第二章 チームメイト⑥

 ゼスたちは、巡回が滞りなく行われたことをラタンに報告し、昼食を終えると、ゲノフタワー内にある自由スペースに集まった。

「君のどこが弱点なのかは、事前に測定値が出ているから、それを基準にしてみよう」

 ゼスはミリとメルアの前に立ち、胸の前で腕を組んでいた。ゼスの言葉に、ミリはポケットから数ヵ月前に行ったという身体測定が記録された端末を取り出した。時計型のその端末に手を触れると、測定値が空中に浮かび上がる仕組みだ。

「特にこれと言って、劣っている部分はないみたいだわ……」

 横から覗き込んでいたメルアが、幾つも表示された数値に見入っていた。

 体力や気力、腕力や脚力など各能力面で目立って劣った部分はないようだった。それもミリがニューエイジという神によって手を加えられた人間だからだろう。

「君たちニューエイジは、神のご加護で生まれた人の完全体だからな……。確かに数字の上では問題はないのだろう」

「その言い方……」

 メルアが眉根を寄せ、

「わたしはあまり好きじゃないのよね……」

「何も嫌がることはないではないか……。君たちニューエイジの特筆すべき点でもあるわけだし」

「メルアは嫌なんだもんね?」

 ゼスはメルアが機嫌を損ねたと思い、ニューエイジの長所を強調し、励ましたつもりだった。しかし、ミリはメルアの顔を覗き込んでそう言うと、メルアはこう主張した。

「わたしたちは完全なんてものじゃないわ。普通の人と同じく、良いところも悪いところも兼ね備えてる。完全なんて言い方じゃ、人間味がないみたいじゃない……」

「いや、でも……」とメルアの頑な様子にゼスは言い淀んだ。

 人間を支配することで新たなる時代を目指し、それを促進させようとしているという噂のある神が、極めて深い愛情を持って、ニューエイジという短所の見当たらない人間を作り出したと、ゼスは聞いていた。

 だがそれは、メルアのような、とあるニューエイジの人間には苦悩となることもあるのだろう。

「わたしたちは完璧である前に、人間であることを主張しておくわ……。同じ人と人が助け合い、支え合うには、完璧であるという概念を捨てなくちゃ、理解し合うことは難しいんじゃないかってわたしは思うの……。昔から完全さを求められた人たちはいたみたいだけれど……。でもそれは、一つの仕事をこなすための目標というか、人間が理想を掲げ、目指そうとしたものではなかったかと思う。人間なんてずっと未熟なものなのよ。だから目標を立てられる。わたしたちニューエイジは、人間のそれと同じように育てられ、そこに到達することを目的とされたんだと思う。神話に登場する神でさえ、欲にまみれたうえに、未成熟だったと記憶してるわ。だからわたしたちニューエイジが完全というのであれば、人間でも神でもなくなってしまうような気がして……。そんな不安がわたしの中にあるのよ」

 優秀な人間であれば、好奇の目や羨望の眼差しで見られることもあるだろう。しかし優秀とは、果たして非の打ち所のないパーフェクトな人間そのものを言うのだろうか。微妙に不完全さを持ち合わせた者の方が慕われたりするのを、ゼスは戦争時にたくさん見てきた。

 メルアやミリたちのように、普通の人間と何ら変わらない立場であろうとすることは、人工物である現在の神が目指そうとしていた、極めて人間であろうとした姿と同じだろうか。

