第二章 チームメイト①
第二章 チームメイト
翌日の昼頃から、ゲノフタワー前広場に、デモ隊が群れを作った。
人集りの持つプレートや横断幕には、「自由と平等を!」「ゲノフは撤退せよ!」「上手い食事と綺麗な水は全てギースが持っていった!」などと、ゲノフへの反感が見え見えの様相を呈していた。
シュプレヒコールも大きくなっていった。ゲノフ、消えろ! などと言った掛け声がバリケードを作った騎士団員たち、その一員であるゼスにも余すところなく聞こえてきた。
――こうも熱狂的なのは最近、なかったな……。
思いつつゼスは早朝から首回りが気になり、ネックウォーマーを被っていた。
「寒いの?」
横にいながら盾を構えるミリが小声で話しかける。
「少し風邪気味みたいなんだ。なに、気にすることはないさ」
ふうん、とミリは群衆に視線を戻した。
ゼスは密かにお祈りを始めていた。
――おお神よ。どうかこの者らをお救いください。私も何とかして、この者らを救いたい一心ですが、ロシリー殿やメルアとかが気になり、ちょっと集中できない感じです。いえ、なるべく集中してみますとも。ええ、それくらいは何とか。……ならないかもしれませんが、ベストを尽くす所存です。
そして下を向きつつ、嘆息をつき一言、隣にいたミリに言った。
「素晴らしい……」
「いきなり何?」
驚いている様子のミリのさらに横には、捜査対象であるメルアがいた。
騎士団全員はそれぞれ盾を構え、通常装備であるゴーグルとネイビー色の特殊スーツを纏い、口にはマスクを覆う。
“聖典を担う者”としての役割を持つゼスも、ゴーグルとマスクに黒いローブ姿だった。
光の力を扱うミリたちと、聖典を担う者ゼス。
機械仕掛けの体であるメカエイジは聖典を任せられる役割を持つことが多いものの、出動の際、必ずしも聖典を使用できる者が同行することは、人数の都合からいってあり得ない。光の力――光剣や銃器の類い――を使うミリたちだけでも、騎士団の仕事をこなし、また、ここ最近の大きなイレギュラーである怪物の退治も辛うじて成り立っていた。
現状に至っては、剣や聖典、スーツや防弾ローブという通常装備に加え、いざ激しさを増した場合を考慮しヘルメットも被っていた。
ミリの素直な反応に、ゼスはこう返す。
「今日もこうして、人々の役に立つことができる――。それが素晴らしい、と」
「よくそんなこと言ってられるね。例のウイルスだってここで発病するかもしれないんだよ?」
ミリはピンク色の髪をした頭を小さく傾げて見せた。
「それもそうだな」
適当に相槌を打ちつつ、肩にかけた聖典をしっかりと脇に挟み、その心地を感じ取った。
ゼスの脳裏には、デモ隊と対峙する前のある出来事がよぎった。
午前中、ゲノフタワー八階。
団長室に呼ばれた、騎士団員である聖典を担う者たちは、ラタンの前で整列し指示を仰いだ。
「例のウイルスによる被害も沈静化しつつある。しかし、予防接種を受けても怪物化する者がいるとも聞いている……」
手を後ろで組み、ラタンは室内を歩き回る。ゼスも列に並び耳を傾けていた。
「怪物化した者を速やかに除去するのが、これまで聖典を担う者としての君たちの仕事だった。だが我々が放っておいていい案件であるはずもない。クラウドキャッスルの役人方も、被害が拡大しないか、危機を感じておられるようだ。そこで、その対処方として新型の聖典を装備することになった。キャッスルからも許可を得、送っていただいた品だ。今日から君たちはこれを携行し、ことに当たってほしい」
入り口の脇に置いてあった、黒いケースから聖典を担う者たちに配られた新しい聖典――。見た目は以前の物と変化はないようだ。ラタンの話では、蓄電の量が前回の倍であるということだった。
ゲノフタワー前広場――。
ゼスは新しく導入された聖典の重みを肌で感じ取っていた。
――威力が上がっただけか……。できることなら、怪物化する前に感染者を確保したいところだが……。無駄に命を散らすのも、戦争終結から無事、生き残った人々を不安がらせてしまいかねない。
思いつつ、頭上にそびえるタワーを仰ぎ見た。
――ギース様はどうお考えなのだろう……。
と、不信と不安の混ざった思いを抱きながら、視線をバリケードの向こうの群衆に戻した。
大きなギースの顔写真に火をつける輩がいた。
一方で投石が始まり、群がっていた人々の中でもちらほらと群れから外れていく人影が見られた。
ゼスのヘルメットにも石が当たった。 騒がしさが徐々に増していくようだ。
爆竹を投げつける者もいる。
騎士団側は、放水砲を搭載した車輌を用意しており、強い圧力のある水を放ち始めた。
水の迸りが、投石しようと迫る数人の男たちに当たった。
尻尾巻いて逃げ出す者もいれば、逃げ出してから引き返し、再び攻勢に出る者もいる。
