第三章 ゼスの受難⑦
「動機としてはまあまあか。言葉の中に、死んでいった者を尊ぶ思いも垣間見られる……」
「では、私を解放してくださるのですか?」
「そうはいかない。モンスターウイルス特有の厄介な症状を思えば、君の隔離を取りやめるわけにはいかない。しばらくそのままの状態が続くだろう。必死に君を庇うロシリーくんも、君が意図的に怪物化したりそれを解いたりできるということを主張していたが、君から他者へと感染し君と同じようなことができる者が出てくるかは、不明瞭だからな」
ダバックは二名の兵を引きつれ、部屋の入り口にまで来ると、
「残念だが、君を歓迎することはできかねる」と述べた後、扉は閉まった。
その晩、ロシリーはある人物に呼び出された。
放置していたゴーグルに連絡の履歴を報せる点滅があり、確かめるとマルニアからだった。
ロシリーは静寂に包まれた蒼き翼の基地の通路を歩き、地上へと上がった。
そこにはマルニアの姿があった。
水色の髪に、頭の両側から垂れた房のような髪は、暗闇でもマルニアとわかる。
以前から交流のあった二人は、再会を果たした。
マルニアは気さくに話しかける。
「外で話すのもなんだ。車の中で……」
マルニアの背後には三台の黒い車があった。
「てめえはなんで、ゲノフに入った?」
後部座席にマルニアとロシリーは座った。マルニアの唐突な質問に、ロシリーは一度首を傾げ、
「選定は神がやることだからな。元々あそこへ入ることは決まっていたのだ。ニューエイジという世代である以上、神が我々に未来を託すのも、我々の世代では当たり前のことではなかったか?」
「いや、なんつーか……」マルニアは肩をすくめ、
「か弱き乙女が、あそこで日々奮闘していやがるのが、あたしにゃ理解できねえことでさ」
「か弱くはない。選定であることを知っているのなら、その問いかけは不自然に思えるのだが……」
「動機じゃなくてもいい。ゲノフに決まったと知らされた時の心境とか、そんなのでも構わねえ」
突然の問いかけはそれを知りたかったということか。だが、ロシリーはマルニアの気配に異質なものを感じ、慎重に話そうと心で身構える。マルニアは続ける。
「あたしらの仲だ。久しぶりに語り明かそうって訳だ」
マルニアがそう言うと、運転席の後ろにあった小さな戸を開け、コップを二つと飲み物を用意し、コップに注いだ。
「わりいが酒じゃねえぞ。会話がままならなくなるからってんで、フルーツジュースにした」
コップを手に取った二人は、コップを宙に掲げた。
マルニアとロシリーの間柄――。
それを語るには少し時間を遡らなければならない。
クラウドキャッスルで成人を迎えるまで、学校へ通うことになるニューエイジの子供たち。ロシリーとマルニアもそんな子供たちと一緒だった。
彼女らの関係を端的に説明すると、まず同じ学校の、同じ教室、隣の席。寮でも同室だった。
ロシリーの記憶では、親近感を維持するために用いるマルニアの述べた“私たちの間柄”という言葉には少し語弊があるように思えた。
居場所などに同じ部分があろうとも、好みの味はロシリーが甘いもの、マルニアがしょっぱいもの。教科はロシリーが文系なのに対してマルニアが理系。音楽もロシリーがポピュラーなものを好めばマルニアはマイナーなものだった。 対照的なこの二人が女子のグループで行動を共にしても、博愛的なリーダー格の人物を間に挟まないと、会話すらままならない。
ようやく個別で話すようになったのも、ゼスを介して再会したというのがきっかけだった。互いの仕事柄と若干の懐古的な気分によって、学生の時よりも仲は深まった。
そんなマルニアが、折入って話したいことがあり、それが騎士団への入団した際の気持ちはどのようなものだ、というので、ロシリーは不自然さと少しばかりの嬉しさを伴い、自ずと語り始めた。
「戦争が終わって、ユージュアルヒューマンの支配する世界になっても、この光の力を保った私たちニューエイジの向かう場所とはなんなのだろうと思っていた……。こんな異質な力を何に役立てようか、選定され就職先がゲノフに決まってもずっと考えていた。それでふと思ったのだ。この荒廃した町であるなら、私の力も役に立てるのでは、と。神の支配下であろうが、命を秤にかけることはできない。種々制限されたこの土地で、私が私であろうとするなら、ゲノフ騎士団で光の力を使って職務を全うし、社会に貢献しようかと……」
「そういうことだったのか……」
「マルニア殿はどうなのだ?」
仲良さげに話す二人。ロシリーは、時おり微笑するマルニアの話を聞きながら、その裏側には不穏な空気が漂っているのを感じていた。
