第一章 怪物退治⑤

 二人から迫られているような気もしたゼスは、まずは一言、

「あまり期待するようなことはないと思うが……」と前置き、

「クラウドキャッスルにも様々な大きさや機能を持った島のような形状をして、空に浮かんでいるのは君たちも知ってるだろう?」

 まあね、とミリとメルアは頷く。

「私は戦後からの五年間、クラウドキャッスルの一つである軍事関係の病院で、機械化した体の一部が大破していために、しばらく入院していたんだ。メンテナンスを兼ねての入院生活は二年で終わり、そこからの三年間は、軍事施設に移り、神からの選定を待ちながら、リハビリを兼ねた訓練を受けていた。神からの選定に時間を要したのは、それだけ、住居や働き口に困った人間が多くおり、クラウドキャッスルの職員の仕事がてんやわんやだったかららしい。やがて、私の元に神から通知が届き、ここへの異動が決まった。騎士団へ所属することになった際、君たちがチームへ招いてくれたのと、親切なところもあったおかげで人間関係で大きな苦労はしなかったが……。働き続ける理由という理由もないが、一度敗北した人類に、機械の神はチャンスを与えてくださった。よく考えても見ろ。こうして食事をしたり、シャワーを浴びれたり、寝床もあるわけだ」

 ゼスの言う“神”。それは反重力で街の上に浮遊する城塞、クラウドキャッスルに住む四人のユージュアルヒューマンのことを言う。その機械仕掛けの神からの選定というのは、戦後、人間を支配する“神”が手を差し伸べたという意味でもあった。人間を恨んでもいいはずが、そういった温情をかけ、人間にも普通に生活ができていくよう導き促す、人類への多大なる慈悲というものだった。

 ミリとメルアは納得したように首肯した。ゼスは続ける。

「始めからこの街に住んでいる住民とは、もっとうまくやっていけないものかと考えていたんだが、私はこの街の環境や人々を見てきて、今の私の生活は裕福な方ではないか、と思うようになった。この機械の力が神とゲノフ、そして住民たちの役に立てるのなら、私は尽力しようと思ったのだ。現状に不満がないと言うと嘘になるが、神の与えてくださったチャンスに報いたいと、……ま、そんなところかな」

 個人的なことを述べることに不慣れだったゼスは多少気恥ずかしさを覚えた。誤魔化し笑いを浮かべ、鼻の上をかく。

「まさか、それを言うために、何回も練習したとか?」

 ミリの冗談にゼスは苦笑して見せた。

「それこそまさか、だ。それより、君たち二人こそどうなのだ?」

 ゼスの質問に、ミリが答えた。

「アタシたちも神からの選定に従っただけ。ま、そこでメルアやゼスと会えたなら、ここに選ばれた不満もチャラになるってことかな」

 とくに彼女たち二人が、ユージュアルヒューマンから直接、教育を受けたりなどされたニューエイジとなると、神から選ばれたことに反発することはできないだろう。ユージュアルヒューマンの直接的な施しから生まれたのが彼女たちニューエイジであれば、ゼスのようなメカエイジや体を機械化していない人間と比較しても、それは義務的に従わなければならないことでもあるのかもしれない。

 メルアもミリの言葉に同調するように、数度顎を浅く引くと、

「そうそう。不満は日々上書きされたり、ゼスくんの下心丸出しの優しさに、清算されたりしてるんだけどね……。ここに選ばれなければ、二人とはめぐり会えなかった。今こうして楽しく話していることが私とミリの働く活力になるってことよ」

「そうそう。下心には目をつぶっておいてあげるからね」笑みを見せる小柄なミリに、ゼスはどこか愛着を感じつつ、

「下心なんて……というか下心丸出しの優しさって何なのだ?」

 そのようなものは到底、抱いてはいないと言おうと思ったが、ちょうどペットボトルを仰ごうとしていた矢先だったので、否定が遅延した。

 その遅れを肯定と捉えられてしまったのか、ここぞとばかりにミリが、

「正直者だね。お縄につかないよう気を付けなよ、下心くん」

 口に含んだ飲み物を吹き出すゼスだった。

 どこからか雑巾を持ってきて、床に吐き散らかした液体を拭くゼス。消毒液をかけてから別の布巾で拭き食堂の隅にあるシンクでそれらを洗ってから、再度席についたところでミリが、ごめんごめん、と謝罪しつつ、

