第四章 クラウドキャッスル③

 メルアと相対していた剣の怪物の背後から、連続的に銃声が響いてきた。

 剣の怪物の背中に次々と陽電子の光弾が着弾したかに思われたが、剣の怪物は意に留めず振り向くと、鈍重な動きで、ゲノフ兵士たちへと歩き出した。

 残り四体のワニの怪物が、顎を上下に開けさせ飛びかかってきた。剣の怪物は臆することなく、額の剣をワニの下顎もろとも、胸へ突き刺した。

 さらに襲い来る三体のワニ頭。

 造作もないと言わんばかりに、剣の怪物は頭をすぼめた。

 すると怪物の頭部にあった剣が鈍く光り、両側に六つの鎌が出来上がった。半透明の鎌が光った瞬間、「グアッ!」と怪物は短く吠え、両側の六つの鎌は一つずつ三体のワニの喉元を裂いていき、頭が胴から切り離された。残りの鎌はさらに後方のゲノフ兵士に向かっていく。ゲノフ兵は背を見せて退避するが、しばらくののち、エスカレーターの上の方から悲鳴が聞こえた。

 巨大な化け物同士の戦いだった。ワニの方は見かけによらずあっけない。

 剣の怪物はそのままエスカレーターを出たところにある、広場に展開していた敵兵の前へと姿をさらした。

 唖然とした兵士もいたが、銃撃は止まず剣の怪物に命中していくも、怪物はなんともないといった様子で、太い首を再度浅くすぼめた。

 額から伸びた剣が青く光り、その残像らしき光が鎌のように怪物の頭部周辺にいくつも出現した。

 グアッ! と怪物が一度吠えると、再び鎌のような光りは木葉が舞うように敵兵の周辺を飛び交った。

 遮蔽物などに身を隠していた敵兵たちは、遮蔽物もろとも斬り刻まれ、続々と鎌の餌食になった。血が辺りに舞い散り、その様子を見ていたゲノフの兵士たちは合図とともに後退していった。


 ――しばらくぶりだが、やはりすごいパワーだな……。

 怪物と化したゼスは胸中でそう呟いた。

 ゼスの姿は幼児期の体格にまで遡っていた。ソファに座りながら、テーブルの前にはテレビがありアニメが放映されている。

 これはゼスと思考を共有した、デザとの小さな内面世界。

 もう一人、ゼスと同じ背丈の少年が傍らに座っていた。

「言葉のやり取りはできやせんが、美女の危機を救うにはうってつけの能力でありやしょう、旦那?」

 ゼスの横にいた少年がそう話す。

「聞くのを忘れていたが、この姿は意図的には戻れるのか?」

「旦那が満足いけば戻れやしょう。もう一つ、体力が限界になるまでですかね。短時間であることは確かでさあ。十五分と持たねえ場合も考慮しませんとなあ」

「お前には何の利点があるんだ?」

「あっしらは人の体に住み着いて、体を蝕んでいく細菌でやす。たんぱく質なども飯のうちに入りやすが、旦那、暴れてみてどうでやすか? 結構テンション上がりやしょう?」

「まあ、今のところはな」

「それでやす!」

 と、もう一人のゼスは人差し指を立て、

「あっしらの主食は、生き物の肉や血でやす。頭の剣で貫けば、それがあっしらの養分となるんでさあ。前みたいに食べることでも取り入れられやすが、今はそんな暇ないでやすからね。旦那のテンションも上がるってことも含めて、お互いの利害が一致するってことでさあ」

 遠くの方で悲鳴が聞こえた。そういえば、まだ吹き抜けで待ち伏せしていたロシリーたちがいたはずだ。

「もういっちょ、頑張ってみますか!」

 軽快に自分を鼓舞させるゼスに、デザは小気味よく言った。

「それでこそ、旦那でやす!」


 地下一階のとある部屋の壁の裏で、ロシリーは様子を窺っていた。

 陽電子銃の射撃にはびくともしなかったワニ顔の怪物は、顎の先で蒼き翼の兵士たちを押し退けながら、ロシリーに近づいて来たところを、他の兵士が応戦。怪物がそれに気を取られている隙に、奥まった部屋の裏に隠れていた。