「あたしは、てめえとは逆というか……。あたしもゲノフへの選定は決まっていた。さて、いざこの地へ向かおうかというとき、産みの親である神の言いなりにばかりなってねえで、少しはてめえで考えてみろって思ってな。自分の人生だ。あたしは、戦争で多くの人が死んで、神っていう存在とこの荒れた世界で生きていくのに、かつての力と力のせめぎあいはもう終わったんじゃねえかって判断した。そこで聖職者って役目に目をつけた。てめえが力で役に立とうって思ったのなら、あたしは慈悲とか信仰とかで、人々を助けようって思ったんだ」
「ぶっきらぼうな一面もあるのに、なかなか健気だな」
「ぶっきらぼうは余計だ。さあ、そんなあたしたちにゼスは何を思うんだろうな?」
述べたマルニアが腰のポケットから、白い拳銃を取り出す。銃口はロシリーへと向けられた。
「てめえと通じてゼスと出会えた。身のこなしとか他にも好む部分はあるが……」
闇にライトガンが怪しく煌めく。
「現状を知っているのなら、ここにてめえを呼び出した理由もわかるだろ?」
どうやらマルニアはロシリーを呼び出し、どうしてもあることを伝えようとしたかったようだ。
「ひょっとしたら直接的でなくとも、互いに命を落とす危険性が、すぐそこまで迫っているような気がしてよ……。だからあたしは、死を遂げる前に目の前のてめえが、ゲノフで働こうと思った動機とかがあれば、せめて聞いておこうと思ったんだ……」
マルニアの中では、近々、大きな歴史の一幕となる戦いが起こることを予期していたようだ。それはロシリーと自分とに死が近づいていることも存分に考えうることだった。
だからこそ、この邂逅も最後になる、と思いロシリーと語らおうとしたのだろう。
ロシリーは神妙な面持ちで、
「それをあなたが扱うことは難しいはず……。聖女殿」
銃口をロシリーに向けたまま、マルニアは口を開いた。
「訓練は何回か受けてる……。それより、てめえ、ゼスを施設から脱走させたのは何でだ? 戦いに巻き込む気か?」
「すでに知り得ていた、という解釈でよいか?」
「ゲノフもドンパチする気は満々だぜ? ゼスを大事に思う気があんのなら、あいつを戦いに巻き込むんじゃねえ。死んだらどうすんだ」
「ゼス殿も騎士だ。心の準備はできている。それはつい先刻、本人の口から聞いた」
「マジかよ……」
マルニアの銃を持つ手が震えだした。
慕っていたあの男が敵に寝返った……。それが事実なら、どう動いたらいいのか、マルニアはやや混乱している様子だった。
「マルニア殿……。どうか目を覚ましてほしい。ギースは、クラウドキャッスルに反発しようとしている。双方に戦いの準備ができているのなら、もう後戻りはできない。私たちと共に来てほしい」
マルニアは小さくかぶりを振り、
「欲に身を任せるな、ロシリー! 欲望は争いを生む。結果的に多くの血を見ることになるんだ! ゲノフに逆らってもてめえにゃわかるはずだろ? それが神の教えであって重んじなければならないってことを!」
「盲信だ……」
ロシリーは一言そう述べた。マルニアは目を見開き、
「盲信だと?」
「神に従う部分もまだ、私にはある。しかし、崇める存在が全て正しいかというとそうではない。マルニア殿、それはあなたにもわかるはず」
ロシリーからの説得を受け、マルニアの頭の中は混乱した。そしてその脳裏には、なぜかゼスの顔が浮かんだ。
時にふざけたことを言い、時に優しさを見せる彼の顔がなぜこの瞬間浮かんだのか。
欲に身を任せれば、自分も他人も不幸になる……。
しばし銃を向けたまま、マルニアは思考に及んだ。不意に大きな声の響きがマルニアの頭の中で聞こえた。
……盲信だ……。
マルニアは銃を下ろした。
「盲信だかなんだか知らねえが、そうか。てめえが神陣営に加わっても、てめえにはてめえの考えがあるってことだな……」
お願いします、と運転席の男にマルニアが何か促した。
するとロシリー側のドアが開いた。ロシリーは出ようとしたが、
「なら、あたしはあたしなりの考え方ややり方がある……。すまなかったな。銃を向けてしまって……」
いや、と述べるロシリーは車から降り、ドアを閉めた。
ギースのいくつかの素行は、マルニアも知っていた。なぜなら、マルニアはカーテンの中を見てしまったからだ。欲に埋もれ果てたギースの醜悪な容貌と放たれる異臭――。
脇道へ入っていったロシリーを尻目に、マルニアの乗った車はその場をあとにした。
車中、マルニアの頭の中では、盲信という言葉と、ゼスの様々な表情が幾重にも浮かんでいた。
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