第四章 クラウドキャッスル②

 西側ゲートにて、ミリが感じる振動はまだ続いていた。

 ミリとメルア、そして他の隊員たちもそれを敏感に感じ取っていた。

「嫌な予感がする……」

 ミリは小声で言うと、通路から出、中央ゲートへと向かった。

 数十メートルはある回廊を走り抜ける。

 中央ゲートは、広い空間だった。階段とエスカレーターがあり、遮蔽物も少ない。上からの攻めには視界も良くなっているため、ここを戦場にするには不利に思える。また、広めの階段が地下基地にまで通じており、ここを抜けられると厄介である。倒壊した瓦礫などで塞いだのもミリには納得ができることだが、先刻から感じる揺れが、ミリの心境を焦らせた。

 ――まさかとは思うけど……。

 思いながら、中央ゲートまで駆けつけた。揺れや振動の音が大きく、敵はここを突破する気のようだ。

「敵の狙いはここかも!」

 あとからついてきた数名の兵士に、ミリはそう呼び掛けた。

 直後――。

 振動がやたら大きくなり、とうとうゲートを覆っていた石塊が突き破られた。 大きな顎を咀嚼で揺らしながら現れたのは、頭部が獰猛な爬虫類、胴部が大型の霊長類を彷彿とさせる怪物だった。

 どうやら大きなあぎとでコンクリート片を噛み砕き侵入したようだ。

 少なくとも、見かけだけで四、五体はいる。

 ミリとメルアは咄嗟にライトガンで応戦する。

 しかしワニのような怪物に着弾することはなく、前面に突き出た顎が左右に振られ、その先端が勢いままミリの脇腹に命中しゲートの隅の壁にまで弾き飛ばされた。

 破損しかけのコンクリートの壁に叩きつけられ、そのまま寄りかかりながらミリは極度に生じた痛みに目の前が霞んだ。

 漠然とした意識の中、薄く開けられた双眸はメルアや、他の兵士たちが抗戦する様を捉えていた。

 ミリと同様、他の隊員たちもワニの大きく突き出た顎に押し飛ばされたり、中には腕や脇腹を噛まれ絶叫する者もいた。

 地獄の様相とでも言おうか。

 兵士たちの悲鳴や絶叫が轟き、鮮血が飛び散る。

 ――嫌だ……。こんな終わり方……。

 まだ、ロシリーたちや、蒼き翼の役には何も立てていない。このまま人生の幕を下ろすのか……。

 ――嫌だ、嫌だ……やめて……。

 霞む視界にわずかに映る怪物たち、そして抗おうとするメルアたち蒼き翼の兵士。

 援護に入ろうとするも、体に力が入らない……。


 ゼスは漆黒の闇に包まれた個室の中で、膝を抱いて神に祈りを捧げていた。

 ――おお、神よ。どうか犠牲者が出ないよう、悪魔に根回ししてもらえないですかね。交渉が決裂したら、もう神とは呼びません。ただのヘタレです。どうです? ヘタレなんて呼ばれたくないでしょう。だからやるんです。根回しを。根回しするのが大変なら、どうしようってんです? 出るとこ出ますか? ええ、いいでしょう。いいでしょうとも。なんつって、本当は頼りにしています。頑張っていただきたい。

 最中に感じ取る微かな震動と、聞き取れるいくつもの銃声。時折甲高い悲鳴も聞こえてくる。

 ――旦那、そろそろあっしらも……。

 ――そうだな……。

 無暗に怪物化することは避けていた。不用意に怪物化すれば、自分たちが処刑されていたかもしれない。だからこそ、この個室までに響いてくる開戦の報せは怪物化できる好機だった。

 ――あっしの力でしたらこんなところすぐにでも出られやすって!

