第一章 怪物退治③
ロシリーの元へ駆けつけたゼスは、捕縛した男三人を道端に置いてきたことを一瞬胸中で振り返った。
驚きからか、青い瞳を丸くさせるロシリーに説明する。
「私の体が特殊なことを知っているのは、ゲノフの人間のみでしょう。お陰で命拾いというか、暴漢をお縄にかけることはできました。これで少し、この区画の治安は守られたということです」
ゼスはロシリーの窮地に陥った姿を見て、少し疑問を抱いた。
「ロシリー殿……。今日は調子が悪いようですな。ニューエイジであれば、こんな怪物、片手間でしょう?」
ニューエイジという世代はこの時代、大まかに言って〇才から二〇代を指す。
ニューエイジの前の世代――それをメカエイジと言い、三〇代から五〇代くらいの世代のことを言う。それは戦争真っ只中に生まれた世代のことだ。そしてそれよりも更に過去になると、約五十年以上前になる。戦争よりも古い世代をオールドエイジと呼称する。
屋上の縁に立つゼスは、舌を焼ききられ、甲高い鳴き声を上げる怪物を視界に入れつつ、腕が銃に変形したその先をじっと怪物に向けていた。
二一三六年の現在に至るまで、陽電子を発生させる機器は発展に発展を重ね、人間の腕の一部になるまで小型軽量化できるようになった。ゼスが先ほど落とした聖典は、電気を圧縮した銃のマガジンとも言えるが、別称をラスポージボックスと言い、それを利き腕の下の部分にセットすることが必要とされる。腕の銃器内には小型の加速器と電場があり、ラスポージボックスはそれらを起動させ、光線として放出させる役割を持つ。
ラスポージボックスを〝聖典〟と呼ぶこともあり、ゼスのような騎士は〝聖典を担う者〟という別称があった。
銃口は右手を手首の方へひっくり返すことで出現する。
発射するかどうかの瀬戸際、ゼスはロシリーに話しかけていた。
「まあ、私のようなメカエイジですと、ニューエイジの胸中に秘めたる光の力を扱うことは不可能……。超人的な能力の前には、この機械仕掛けの体も遅れを取るということです」
ロシリーは手首をさすりながら、
「世代による差異はあると聞いている。個人個人、得手不得手もある。ゼス殿の言い分はニューエイジをたしなめているようにも感じるな……」
「光の力を扱う者の方が強いと言いたかったのですが……。民衆を重んじるゲノフ騎士団に所属している以上、謙虚にならなければならないという思いは少なからずありますとも」
戦争を経験してきたメカエイジは、その時代の価値観によって自ら進んで肉体を改造し、人間の限界を越えようとしていた。戦いが激化する渦中、それまでスポーツや軍事の分野で、肉体の機械化は行われてきており、一般人からも徴兵されることになったとき、人々の不安を緩和し、戦いで役立つための方法として、機械化することが世の中に浸透していった。機械仕掛けの体になることで、跳躍力や走力、腕力なども格段に上がり、人々の生活は激変したが、それも過去の話だ。
戦争を終え、勝ち残ったユージュアルヒューマンたちは、生まれてくる〝新たな世代〟を、遺伝子レベルで改変し生身の体でも人間離れした光の力を操ることが可能になったのだ。
「何より、ゲノフ勤めの騎士たちが纏う、この黒い防弾ローブがあったからでしょうな。私は腕と脚以外の上半身は生身ですから……」
二人で喋っていると、蛙頭の怪物が口を開けたまま、ゼスに襲いかかってきた。
ゼスは恍惚な笑みを浮かべ、銃口の位置も微動だにさせない。
ロシリーは手首を胸元に持ってきて、小さく前後に動かしていた。痛みを和らげようとしているようだ。彼女の青い瞳は、蛙によってゼスが食われるのを見逃さなかった。
ゼスが体ごとひと飲みにされた。
「ゼス殿!」叫ぶロシリー。
「悔い改めたまえ!」
蛙の中からくぐもったゼスの声。直後、眩い閃光とともに怪物の頭部が爆ぜた。電光はやかましい音を立てながら頭部を貫通して、細長い胴部をも焼き消した。
バチィッと光が弾けると、ゼスは屋上の縁の上からロシリーのいる床へと降り立った。熱を帯びた聖典が、微量の煙をあげている。
頭部から血を流してはいたが、ゼスの意識は立っていられるほどにはっきりとしていた。
「見事な手前だ、ゼス殿……」
無表情で拍手を送るロシリー。
「大丈夫か? 頭から血が……」ロシリーに言われ、ゼスは額に手をやって手に付着した血を凝視した。
