第二章 チームメイト②

 ――三匹も怪物が⁉

 ミリの盾を持った手が震える。しかし怯えている状況ではない。ミリは深く息を吸い込むと、息を止め、横たわるメルアに駆け寄って抱き上げた。

「しっかり、メルア!」

 アホロートルは、男が変身した、魚と鳥を合わせたような怪物に頭突きを食らわす。

 倒れ込む魚の怪物。アホロートルの怪物がマウントをとった形となり、せりだした口の先を魚へと押し込む。

 そこへ、剣の怪物が首をすぼめた。

 グアッと一度吠えると、剣の怪物の両脇に四つずつ、計八つの光る鎌が現れた。 すぼめていた首を前に突き出すと、鎌が旋回しながらアホロートルと、魚と鳥が一緒になった怪物を斬りつけていった。

 二匹の怪物の首や頭部が切り刻まれ、血が飛散する。

 ミリや他の騎士団員たちはその光景に目を奪われていた。

 剣の怪物が勝ち残った。圧倒的な戦力を前にして、二匹の怪物を瞬く間に仕留めたのだ。

 剣の怪物が背を向けて地を蹴った。

 巨体をものともせず跳躍し、ビルの影に消えていった。


 嘆息をつきながら、シャワー室から出ると、ズボンだけを履き、更衣室に置かれた椅子へとゼスは腰かけた。

 両腕と両脚が機械化されていた。見た目はほぼ肉体と遜色はない。まだ世界が戦いに明け暮れていたころ、自身の機械化を実行した。

 硬い素材のわりに伸縮性があり、これをストレッチメタルと呼んでいた。鋼鉄のような頑強さと、ゴムのような伸縮性を兼ね備えた素材で、メカエイジの間では広く浸透している。

 陽電子による弾丸によって損傷はするが、メカエイジは弾をはじく障壁を展開するツールも所持し戦いようによっては大破は免れる。だがゼスの場合、五臓六腑を含めた胴体は生身だ。両腕の筋肉質な成り立ちと同じで、鍛え上げられた胸筋や腹筋は不自然さもなく、普通の人間の体と遜色はない。

 日中、事なきを得た騎士団たちは、突如現れた剣の怪物の活躍に驚きを隠せずにいた。怪物を見て尻尾を巻いて逃げていったデモ隊により、昼から始まった騒ぎは収拾がついた。

 ゼスは自分のロッカーへと歩き、扉の裏に嵌めていた鏡を覗いた。

 薄い前髪と頭頂部。どこか疲れきった顔は、頬骨が浮き出、高い鼻梁と薄い唇はいつもの自分と大差ない。しかし鏡には普段から見慣れない異変がゼスの目に焼き付いていた。

 頸部にある紫の痣――。

 ゼスは、早朝この異変に気付いていた。その時のことが眼底に蘇った。


 朝早くから寒気を覚えていたゼスは、自室の鏡に目をやった。

 首元にモンスターウイルス特有の、紫色の痣ができている。何度擦ってもその痣は取れない。呼吸が徐々に荒くなり、まさか自分が感染者になるなどと、鏡の自分の目が大きく見開かれ、焦燥感に襲われた。痣による痛みはないものの、爪で引っかいたりしても取れるはずもなく、深いため息をついた。

 ――まさか、自分が怪物に……⁉

 突然、鏡の中の顔が歪んだ。

「旦那、聞こえやすかい?」

 ゼスの顔が元に戻る。

「誰だ?」そう問いかけると、再び鏡に映る自分の顔が、悪党のようにいびつになった。

「あっしでさあ。この鏡に映ってるイケメンでやす」

「イケメン? どこだ?」

「ここだよ、ここ」

 紛れもなく自分の顔だったが、イケメンという言葉には無理矢理にでも首を傾げたくなる。

「まあ、イケメンではないが、イケメンというならイケメンということにしておこう」言うと鏡の中の顔がまた変容した。

「謙虚だねえ、旦那……」

 自分で言って自分で感心しているかのように見えるが、それはともかくとして、紙を雑に丸めたような鏡の中の顔に問いかける。

「何者だ?」

「旦那がたが嫌悪するモンスターウイルス、とでも言っておきやしょう。にわかに信じがたいかも知れやせんが、なに、じきに信じざるを得なくなりますぜ。旦那の脳ミソを介してこうして話している状況でありやす」

「確かに、荒唐無稽な話だ。喋るウイルスなんぞ、禁止されたSF小説の中にだけにしてくれ」

「まあ、そう思いたい気持ちもわかりやすが……。よく考えてみてくだせえ。あっしにかかったわりに旦那は死んでもいなければ、モンスターにもなっておりやせん」

 それもそうだが……。と鏡に映る自分の頸部。先刻確認したときと同様、そこには痣があった。

「不思議と旦那は、あっしらの繁殖能力に体よく限りを付けているみたいなんでさあ。あっしらは今まで、色んな宿主にとりついて、繁殖をしてきやした。その末に、怪物になって旦那らに退治されてきやした。しかし旦那の体はそう定められた、あっしらの末路にはならず、あっしらに感染したまま人の姿を保っているんでやす。これはある種のあっしらと旦那の利害の一致ってもんじゃねえですかい?」