 ――期待しているぞ。私も全力で事に当たる。


 ワニの怪物と抗戦していたメルアは、辺りに煙が漂い始めたことに気づく。

 視力の補強となるゴーグルは、蒼き翼仕様のものに切り替えており、敵の輪郭を目で追うことはできる。しかしこちらの手札が銃器のみで、しかもそれがライトガンとなると全く意味をなさないだろう。光の力の増減で威力を調整できても、屈強な怪物たちはひるむ様子もない。ワニの怪物たちは、ゴリラのような四肢を俊敏に動かし、メルアたちに襲いかかってくる。

 黒い毛に覆われ丸みを帯びた体には、不釣り合いな緑色の皮を纏ったワニの頭部。顎を何度も開閉させるそれは十分な威嚇になる。

 メルアたちは銃器を次々と発砲するも、怪物たちの表皮が硬いものらしく、仕留めることができない。

 それでも射撃を惜しみ無く続ける。

 ワニの後方からは、ゲノフ兵士からの銃撃。

 メルアたちは咄嗟に、付近にあった大きな瓦礫に身を隠しつつ応戦しようとする。

 ところが――。

 ワニの長く突き出た顎が、メルアの目前にいた数名の味方の兵士を強く押し退けた。左右に吹っ飛んでいく兵士たち。メルアは白い小さな銃を片手で構えつつ、光る剣をもう片方の手で構えた。 背後には壁。もはや逃げ道はないかと思われた。ワニが顎を開け飛びかかってきた瞬間、メルアの体に何者かの体が被さってきた。 僅差でワニの顎を回避し、地へと転がった。 痛みを伴いつつ、自分に体を覆った何者かを視界に捉えた。

「な、ナイルくん!」

 赤髪の青年だった。噛みつかれる瀬戸際に、彼が救ってくれたのだ。しかし、ナイルの顔は苦しみに満ちていた。

 どうしたのだろうか、とメルアはナイルの様子を見てみると言葉を失った。

 肩から先に伸びていたはずのかいなが失われていたのだ。

 ナイルは赤く染まる肩を抑えながら、

「早く逃げろ、メルア……。ミリも負傷している」

 まさかと思いつつ、しばし辺りに目を配ると、間違いなく通路の隅に倒れ込むミリの姿があった。

「そんな……ミリ……」

「ミリたちを連れて、逃げろ……」

 呆然自失のメルアに追い討ちをかけるように、ワニの突き出た顎の先の鼻孔が、荒く息を吹きかけながら近づいてくる。

 この状況で、逃げることができるのか。座ったまま膝にナイルの頭を乗せ、迫るワニの顎にメルアの感覚はがんじがらめにされたようだった。

 ワニが顎を開け噛みつこうとしてきた。

 メルアは顔を背けた。

 その頬に、鮮血が散った。

 痛みを伴わない体を不思議に思い、恐る恐る目を開ける。

 ゴリラのような張りのある胸を、大きな刃物が背中から貫いていた。

 先端から血が滴り落ちると、その大きな刃物はゴリラの体から引き抜かれる。

 煙がだんだん晴れていく。

 白煙の隙間に見慣れぬ異形な獣が姿を現した。

 ゴリラの胸部を貫通していたのは、獣の頭部についた剣のような角だった。剣の平たい部分を上に向け、横に寝かせるように鋭い切っ先が延びている。その下へと続く顔貌はサメのそれと酷似し、腕には、カーブを描いた突起物のようなものが出ていた。怪物の巨体は、そのまま二本の腕と太めの脚につながっており、爪や背びれは一本一本の剣が宙を穿つように生えていた。

 メルアは呆気にとられていたが、剣の怪物がゼスだったと思い出すと、一気に気分は舞い上がった。メルアは目の届きそうな範囲に仲間がいないか探そうとした。先ほども見かけたミリの姿が視界に収まった。ピンク色の短い髪には、砂ぼこりが付着し、顔は地に伏している。腕を曲げて起き上がろうとしており、意識はあるようだ。他の味方も辺りに横たわり、気を失っているように見える。

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