第四章 クラウドキャッスル④

 ゲノフタワー最上階、ギースの部屋――。

 剣の怪物は部屋の壁を粉砕し攻め入る。その恐ろしげな眼で、ギースを隠すカーテンを凝視していた。

「クックック……ははははは!」

 徐々に大きな笑声へと変わっていった。ギースがカーテンの向こうで大笑しているようだが、その声は頭上のスピーカーから響いてきている。

「ようこそ。私の部屋へ……。君の正体はすでに知っている。ゼスくんだろう? 先日は上手くゲノフの医療施設から逃げ延びられたようだな。そう、私は君たちをわざと逃がした。それはゼスくん、君とこうして相対したかったからだ」

 言葉を扱えない剣の怪物――ゼス――は、返答の代わりに、体を伏せ戦闘態勢に入った。再び、剣の角で突っ込もうとしたのだ。

「君がウィルスに感染していたというのも理由の一つだ……。私の手駒となるよう、君の実力を把握しようとしたわけだ。私も自ら薬物を服用し、怪物化した。代謝が激しい一方、食欲が旺盛になるもんでね。常に食事は欠かせないんだ」

 スピーカーから何か食べ物を咀嚼する音が聞こえ、

「君を実験対象にする機会がこうしてまた訪れた。しかしわからないのは、ゼスくん。君はなぜ、ここまで攻めてきたのだ? 私の手駒になるのは君とて嫌だったはずだ」

 言葉の扱えないゼスは、じっと体を伏せさせたままだ。

「まあ、確認せずともわかるか。君も蒼き翼と手を組んだと言うことだろう。それは私のこともすでに知れわたっているということになる……」

 解禁されたはずの食料を独占したり、ウイルスで怪物化した住人を飼育したりなどの悪行の数々……。ゼスは怪物化した状態でもそれらの事柄は胸中にとどめることができていた。

 この強大な力があれば一網打尽にできる。ゼスは、あまりの力に奢っていた。力に頼り、独断でここまで攻めこんだのはいいが、果たして……。

「光の力とは何か、考えたことはないかね?」

 唐突な問いかけに違いないが、ゼスは伏せた姿勢で、ギースの話に耳を傾けた。

「人はいわば、光という存在と同等であり、それを内に宿している。希望であったり、闘志であったり、脳内を行き交う微量の電気などといった身体的な現象そのものも光と捉えられる。それを自在に扱えるニューエイジ……、いつか君が二匹の怪物を退治した時に見せた鎌のような光。あれもほぼ同じ性質を持っている。戦時中に科学者が開発した、光の力を扱える肉体は、光を操る者、ニューエイジの肉体の基盤となるものだった。それは新たな兵器の誕生でもあった。その力をゼスくんや私が扱えるというのも不思議な話ではないかね? そう、私と君も怪物化によってニューエイジと同等、あるいはそれ以上の光の力を扱えるようになったというわけなのだ。君がその姿になれたのは少なからず第三者の手によって外側から与えられたもの……。外側からの手とは何か、それは私にもわからないが、自然的に発生した能力でないことは確かだ。私の場合、さっきも言ったが、自分から進んで薬物を投与し、力を得た……。クラウドキャッスルが地上にこの都市を残したのも、ある実験から来ている。生物兵器の実験材料として、クラウドキャッスルはゲノフに命じた。私はそれに個人的な都合でうまく便乗した。それがユージュアルヒューマンへの復讐のためにこの肉体を得たということだった」

 ターダスが言っていた、倉庫内での噂……。ユージュアルヒューマンに負けた人類が、彼らの実験に必要な糧として、病原菌を限定的な環境などで散布した。散布の方法は恐らく飲料物や食物として外から体内へと侵入させ、感染、発症。その後、半年で十件弱のモンスターウイルスによる事件が確認された。

 ということは少なからず、クラウドキャッスルの神はこの都市の人々を人間としてみていなかったということになる。しかしゼスは、神に利用されるがままではなく、または同じ体質を持った人間としてギースと組むこともなく、現状、解決しなければならないことに注力しようとしていた。

 しばらく、食べ物を咀嚼する音と、液体が喉元をよぎる音がスピーカーから聞こえてきた。不快な音に変わりはないが、数分後にギースはまた語り始めた。

「なぜこの力を得たいと思ったのか……。今度はそれを語らせてもらおう。いやなに、君のように話をただ聞いてくれる存在というのは独り身の私には貴重なのだよ」

 くっくっく……と、笑いをこらえている声が聞こえると、ギースは再び語り出す。

「以前から私は、人工知能による統治に嫌気がさしていた。人間が作った機械仕掛けの人形に、感情を持たせるのは危ういと、かつての科学者も警告していた。しかし、時代の奔流は人を変える。人間の好奇心も果てしなく、永久に尽きることはない。結果、この街のような有り様になった」

