第一章 怪物退治⑧
「そう気を落とさないでくれ。我々もそういうむなしいところで日々仕事をこなすしかないんだ」
「ふん!」とマルニアは再び憤慨した。
「戦争を過ごしてきた世代は、そうやって合理的にことを済ますことが多いみてえじゃねえか……。信者だったらお説教もんだぜ?」
「欲を制御することが、現代の人々の使命であるとか、たしかそんなんだったな」
「あたりめえだ。欲が猛り過ぎて人間とユージュアルヒューマンに多大な犠牲者が出たんだ……。制限するなんてのは、当然の行いなんだよ」
「お前、それが真理だと思ってるのか?」
ずい、とゼスはマルニアに顔を近づけさせる。マルニアは薄く頬を赤らめ、視線を反らす。
「思ってなきゃ、こんな役職になんて就くかよ……」
「私は、あまりいい教えだとは思わんのだがな」
小声で呟くようにゼスは言った。マルニアはそれに反発せず、しばし二人の間に沈黙が訪れた。
ゼスの信仰対象である神とマルニアの信じる神とは別のものだった。
マルニアの神は、実在するクラウドキャッスルの神のことだが、ゼスの神は、古くから人間を感化させてきた、観念的なものに近い。
この場に訪れた沈黙――。
その沈黙は、マルニア自身にもゼスの言わんとしていることがわかっているからこそのものなのか。それとも、お互い自分の仕事に関わりを持たないよう、距離を置こうとしているだけのものなのだろうか。ゼスが黙っている理由は、主に後者によるところだが、マルニアの機嫌を損ねたくないと思い、
「ま、自分の役割に忠実なのはいいことだ。だが、夜も更けると、暴漢とかでてくるからな。夜中の外出は危険だぞ?」
再度、マルニアの鉄拳がゼスの腹部を穿った。
「てめえの気遣いなんかいらねえってんだ!」
怒りからか、マルニアの顔は紅潮していた。最近の若者は切れやすいらしい。そんな連中との接し方は難しいものがあったが、ゼスはなだめようと腹部を抑えながら、
「か、顔が真っ赤だぞ……。私が入ってきたくらいで、そんな……」
今度は腰を足蹴にされた。マルニアの両頬は赤いままだ。
「はあ? てめえが入ってきたくらいで、赤くなんてならねえってんだよ!」
ふざけやがって! と罵りながら蹴りを何度も食らわす。
数分経って落ち着いたところで、ゼスは室内にあった椅子に座ると、マルニアは茶を淹れてくれた。
マルニアも近くの椅子に腰掛け、はあ……、と一息つくと、
「んで、何しに来たんだよ?」
「ちょっと相談したいことがあってな。その前に、お前の仕事ぶりも感心していてな。光の力を扱う者は信心深い者が多いと個人的には感じてるもんで……」
「わたしらみたいな世代の人間にも、神は信仰っていう希望を授けてくださったからな……。せめてわたしにできることをやってるってだけだ。って、いちいち褒めに来たのかよ」
光の力を扱うことはマルニアたちニューエイジの特徴だが、マルニアが信心深いのも、自身が神によってもたらされた神秘的な力にありがたみを感じているからに違いない。
神とその元に集うユージュアルヒューマンたちは戦争終結から長きにわたり、遺伝子操作による新たな人類の誕生を研究してきていた。
ニューエイジの光の力は、いわば神により授かった奇跡そのもの。体の発光は民衆にとって神がかり的なものを見出だし、多くの者がその神々しい見目に心を奪われ帰依した。
ゼスたちメカエイジから前の世代は、そんな神の子を作り出した目論見が、まさに人心を操るところにあるのではないか、と陰謀論を説く者もいる。
「な、何か困ってることがあったら相談に乗るぜ?」
マルニアがまた赤面した。表と裏の使い分けがまだ未熟なようだ。
「ありがたきお言葉……」
ゼスはわざとらしく賛辞の言葉を口にした。マルニアは耳まで真っ赤になりつつ、淹れたての茶を一口飲んだ。あちち、と小さく舌を出す。
不器用な一面もあるが、マルニアという聖女のそうした優しさや厚意というものは、見えそうで見えない神の思惑など無に帰してしまうくらいに華やかである。
