第二章 チームメイト⑧
その日、朝から小雨が降った。
大地を揺るがすかのような雷鳴が雲の中で唸り、ロシリーと倉庫へ赴いていたゼスは天候がこれ以上悪くならないか、時々空を仰ぎ見ていた。
都市の北西に位置する、ゲノフ空港――。
ロシリーの背に頬を寄せながら、バイクに跨がって視界の両脇を覆っていたビルの並びが開けていく。
四角く囲まれた都市はケージとも呼ばれ、空港は壁際に設けられていた。その近くにゲノフ倉庫なるものがあった。クラウドキャッスルからの空路、送られてくる食料などの物資は、ここで一旦預けられ、のちにゲノフ職員によって街中に運搬、配給される。
物資の入った大きなケースがところ狭しと倉庫内に置かれている。それを掴み置く作業をする、倉庫の作業員たち。ほとんどがメカエイジの腕力に秀でた人間たちだ。そして倉庫の屋根の上では、空中を行き交う船影が見える。
空港や倉庫の職員や作業員も、ゲノフから派遣された者が担当し、ゼスたち騎士団は倉庫の警護を担う役目で来訪していた。
バイクから降り、倉庫内にある事務所まで歩く。無人のフォークリフトが縦横無尽に通過していく中、目の前を歩いていたロシリーが、ふと立ち止まり横顔を向けた。
「予報では、雨がぱらつく程度だと言っていたぞ。ゼス殿」
ロシリーはゼスが空模様を気にかけていることに一言言っておきたかったようだ。
「予報と言ってもいつも曇りマークではありませんか。たまにこうして雨が降りますが、外での仕事をする我々には不要な天候でしょうな」
「私はこんな陰鬱な天気が好きだ。じっとりとした重い雰囲気や、よりいっそう灰色に染まる街の景色など、私には目の保養になる」
「ま、人それぞれですがね……」
そこはかとない笑みを浮かべ、ゼスはそう言った。
頬と両手に残ったロシリーの体の感触……、マルニアから薦められたお誘いをいつ言おうか、ゼスはタイミングを失い、ロシリーの体に触れてしまったことにどこか申し訳なさを感じていた。
その感情から、ロシリーの顔を直視できずにいたのだ。
ロシリーの声の雰囲気としても、いつもと変わらず抑揚のないものだったので、気分を害してはいないように思えた。
また、ギース統轄長に直々に言い放った辞職の件もどうなったのか、任務中のために聞くに聞けない状況だった。
――やはり誘い出して、一連のことを伺うしかないのか……。
ロシリーと顔を見合わせる機会は多いものの、会うたびにこうして苦悩せざるを得ないとなると、やはり二人で話ができる場所を確保した方がよさそうだ。
――しかし、私なんかが誘ったって、嫌がられるだけではないか……?
こういうときに限った話ではないが、やけに気を使おうとしてしまうこの性格からでは、仕事上の建前としても気が引けてしまう。
――思い切って誘っちゃいましょうよ、旦那!
デザが話しかけてきた。こんな時に現れるとは、ウイルスも暇なのだろう。
――美人さんじゃないっすか! ほら、勇気を出して!
「さあ、行こうゼス殿……」
「できるわけあるか!」
「どうしたのだ?」
「ああ、いえ……。心で自問自答していたんですよ……」
「目的地へと行くということでいいんだろう?」ロシリーは、ゼスの態度に何も意に介さず、促すように言った。
「ファッア、イエイ」
普通に、ええ、と返そうとしたが噛んでしまった。
階段を上がりドアをノックすると、中から声がし入室した。
古びた小さな事務所。奥に机があり、一人の中年男性が電話応対していた。
通話が終わると入口で立ち尽くしていたゼスとロシリーに気づき、
「おお、今日は君たちか」
と気さくに声を上げるその男は、この倉庫の事務長である、ターダスだった。
黒い短髪には所々白髪があり、痩せこけた顎を動かして出る声音は、歳を感じさせる風貌とは異なり、若々しさがある。
事務所から出、今日の着任場所をターダスに案内してもらうために、倉庫内を歩く。
同じメカエイジであるターダスとは話が合うことが多く、別段、歩きながら言葉など交わさなくてもいいのだが、それが二人の間で当たり前のことのようにターダスとは会話が弾んだ。
「君たち以外のゲノフの警備員もすでに現場に出ている。……しかし、相変わらずの規制に、積み荷も少なくなってきてる気がするんだがね……。ゼス、何か聞いているか?」
「いや、これといって……。私たちは普通に食事していますが、そうですか。量は減ってきているのですね?」
「お陰で仕事は楽になってきてる部分もあるんだが……。飢えが増して、そのうちここが襲われるんじゃないかと、心配もしていてね」
日頃、ゲノフとクラウドキャッスルの方針に粗暴なやり口で抗議する団体も多いことから、ターダスがそう心配するのもわかる。
「まあ、その結果、増援という形で君たちに来てもらったわけだが……」
「規制の上にさらに規制となると、確かに暴動が起こりやすくなりそうですな……。上は何を考えているんでしょう?」
倉庫内の道を渡ろうとした直後、無人のフォークリフトが停車し、譲ってくれた。
ゼスは手刀をかざしつつ、フォークリフトの前を横切った。
ターダスはゼスの問いかけに、眉を潜めた。
「この街がどういった目論見で四方を壁に囲まれたか、君にだってあらかた予想はつくだろう? 戦争が終わり、ユージュアルヒューマンの下で生かされている俺たちや、住民に何の罰もないっていうのは虫がよすぎる話だ。いや……罰というより施しとしてはあるか。この規制がそうだな」
「まさかあの噂は本当なのですか? ここが広大な実験施設であるというあの噂は……」
ターダスは苦笑し、
「確たる証拠はないが……。忘れがちなことだが、俺たちは負けたんだ。上にいる機械仕掛けの神たちにな。そんな立場からして、何も裏がないなんてのは、平和ボケが過ぎるってもんだ。ここの人間同士、よくそんな憶測が飛び交うんだよ」
壁に囲まれている時点で、ここに住む人間と外界との隔絶は確たるものだ。だが、隔離されている理由は外の世界が、人間の生きていける環境ではないからだとゼスは聞いていた。
この街で暮らすことは神による深い慈悲なのだとずっと思ってきていたが、ゼスの意に反してそうした噂がはびこっているのもまた事実だった。
「そのうち大きな内紛が起きてもおかしくはない。ま、だからこそ君たちを頼りにしているわけだが……」
「あなたもかつては戦争を経験したメカエイジでしょう。犯罪者を黙らせる実力くらいはお持ちなのでは?」
まさか……。とターダスは苦笑し、ゼスは微笑んだ。
そこへ、耳に付けていた小型機器に通信が入った。
「怪物が出現。ゲノフタワー前広場にて応戦中。駆けつけられる者は至急タワーに帰還し救援せよ」
「どうやら、お暇しなければならなくなったようです」
ゼスの言葉にターダスは目を丸くし、
「また例のウイルスか?」
「そのようですな」とゼスとロシリーは立ち止まった。
「神のお考えになることはわかりかねますが、我々には人手不足という難題がありましてね。手を貸してほしいのは、私たちの方ですよ。ぜひあなたからもお力添えを……」
頬に笑みを刻むゼスに、ターダスは再び苦笑して見せた。
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