 波風立てないよう、穏やかな日常を欲するニューエイジもいるということだろうか。

 メルアの言うように、完璧な人間というものは古くから人々の理想だった。それを目指すために、人々は日々努力や研鑽を重ねようと生きている。

 メルアの主張にゼスは腑に落ちないといった表情をしていたのだろう。十分思いは汲み取ったつもりだが、彼の意に反して、メルアはゼスに近づき、

「どう? 一つわたしと勝負してみない?」 

 必要以上に顔を近づけさせられ、ゼスは断ることができなかった。


 テーブルを用意し、ゼスとメルアは向き合った。

 腕相撲で勝負することになり、すでにゼスとメルアは手を固く握りしめている。それをレフェリーであるミリの手が覆う。

「ファイッ!」

 ミリが手を放すと同時に二人は力んだ。

 ゼスの手の感触としては、メルアが力を入れているような感じはしなかった。

 ――こんなの、力を入れていないのと同じではないか……。

 少しだけ力を入れれば、すぐに倒せるような気がする。しかし――。

 ――メルア、表情としてはすごく力を入れてるみたいだな……。

 小麦色の肌も赤く染まり、目をぎゅっと瞑って表情を歪ませている。それだけ、彼女の中では力を込めているということだろうか。

 ――ニューエイジで、騎士団の一員でしょうに……。

 思いつつ、メルアの腕を押し倒そうと、力を入れた。本来の彼女であれば、こんな勝負に勝つことくらい造作もないはずだ。

 ――勝負にこだわりなさいな……。

 ふにゃりとメルアの手の甲が机についた。

 うふふ……、と嬉しそうに微笑むメルア。

「負けたのに嬉しいのか?」ゼスが尋ねる。

「負けちゃった……。どうかしら? やっぱり未熟でしょう?」

「いや、そのことに何の利点が?」

「助けてやりたくならない?」

 思わず首を傾げるゼス。

 ――女性のか弱さなんて、もう何十年と前になくなったと聞いていたんだがな……。

 大昔、戦争が始まるずっと以前から、女性はか弱いものだ、男に従順でなければならないなどというそれまでの常識が差別的であったことを主張し、女性の存在そのものをもっと自由に大らかに受け入れよと謳った時代があった。それ以降、少しずつではあるがその主張は認められていき、むしろ女性らしさというのは男性よりも強かであるという認識が広まっていった。

 もっと昔では、男尊女卑という時代もあったらしいが、時を経てメルアのようにわざと非力さを見せつける女性も再び現れてきたということだろうか。

「負けちゃったわ……」

「えへへ……」と笑顔を交わすミリとメルア。

「助けてもらいたい人でもいるのか?」 

 ともすれば、それはメルアが誰かに恋心を寄せているということでもある。

 メルアはまだ顔を赤らめたまま、一度ゼスの顔を見つめ、恥ずかしそうに顔を反らすと、ぼそりと呟いた。

「ゼス……」

「デブ?」

 ゼスの耳にはそう届いた。

「太った人が好みなのか。今の時代希少だぞ?」

 ふふ、とメルアはどこか冷笑にも似た笑みを浮かべるのだった。

「本題に入ろう。まあ、ニューエイジの君たちが完成されたタイプの人間であることは一先ず置いておくとして……。ミリは多分、メンタル的な部分が他とは少し繊細なんだろう。数値的に表れていないほどの繊細さであるなら、少し修正することも不可能ではないと思う」

 そうしてゼスとミリ、メルアは胡座をかいて床に座った。

「瞑想という奴だ。君たちが心に宿す光とは、己身そのもの、という教えがあると聞いている。自分を見つめ、改めさせるという、いわば心のトレーニングみたいなものだ。ここは一つそれをやってみる価値はあるのでは?」

「あ、それここに就く前に、先生から教えてもらったことだ……」

 ミリが目を丸くした。メルアが口を挟む。

「日頃から実践しておかないといけないことよ?」

「あちゃー、忘れてた……」ミリは後頭部に手を添えた。

 ――それが原因のような気もするな……。

 ゼスは密かに思った。

 このスペースで集まって何かをするというのは、自分たちだけではなく他にも何人かいた。ゼスとしてもこういった鍛練をしたことはあまりなく、集中力に事欠くと思った。十五分という時間を設定したものの、その時間はゆっくりと進み、言い出しっぺなはずの自分が、目を眇めてミリとメルアの様子を覗き見ることもあった。

 そうしてタイマーが鳴り、瞑想を終えた。ミリとメルアは胡座の姿勢のまま、目を静かに開けた。

「十五分、それ以下でも以上でもいいから時間を設けて続けていくことが肝心だそうだが、どうだろう。この時間で何か見つけられたか?」

 二人は首を横に振る。

「少し考えてみたんだ。自分のこと。どうして自分はここにいるのか、何のためにここにいるのか……でもよくわからなかった。自分を見つけようとすればするほど、わからなくなるっていうか……」

 ミリがそう述べるのを見届け、今度はメルアにも聞いてみたが答えは同じだった。

「自分がわからない……。それでいいんじゃないか?」

 ゼスの言葉に、ミリとメルアは顔を見合わせた。

「どんなに悩んで苦しんでも、結局わからないというのが自分なのかもしれない。でもそれでいいんだ。それがミリでありメルアなんだ。自分の思うがまま生きて、時に笑い、時に苦しく……。そんなもんなんじゃないか、生きるっていうのは……。大切なのは私や誰かに自分の抱えた悩みを打ち明けたことだ。そうすることで知らなかった他人の一面を知ることができる。そうやって助け合い、支え合うのもまた、生きるってことなんじゃないか?」

 そっかあ、とミリとメルアは頷いた。

「こうして繋がりを持つことが大事だっていうのね?」

 メルアの問いにゼスは首肯し、

「そうしていくことで、騎士団の結束力はもっと固くなる、と思ってるんだが……すまない。少し説教がすぎたかな」

「ううん」ミリは頭を横に振り、

「何となく気持ちがスッキリしたかな……。ありがと、ゼス……」

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