ゼスはマルニアに相談を持ちかけた。先刻のロシリーの一件だった。
「あの女がそんなことをねえ……」
マルニアはロシリーと面識があった。マルニアがここへ派遣された時期はゼスが使役するようになった一週間後くらいで、信仰に興味のあったロシリーと知り合うかたちとなる。
二人が会うとき、ゼスはロシリーに連れてこられることが多く、年下で自分よりも後釜であるマルニアに砕けた言動をするゼスに、負けん気のあるマルニアも同じ態様で返すことが多かった。
砕けた言動……。例えば、説教中にわざと顔を歪ませて、マルニアを笑いに誘うというものだ。マルニアの裏の顔とも言える極端な言動も、ゼスの悪戯心を煩わしく感じているからだろう。
「どういうつもりなのか、見当もつかなくてなあ……」
「何かに悩んでるんじゃねえか? 例えば……」
むー、と口を曲げて考え出すマルニア。
「まさかとは思うが……」
「なんだ?」とゼスは背を丸め、傍らに座るマルニアに顔を近づけた。
「他の騎士団員から嫌がらせを受けているとか……」
「まさか……!」ゼスは顔を上げた。
「思い当たる節があんのかよ?」
「レックスじゃあるまいな?」
「あのクソ変態研究員か?」
「いや、それは冗談だが……」
と、もはやレックスの名を挙げるのはこういった時常套句になってしまっているが、彼はなかなかに仕事熱心なところもある。一見したときの印象が悪いためにこうした話にはよく名前が出てしまうのだ。
ゼスはロシリーを悩ませる原因とはなにか、思考を巡らせた。
そこで一度考えに及んだのが、移動する際のバイクの二人乗りだ。後部座席に座るゼスが、ロシリーの背中に身を寄せ、腹部に腕を回すという、セクハラまがいの行為である。それをマルニアに伝えると、
「ふーむ……。確かに嫌がる奴もいるけど……。てめえ免許持ってんだろ? 一緒に乗らなきゃいいんじゃねえか?」
「無論資格は取ってある……。数日前に暴徒からの攻撃で、旧式の電動バイクを破壊されてしまってな……。以来、二人で乗るようになったというわけだ」
「てめえが運転するとか?」
「メカエイジの私にとってあの車種は運転できない。ニューエイジ専用車だからな。旧式自体、ニューエイジ専用車のものより台数が少なく、すぐに入れ替えることができないらしいんだ。同じ旧式の車種を発注するにしても、到着まで時間がかかるもんで、その間、二人乗りで対応するということになった。お前の言うとおり私が運転する手もあるが、結果的に二人乗りになることは同じだ。しかし、それもここ最近の話だ。果たしてそんな淫行じみた行為がロシリー殿の辞職の一因となったのかどうか……」
ふーん……。腕を組みながら、マルニアは半眼になった。何かを見透かすかのような素振りだが、ゼスはその意味をすぐに理解した。
「し、しかし、上からしばらくバイクを共用してくれと言われた時は困ったものだった。ロシリー殿が嫌な顔をするかと思いきや、以前と変わらぬ無表情だったので、あまり嫌がってはいないように見えたんだ。し、仕事上やむを得ないこととして、ロシリー殿も割り切っているのではと……」
そもそもゼスとコンビを組むこと自体、嫌だったのかもしれない。やはりそういう結論にいきついてしまうなと思っていると、マルニアが口を開いた。
「あたしはそれ違うと思う」
そうか? とゼスは首をかしげ、
「じゃあ、何なんだろう……」
「本人に聞いてみるしかねえようだな。てめえから謝罪しつつ、今度お茶でも誘って、聞いてみればいいんじゃねえか?」
お茶に誘う……。この荒んだ時代に、そのような牧歌的な行為に至るのは、ゼスにしてみれば当惑してしまう。
ロシリーはしばらく休暇を取っているらしい。
誘うまでのワンクッションのつもりとして、今はメルアの動向を探ることに専念しよう。
マルニアには考えておくと述べ、ゼスは宿舎へと帰った。
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