第四章 クラウドキャッスル①

第四章 クラウドキャッスル




 蒼き翼の基地を擁した地下構内は、一見、単純な造りに見える。中心部にある吹き抜けは、円筒状に下へと伸び、そこを軸にして各階、四方に通路がわかれている。しかし複雑な形状をしている部分もある。四方に伸びた通路の奥は異なる駅のホームへとつながり、階段や駅員の詰め所、小さな倉庫や、空き部屋、または様々な用途で使われる部屋なども考えると、その構造は単純ではないだろう。

 ロシリーは、ミリ、メルアと共に、構内の四階で作戦会議に参加していた。ダバックが中心となって、話を進めていく。

「ここは主に三つのルートがある。西と東にあるゲートと、搬入路としても利用していた中央ゲートだ。それらは無論、敵からの侵入を考えられやすい。そしてもう一つが、中心にある吹き抜けだ。その天井はドーム型の半球に覆われており、外にむき出しになっている。そこからの侵入も想定されることは容易い」

 なぜ作戦会議を開くことになったのか。

 それはゲノフに潜入していた間諜が入手した、ある音声が端緒だった。

 ゲノフの幹部の会話を盗聴した際、入手したのは、蒼き翼への攻撃準備らしきやり取りだった。

 小型索敵機による調査結果からも、ゲノフ軍が戦闘体制に入ろうとしていることがわかった。

 即時、蒼き翼は兵を集め敵をどう迎い入れるかの作戦を討議していたのである。

「中央のゲートには、ビルの一階に設置された階段とエスカレーターがある。何年も前から使用されてなく、今は多くの瓦礫で埋もれていて、敵兵の侵入は妨げられるだろう」

 ダバックが大きなモニターの前で話す。モニターには、ここの立体図が映し出されていた。

「他の地下経路からの侵入もあり得るが、天井が崩落していたりなどして、それはあまり考えられん。油断なきよう念のためそこにも幾人かの兵を置く。西と東ゲートにも置こう。そしてもう一つは中心部の吹き抜けだ。吹き抜け付近にも兵を置くことにする。盗聴した音声からは、近日中というものを匂わせるものがあった。交代で各定点の警備を行おう」

 会議が終わり散開すると、各自銃器や、防弾スーツなどを装備して、役目となる場所へつく。敵の動きを捉えやすく、銃火器の補正の役目となり、より精細な射撃が可能となるゴーグルも、蒼き翼から貸与された。

 新たな世代であるロシリーたちは、光の力を使って発射する、ライトガンを携行していた。光の力の加減によって、威力の増減を調整できる。増減は、己の光の力を使用する際の体力的なものによる。

 ミリとメルアは他数名と一緒に、西側のゲートの守備に当たった。

 過去の戦争中にも攻防があったらしく、地下構内へと続く回廊には、崩れた天井の瓦礫や、歩兵が身を隠す遮蔽物などが散在し、攻めて来る者の侵攻を阻ませる。

 遮蔽物の影で敵が入ってこないか、ミリたちはじっと待ち構える。

「それにしても……」メルアが小声で言った。「ここに来て早々、戦闘とは。私も運が悪いわ」

「すぐに登用されるのはいいことなんじゃない?」ミリが前向きなことを口走り、

「アタシも戦闘が嫌なことはたしかだよ。しばらく様子見なんだろうし。いきなり今日襲ってくるだなんてことはないんじゃない?」

 互いに戦場に身を置くことを嫌がっている。古き良き仲間であるメルアとミリだったが、メルアにはミリがなぜゲノフに背いたのか、戦闘に陥るか否かの張りつめた空気の中で、なぜか聞いておこうと思い、

「あなたがまさか、蒼き翼に入るとは思わなかったわ……」

「そう?」

「わたしたちって、血生臭いの嫌いじゃない。がっつり戦いが好みってわけでもないのに、わたしたちは戦おうとここにいる」

「まあね……。最初はゼスが寝返るとは思ってなくて、ゼスに逃げてって促すつもりだったんだけど……」

「こっちに来ちゃったものね」

 うん、とミリは小さく頷き、

「動機に関してはロシリーから知らされたってのもあるよ」

 ミリが台詞の途中で口ごもった。どこか憂鬱な表情をするミリは、自分の考えを確かめるためか、メルアに説明した。

「一般市民のみならず、小さな子供までも手にかけたくなかったってのが主な理由かな。アタシはこれからもずっと、誰かが怪物の姿になって、それを始末しなければならない仕事に、嫌気がさしていた。その根本を断つにはゲノフにいちゃいけないんじゃないかなって」

「わたしと一緒ね……」メルアが呟く。

「それでロシリーに相談したら、蒼き翼のことを教えてくれて……」

「それもあなたを信用していたから教えてくれたんでしょうね」

 ミリがそのときロシリーに相談したことは、恐らくゲノフに不信感を抱いているのと同じ内容だっただろう。いくら仲間同士での相談とはいえ、ロシリーが蒼き翼のことを教えるには、それだけミリたちを信頼していたというのもあるに違いない。相互に疑念を抱いていればどちらかが裏切り、今のような状態にはならなかったはずだ。

 それを踏まえたように、メルアはこう述べた。

「わたしも最終的にはロシリーに相談したわ……。よかったわね。ゼスも前言っていたけど、こうしてお互い同じ場所で戦えるのも、奇跡や運命というものかしら?」

「そうかもしれないね」ミリは苦笑しつつ、

「今になって思えば、アタシたちやロシリーたちも結構大それたことをしてるのかも……」

「そうね……。か弱きわたしたちも……」

「意外と大胆!」

 調子よくミリが返すと、メルアが耳元で囁くように、

「そのギャップに惚れないでえ……」二人は小さく笑った。

「それにしても……」

 メルアが瓦礫の裏から顔を覗かせる。

「やけに静かね。この調子がいつまでも続けばいいのだけど……」述べるメルアの後ろからミリも覗き込み、

「今日戦いが始まるかどうかってのは司令もわからないって言っていたし……」

 通路の床が振動したかに思われ、ミリは思わずそこに視線を向けた。微かに足元が揺れている感じがする。

「地震かな?」ミリが呟いた。

 どこからか伝わってきた揺れだろうか。だとして、一体どこから……。

 吹き抜けの守りに当たっていたロシリーに、ミリは目にはめていたゴーグルの無線で連絡する。


 駅構内二階の吹き抜け。

 ロシリーは吹き抜けを隔てる壁に寄りかかっていた。天井からの襲撃に備え、銃身の長い陽電子銃をいくつか吹き抜けのそばの壁に設置していた。昔の銃で言えばライフルに相当するだろう。「聖典」と同等のエネルギー源で、大きめな光弾の連射により、上方からの敵を圧倒させる。

 ロシリーはミリからの無線に応答した。

「そちらの様子はどう? ロシリー」

「今のところは大丈夫だ」

「揺れを感じなかった?」

「揺れ? いや、まったく……」

 やにわに、天井のガラスが突き破れられた。ガラス片が雪のように降り注ぐ中、ロシリーは無線を切り、傍らにあった銃を構え、発射した。

 多量の銃声が響き渡る。

 反撃がないように見えたロシリーたちは、銃撃をやめた。

 天井に流れ弾が被弾したせいで、煙が発生していた。煙が段々と晴れていく。 その中で、巨影が映えた。

 引き金を引こうとするも、影の方の動きが速かった。

 ロシリーの視界一杯を、敵影が覆った。

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