 人間がその欲を満たそうとした挙げ句、戦争によって街は荒廃した。また、神から監視されるように上空には城があり、四方を囲まれた環境へと成り果てたと言いたいのだろう。

「これから起ころうとしている、我々と人工知能との新たな戦争も、過去幾度となく様々な人間が阻止しようと努力してきたが……。それならば二の足を踏む前に、完成された人間である人工知能、現〝神〟が人間の世界を統治するのもわからないわけではない……。秀でた者による支配は一定の安寧をもたらすこともあるのだろう。だが、私には無理だった。この廃れた世界になったのも、元はと言えば人工知能という存在があったからだ。彼らの存在がなければ、戦争なんぞは起きなかった。だからこそ私は神に反逆する。神に勝ち、再び人間の世界を取り戻す。もろもろの咎められている行為への反発も、私なりの反逆なのだ。そこのところをわかってもらいたいのだがね……ゼスくん……」

 どこにも同意や共感を得る部分がないような気がした。それは先日、ミリやメルアに見せてもらったあの映像や、地下構内で見た様々な生活からすでに生じていたゼスの考え方だ。

 もっともな理屈をひけらかし、当の自分は私腹を肥やす……。

 この鋭利な額を刺突させるには、十分な理由だろう。

 伏せていた体をバネのように弾けさせ、ゼスはギースを隠したカーテンへとダーツのように突進した。

 透明な壁があるのは以前から知っていた。だが、怪物の力を持ってしても、一発では壊させてくれない。

 大きく弾き返され、回転しつつ地へと這う。そしてもう一度それを実行する。 しかし、またしても跳ね返された。ギースの嘲笑がスピーカーから部屋にこだました。

「無駄だ……。私のやり方に異を唱える奴はそこら中にいるからな。いつ殺されてもおかしくはない。だからこその防壁だ」

 ギースの説明を皆まで聞かず、さらにゼスは突撃を繰り返した。


 ゼスの脳内では、ゼスともう一人のゼスがトランポリンで飛び跳ねていた。ゼスに似た子供は、大きな声で言った。

「旦那、そろそろやべえ状況になってきたでやす。変身の時間切れがすぐそこまで……」

「本当か? くそっ! 到底敵う相手ではないってことか?」

「このまま逃げやすかい?」

「いや、まだだ。この剣に賭けてみる」


 首筋に痛みを感じる。無理もない。相変わらず小馬鹿にしたように閉められたカーテンの前に、透明な妨げがあり、ゼスは何度もそれにぶつかっていたからだ。

「はははっ! 馬鹿め、無駄だ! 何をそんなに焦っているのだ?」

 激しく剣の先が透明な壁にぶつかった。

 壁は壊れることなく、ギースのスピーカー越しの嘲弄は相変わらずだ。

「こんな話を聞いたことがある。姿を見せないここの責任者の元で働きたくはない、という職員の意見だ……。君はどうだ? 君もこのカーテンに隠れる私をどう思う……?」

 再度、透明の壁にぶつかる。ゼスは見逃さなかった。壁の中央辺りに微少のひびが入ったのを。

 カーテンが開いていく。上から明かりが照らされギースの肢体があらわになった。

 何段も餅を盛ったような丸い化け物だった。餅のようなそれは無論、ギースの腹の脂肪で、頭部は豚に見えなくもない。小さな脚は巨体を納める大きな椅子から短く飛び出るほどだった。腕も小さくて短く、これで食事や歩行などできるのだろうか。よく見ると、段のできた腹の至るところに、袋のような物体が垂れ下がっていた。

「あいつ以外に二人目かもしれんな。私の姿を見られるのは。この袋みたいな奴、気になるだろう? これはなあ……」

 短い腕を苦しそうに袋へ伸ばし、それをもぎ取った。そして口の中に持っていくと、咀嚼し始めた。

「栄養分がたんと入った非常食なのだ。成長促進剤という見方もできる。光の力が入っているのだよ。クラウドキャッスルの役人に知られぬよう、秘密裏に研究を続けてきた代物だ。いやはや、ニューエイジの力はすごい。まさに次世代的だ。これを食べるとすぐに腹一杯になるし、傷も癒える」

 説明が一旦区切られたところで、ゼスは何度目かの突撃を試みた。勢いをつけるために腹這いの姿勢になる。

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