「まあ、下心はともかく、ロシリーに無理言って、定時過ぎても巡回してるだなんて頑張りすぎだよ」

「それは君たちにも言えることだろう? こんな時間まで、まさかどこかで暇潰ししているとは思えんし……」

「ま、それもお互い様か……」

 メルアが最後の固形食を口にし、ドリンクで一気に流し込むと、

「そんなことを、あのロシリーが引き受けるだなんて……。利害の一致でもあるのかしら?」

 メルアの“あのロシリー”という言い方は、ロシリーの外見から来ている。美女といえば美女だが、寡黙で人付き合いがいいほうでもない彼女が、そんな面倒事を、という意味だろう。

「私の体が半分機械なのが凄いと言ってくれてね……。機械の私と仕事をすることで、残業分はチャラになっていると言うんだ」

「それって、どういう意味なんだろ……」 ミリは考えるように宙を見つめた。

 ゼスも同じ疑問を抱いていた。無許可の残業と、自分が特殊な年代の人間であることが、定時を終えても、巡回を続行させることとは、どうも釣り合いがとれない気がする。

 ミリが口をつけたボトルを置くと、

「ここに来て半年しか経ってないあんたが、こんなにやる気のある人だなんて……。アタシたちのチームに入って毒されちゃったんじゃない?」

「私としてはここまでお導きくださった神に感謝が絶えなくてな。これからも余分な巡回はロシリー殿の許しがある限り、やらせてもらう。とはいえ、このメカエイジのどこがお気に入りなのだろうな? あの無表情な騎士殿は……」

 ゼスは首を傾げた。

「ゼスたちみたいに体を改造して、戦争に臨んでも、結局敗北しちゃったんだもんね……」

 ミリの言い方には幾分遠慮がないように思われた。ゼスは慌てて指摘する。

「それはあまり口にしない方がいいぞ、ミリ。負けたことを心から悔んでるメカエイジもいるんだからな」

 食堂を見回すゼス。空席が目立ち、多少ほっとしたが、この施設にもメカエイジの人間は多数いる。世界的な大惨事をもたらした戦争に使役できたことを誇りに思う者もいるし、ユージュアルヒューマンに反感を抱く者も少なくないのだ。

 するとメルアが声を潜めこう返した。

「オールドエイジの人たちだって、なんであんな判断を下したのか、私には理解できないわ」

「核兵器ってのを使って、威力でものを言わせようとしたって奴ね」

 ミリの言い方が多少、ゼスから上の年代の者に苦言を呈していても、ゼスは反論しない。彼女たちの言ったそれがこの規制を促す時代へと移り変わらせたのも事実だからだ。ミリは続ける。

「破壊力では人工物であるあの人たちには、効き目はあったのだと思う。被害も甚大だったという話を聞いたこともあるし。でも世界各地が核で汚染されても、あの人たちには無意味だもんね」

 ゼスが「あの人たち」という名称に反応する。

「自分たちを強調するために『ユージュアルヒューマン』とわざわざ名乗ったのだろう? 私には嫌味に聞こえるんだがな……。あなた方人間と変わりはありません。とか言いながら、人間よりも高い能力を持っている……。見下しているようにも思えるのだが」

「そういう見方もあるけど……。あの人たちにとって、人と機械との境界を曖昧にしたかったんじゃない? ゼスってあの人たちが嫌い?」

 ミリの問いかけに、ゼスは今度こそ強めの口調で否定する。

「いいや。彼らに関しては、神同様感謝すべきだろう。私たちから見て、神との立場は異なるが、神同様の人種として私は認めている」

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