広場前のシールドを構えた騎士団員が少しずつ前進し始める。
放水が一旦止むと、待っていたと言わんばかりに始まる投石や、金属棒を振り回す人々が押し迫ってきた。
こうしたデモや暴徒化は、赴任した半年間何度もあったため、ゼスやミリたちにも見慣れた光景だった。だが、こうまで激しいのはしばらく見られることはなく、ゼスは緊張感を持って唇を引き結ぶ。
突然ゼスの耳に広場の前に伸びる大通りの向こうから、悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴が何なのか、ゼスは構えていた盾の影から通りの奥を見やった。
人の集まっていた場所から、幾つかの叫び声が聞こえたかと思うと、放水で水浸しになった広場まで逃げてくる人が散見された。
叫びが聞こえた場所に群れていた人影が、ボールのように宙へ弾き飛ばされるのを目撃した瞬間、ゼスはそれが怪物化したのだと確信する。
ゼスはバリケードの一部を担う役割だったが、騒ぎに乗じてその一団から離れた。
ゼスの近くにいたミリは、ゼスが自分のいる一団から離れていったのを目にすると小さく呟いた。
「ゼス調子が悪いのかな……」
その直後、周囲の団員たちが騒然とした。
四足歩行の怪物が、こちらへと駆け出してきている。
全員、今日まで怪物化した者や粗野な住民たちの相手をしてきた精鋭ばかりのはずだが、この時、逡巡している雰囲気をミリは感じ取った。
そう理解したミリ自身も、迫り来る怪物の勢いにたじろぐほかなく、脚が震えていた。
あっという間に距離が縮んだ。同時に怪物の全形が目に色濃く焼き付く。
横に楕円を描いた頭部の後ろに、突起物があった。左右に三本ずつあり、後方へと伸びている。小さな丸い目と愛嬌のある小さな鼻と口、その回りにはすでに食い散らかした人間の紅い血が付着している。有尾類の頭部と言えば的確な例えかもしれない。
アホロートル――、頭の三本ずつの突起物は、外(がい)鰓(さい)と呼ばれるものだろう。体はライオンのような黄土色の毛に覆われ、四本の脚があった。
獣が獲物を追い詰めるかのように怪物の動きは素早く、盾をほっぽって逃げる騎士団たちの中に、すでに餌食となった者もいた。
怪物は小さな口のわりに獰猛さを兼ね、開けられた口の中へと団員たちが噛み砕かれていく。
目を反らすミリ。
腰にあった剣の柄を抜き取るメルア。柄の先から白色の刀身が伸びる。ミリは怪物へ立ち向かっていったメルアの様子に見入った。
噛みつこうと顎を大きく開けながら飛び付いてくる怪物に、メルアはおののくことなく地を蹴って回避行動を取り続ける。 剣による斬りつけを加えようと構えるが、怪物の方の動きが俊敏で、背後の死角に回り込もうとするも、すぐに怪物の頭が向けられてしまう。
らちが明かない、と思ったミリだったが、一歩も前に出ることができない。
メルアが足を滑らせ横転し仰向けになった。
ミリは胸中で神に祈った。
――どうか、メルアをお救いください……!
そのとき、別の場所からざわめきが起こった。ミリの耳に叫び声が聞こえた。
「もう一体現れたぞ!」
バリケードを造っていた一団がその一言でとうとう散り散りになった。
その方向へ視線を向けるミリ。アホロートルも気配に気づいたのか、メルアに襲い掛かることなく、もう一体の怪物へ顔を向けた。
額とおぼしき頭部からは、剣のような鋭い刃が横向きで飛び出、そこから頭部へと緩やかな曲線を描き、一見するとサメのように見える。四肢は二本の太い脚と、腕部も太く手首から外側へ向かって、鎌のようなものがあった。手と足の爪や背びれは、一本一本の剣のようなものが生え、尖ったような双眸はアホロートルを睨みつけているかのようである。
剣の怪物――。
ミリの中でその呼称が適切な呼び名に思えた。
剣の怪物がアホロートルに近づいていく。アホロートルは大口を開け、剣の怪物へとびかかる。
「やめろおおっ!」
怪物と怪物の間を人影が遮った。
その声の発した人物へ顔を向けるミリ。
汚れた白いシャツを着た、一人の住民が両手を広げ、剣の怪物に訴える。
「俺の恋人なんだ! 頼む、殺さないでくれ!」
そう叫ぶ男の喉元をミリは見逃さなかった。
――この人も感染者だ!
紫色の痣が、男の首に輪のように浮かび上がっている。そしてこの瞬間、男は膝をついて苦しそうに首もとを手で抑え始めた。
アホロートルが膝をつく男の背後から忍び寄る。
男の体の至るところが変形し始めた。 アホロートルが口を開けて、噛みつこうと男の体を顎で覆おうとした。
瞬間、 男の体は風船のように大きく膨らみ、一気にそれが縮むと、翼を生やした鳥の胴と魚の頭部をした怪物に変容した。
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