは肩を竦めた。
彼女自身も映像なのだろうか。先刻、四人の神と謁見すると聞かされ、この場に参じたゼスだが、緊張する傍ら、拝むべき四人の神はそれぞれ異なることを言い合って、話し合いもせずに自分の持ち場に戻ってしまった。
ネレイアが椅子から立ちあがり、ゼスへと近づいてくる。
艶やかな大人の女性といった感じだ。
本来であれば人間によって基盤が作られ、そこから発展していった新世代のアンドロイド「ユージュアルヒューマン」であるはずなのに、赤い口紅を塗り、ほのかに紅潮したような頬と褐色の肌に、なまめかしく垂れるウェーブのかかった黒髪。そして極めつけは、胸元の開いた赤いドレスだ。胸の膨らみも目立つほどあり、まるで誘惑でもしようかという出で立ちである。
ネレイアのみならず、利己的な神の面々は、ゼスが抱いていたイメージとはかけ離れていた。
「どう?」
と言って、ゼスの眼前の円卓に腰を乗せるネレイア。悩ましげに両腕を上げ、脇から胸の付け根が少しあらわになりつつ、脚を組むと一言こう言い放った。
「私ってセクシー?」
いきなり何を言うのか、ゼスは困惑し、
「からかうのは止めていただきたいですな」
隣にいたマルニアも気が短い彼女ゆえか、顔を紅潮させ、
「あのう。お話があるのであれば、早いとこ始めませんかあ?」
「そうね」とネレイアはウインクし、
「人工物である私たちが、一人の男性を誘惑できるか、試してみたくて」
「十分ですよ」
ゼスが断言した。マルニアはゼスの腕を叩き、
「何言ってんだ、てめえ……」
「昔からの課題でもあったはずよ? 人形が人の愛玩物であるための要素を含めるには何が必要か……。私、前は地味な女だったの。立場的にもしっかりしなければいけないって思ってたんだけど……。ある時気付いたのよ。人工物であるはずのものが神と崇められるだけでもおかしいのに、そんな存在が誰かの恋愛対象にでもなったら、もっとおかしいんじゃないかって……。私じゃなくても代用は沢山いるけど、じゃ、次は私個人を一人の人間が一生愛することができるか、っていう実験を……」
「いいから、本題に移れや……」
マルニアの目はすわっていた。
妙な二人の女性の間で、ゼスは肩身の狭い思いをしていた。
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