「これくらいは何とも……」
ロシリーは拍手を止め、近づきながらハンカチを取り出して、ゼスに渡した。
「これは……、失礼。洗ってお返しします」
血を拭うゼスを見ながらロシリーはある異変に気付いていた。
「少し妙だとは思わんか?」
ロシリーの顔は、戦闘中から変わらず無表情だった。
「何か違和感でも?」ゼスが聞き返す。
「怪物の大きさだ。普段見かけるよりも一回り小さいように思えたのだが……」
ロシリーが言いかけた矢先、屋上階段から一人の壮年が駆け込んできた。
「ミナ!」
壮年の顔は涙で歪んでいた。
怪物のいた場所に膝をつき、泣きじゃくると、恨みがましく目を鋭くさせ、ロシリーとゼスに言い放った。
「よくも私の娘を……!」
ゼスは怪物の大きさが最近見かけるものとは異なる理由を理解した。
――そうか……。子供の感染は、怪物の大きさを違くするのか……。
ゼスに駆け寄る壮年。ゼスの胸に悔恨の念を込めた拳が何度も叩きつけられる。
「何が騎士団だ! 何がゲノフだ! お前たちは我々からどれだけのものを奪えば気がすむんだ……! ミナは、私の娘は、まだ子供だったんだぞ!」
言って壮年は泣き崩れた。
なだめることもできないゼスは、現実の過酷さから逃げるように空を仰ぎ見た。
天空を覆う雲の隙間から、か細い光の筋が漏れている。さらにその先には神の住むクラウドキャッスルの巨大な影が見えていた。
このわずかな日差しでも、この時代、晴天と言われた。
「なんともはや、我々の仕事は常々悪く思われがちですな」
日が暮れ、ゲノフタワーに帰還したゼスとロシリーだった。ゼスの口から、ぼそりと愚痴がこぼれた。二人ともまだマスクをつけたままだ。飛沫感染の予防のために装着しているというのもあるが、これから会う人物を意識し、このままの姿で赴こうとしていた。
「身を賭して戦っても、石を投げられることもあるとは……。何の因果でしょう」
ゲノフタワー入り口の階段を上がりながら、前方を行くロシリーに話しかける。
「仕方ないだろう。それも私たちの仕事だ……」
ロシリーはいつも通り抑揚のない声色だった。
ゼスは何とかして、二人で話す機会を模索しようとする。
「仕方がない、とは……。諦めが肝心という言葉もありますが、これから先長くやっていくには、こうした鬱憤は払っていかなければならないでしょう」
二人がエントランスの自動ドアを潜ると、ロシリーは立ち止まり、顔をゼスに向けた。
「長くやっていく、か……」
穏やかなのか、冷淡なのか、マスクの内側からどちらかわからない言い方をして、ロシリーは再び進む。ゼスはそのあとを追いかけた。
「な、何か不満でも?」
ロシリーがあえてそう口にしたことに、ゼスはそう問いかけつつ歩きながら考えた。
――私と組むのは嫌なのだろうか?
エレベーターに二人して乗り、最上階を目指す。
ゼスはロシリーの話し方に少々臆病風に吹かれた。
嫌われている、との憶測は邪推かもしれないが、ゼスはこの会話が始まった当初から言おうと思っていた言葉を口にした。
「いえ、実際ロシリー殿はよくやっておられると思います。私のような前時代の人間なんかと組まれて、やりにくいという一面もあるでしょうに……」
横にいた金髪の女は、静かにかぶりを振った。
「別にそんな気持ちなど抱いてはいない。私からもゼス殿には礼を言いたい。いつも感謝している……。だが、ゼス殿……」
目的の階につき、ドアが開いた。ロシリーが先に歩き出す。ゼスはロシリーの次の言葉を待った。
「余計な感情など、捨て置くほかないだろう……。年端のいかない女の子が、あの怪物になり、私たちはそれを退治した……。それは今までもこれからもずっと続いていくことかもしれない。ゼス殿が厄介に思うのは、民衆からの罵詈雑言かもしれないが、私はもう慣れた。ゼス殿と共に行動していくためには、いちいち感情が芽生えてしまうと、それこそ命を落としかねない……」
「だから……」とゼスはロシリーのマスクに半分覆われた顔を見、
「機械のように働け、と?」
「それも得手不得手がありそうだな……。私もそれができているか、はなはだ疑問だが」
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