「利害の一致?」

「あっしらは本能に従って、人間の体の中で増え続けやす。その末、体に収まりきれなくなり、爆発する。それがあの怪物の姿でさあ。ですが、旦那が死ぬことがなければあっしらはこの中で、生き永らえることができる。下手に怪物化もせず、日々入れ替わる旦那の細胞にありつければ、命の保証があるって訳です。それはあっしらにとっちゃ革新的なことかもしれねえんでやす。なもんで、旦那が普通に飯とか食って生きていれば、あっしらも生きたまんまってことになるんでやす。旦那に負担ばかりかけさせるって訳じゃありやせん。ピンチに陥ったら旦那の能力を格段にアップさせることもできやす。どうです? これぞ利害の一致ってやつじゃねえですかい?」

「お前……。人の体を利用しようって魂胆か?」

 信じがたい話ではあるが、今の話を聞いて何も意見しないわけにはいかない。

「いやいや、確かにそう思われても仕方のねえことでやすが、旦那はいつも通り過ごしてればいいだけなんでさあ。飯食って糞して寝ればいいだけなんす。利害の一致を認めねえようなら、あっしはもうこうして表には出てきやせん。旦那の生活を尊重することにいたしやす」

 と言ったきり、鏡に映る自分の顔は、変形しなくなった。

 そして発熱による悪寒が激しくなったのが、バリケードを造っていた時のことだ。

 こちらに近づいてくるアホロートルの姿を見たゼスは、今朝同様、頭の中にウイルスの声が聞こえてきていた。騎士団員たちの群がりから離れ、ひと気のないビルの影に隠れる。

 ――旦那、旦那……。

 馴れ馴れしい言葉遣いが頭の中でこだまする。

 ――あっしですよ、あっし。さっき自己紹介したじゃありやせんか?

 ――知能を持ったウィルスか……。

 ――まあそんなとこでやす。どうしやす、旦那。このまま奴に食われちまってもこちらとしちゃ、厄介なんですがね……。

 ――何を言っている?

 ――力を貸すってんですよ。旦那だって怪物を倒したいんでしょう?

 ――まあ、そうだな……。できることなら戦っている皆を助け、怪物を倒したい。だが今の私には……。

 ――だから、それができるんでやすって。あっしの手にかかれば、ちょちょいのちょいちょいちょちょっとちょいってね。

 ――ちょちょいのちょいちょいちょちょっとちょいって、少し手間がかかりそうな言い方だな。

 ――なんなら、フッとかプリっとおならするくらいの感覚でもいいっすよ。

 ――おならするくらいか……。なら、お願いしちゃおうかな……。

 ――覚醒する? ウィルスの妙な尋ね方に、

 ――するする。

 と、ゼスは軽快に答えた。

 ――じゃあ取り引き成立ってことでいいっすかね?

 ――取り引き?

 ――あの怪物を倒す、それはあっしにとっちゃ、楽しみの一つみたいなもんでやす。旦那と力を合わせ戦うことがどういうことなのか、ものすごい楽しそうじゃねえでやすか……。

 あの怪物と……、と思ったところで、ゼスの意識は遠退いた。

 その直後、ゼスは体に熱を感じた。

 熱い。とてつもなく体が熱い。

 マグマが地中から噴き出すかのような、灼熱の迸りがゼスの体を支配し、渇きを覚えた。体の奥底が潤いを求めてくる。

 はやく、はやく……。

 この渇望を潤沢なものにするのだ……。

 遠退きかけた身の内が、熱くたぎる何かによって引き上げられていく。

 ゼスの全てが引き上げられていく……。  


 ことの顛末はそういったものだった。

 そう、ゼスはモンスターウイルスに侵され、しかもそれを自在に操れる肉体を手に入れていたのだ。

 昼から始まったデモ隊との衝突に関しては、自分なりによくやったと思った。それを自らに確認するように、鏡を見つめ胸中で称えた。

 ――上出来、とはいかないまでも、正体をバレずに済んだ……。しかし……。

 顔を俯かせ、上着を着るとロッカーの扉を閉めた。

 ――罪なき住人がまたしても命を落とした……。

 怪物に変容した二人の男女。デモ隊の一員と捉えても間違いではなかった。だが、当時の騒動に一役買って出た数人の輩――主に投石を行ったり、盾を持った騎士団員に罵声を浴びせたりした人間――とは罪の大きさも異なる。始終彼らの動きを目で追っていたわけでもなく、ウイルスが発症した二人の男女は、怪物化したゼスの手によって理不尽な死を遂げた。

 それが結果的に自分の役目を全うできたのだとしても、今日の昼のみならずここしばらくしこりの残る任務が続いていた。

 ――これ以上、住人の中から犠牲者を出さないために、どう手を打つかだ。

 更衣室を出、ゼスはある人物の元へ出向いた。

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