 大きな二本の脚が、鈍い音を立て歩き回る音がする。怪物の姿を認められたのはわずか一体だが、驚異的な戦闘力を見た気がし、一人では到底たちうちできそうもない。

 他の兵士たちは無事か。自分と同じようにどこかで息を潜めているのか、それとも……。

 銃撃することはできるかもしれないが、相手が相手なだけに、銃撃だけでは心許ないだろう。

 部屋の奥側に気配を感じ取った。自分よりもいち早く隠れた兵士かと思いきや、一人の幼子だった。

「お姉ちゃん!」

 目の合った幼子が声をあげた。まさかとは思ったが、やはり子供か。安心したあまり声を発してしまったのだ。

 怪物が駆けてくるような足音を聞きながら、すかさず幼子を抱きしめる。

 ワニ顔が部屋に入ってきた。鼻息を荒げ、ゆっくりとロシリーたちのいる方へ歩いてくる。

 ぐすっと恐怖にかられた幼子は鼻をすすり嗚咽をし出した。静まり返った構内に、その泣き声はやけに大きく響いた。 怪物がとうとう、ロシリーの間近にまでやって来た。

 鼻息を一吹きし、顎を開いた。

 ――もうだめだっ!

 ロシリーは顔を背け、目を瞑る。

 ロシリーの肩に血飛沫が散った。

 ワニ顔の黒い毛に覆われた筋肉質の体に、大きな刃物が突き刺さっていた。ワニ顔の体が軽々と掲げられ、強く振り回されるとその巨体が引き抜かれ地へと落ちた。

 ワニ顔を倒した大きな影――。

 剣の怪物とでも言おうか。額から鋭く突き出た刃のような出で立ちがゼスの怪物化した姿であったことを思い出させる。

「ゼス殿……。ゼス殿なのか?」

 割れたガラス片のようないびつな怪物の眼を見て、ロシリーの脳裏にゼスの顔が浮かんだ。

 力のない声でロシリーが呟くと、剣の怪物が体を振り返らせ、ロシリーのいる部屋をあとにした。

 泣きじゃくる幼子を再び抱きしめながら、ロシリーはゼスと怪物のことを何度も思い返していた。


 勢いそのままに、剣の怪物はエスカレーターの残骸のある中央の入り口を出、街の中央にある交差点にまでやって来ると、そのままゲノフタワーへと突き進んだ。 周囲にはゲノフの兵士や、砲台などが配置されていた。その最中、体を水平にして、両腕を前に突き出した姿で地表すれすれを飛行していく剣の怪物に、ゲノフの兵士たちは目を奪われていたようだった。

 どうやら、蒼き翼の本拠地は、ゲノフ側に知れわたり包囲されるにまで至っていたようだ。

 蒼き翼の基地に展開していたゲノフ兵からの報告を受け、剣の怪物の迎撃態勢に入ったのか、怪物の背中に無数の陽電子弾が浴びせられる。しかし、何らダメージを与えられたわけではない。

 ゲノフタワー前広場までやって来た。 多くの兵士たちが銃火器などを構えたまま、剣の怪物を出迎える。兵士たちは長身の銃を構える。

 そして、一斉掃射が始まった。

 煙の舞うゲノフタワー前広場。

 渦中、剣の怪物は脚を曲げ、体を伏せさせた。そして額から伸びた剣を突き刺すように飛び跳ね、ゲノフタワーの最上階にまで突貫した。

 ゲノフの兵士たちは取り残され、発砲を止めた。

 怪物のいなくなった広場は妙な静寂に包まれていた。

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