第一章 怪物退治②

 ロシリーの背中越しに、前方を眺めた。

 ゴーグルを介して見たその光景は、ゼスとロシリーには見慣れたものだった。

 ゼスは胸中で祈った。

 ――おお神よ。どうかなんとかして、このか弱きものたちをお救いください。こうやって祈りを捧げてるんです。神がやらねば誰がやる。そう、私がやるしかなくなるので、是非とも、ね。お願い、ね。

 無線にあった、怪物のものと思わしき巨体が大きな頭を振り回し、それから逃げおおせる人々の姿だった。

 到着し降車すると、騒ぎの元凶となった怪物の姿は見えなくなっていた。到着する寸前、怪物は素早くビルの物陰に入り、姿を消したからだ。

「おせーんだよ! このカス騎士団!」

 ゼスたちの周りに人が群がってきた。ヤジを飛ばし、今にも投石や殴打などが起こりそうな喧騒である。

 二人にとってそれは常々被ってきたことだ。

「さっさとぶっ殺してこい!」「ちんたら動きやがって!」「あたしたちより上手いもん食ってんだから、そのぶん働けってんだよ!」

 群がりを掻き分けて行く際も、罵声は続いた。

 耳障りに思えることでも、ゼスとロシリーは顔色を変えず、ゴーグルを介して目の前に浮かぶマップに集中した。追跡する目標物を白い点に見立て、位置の特定を急ぐ。

 黒い画面に、大きな点が映る。ゆっくりと移動しており、現在地からもそう遠くはない。ビルを一つ隔てた向こうにいるようだ。

「こちらロシリー。目標を補足した。ゼスと共に追跡を開始する」

 怪物を追うため、二人は走り出した。

 ゼスのゴーグルにも、怪物の目印となる白い点は認められていた。だが、今はその動きが止まっているようである。

「素晴らしい!」

 ゼスが感嘆した。

「ゲノフが分布した発信器が、今回も役に立っているようですな」

 ゼスの言葉に反して、ロシリーは連れない言動だ。

「本来の用途からは少しずれている。住民の監視を行うことが目的だったらしいが、彼らには人権を無視していると不評だった。当然ながら怪物化させるウイルスへの脅威は考慮していなかったようだ。発信器の場所によっては、怪物化する際、破損したり抜け落ちたりする場合もある。目標が早々と特定できたのはある意味幸運といえるかもしれん」

「はて、日頃から行いがいいようには思えませんが……」

「それには同意しよう。ゼス殿」

 二人は角を曲がった。

 斜め上方に不穏な気配を感じとる。

 目標物である怪物の尾ひれが、ビルの屋上へと登っていったのを二人は目撃した。

 ゼスは腰に下げていた〝聖典〟を下ろし、一旦脇に挟んだ。

「ゼス殿は、屋内から屋上へ。私は直接向かう」

「了解」

 ロシリーの指示にゼスは応答すると、脇にあった聖典を落としてしまった。

「モタモタしていられないぞ」

 ロシリーが急かす。彼女は体から白い光を発し始めた。

 そしておよそ常人とは思えない跳躍力で、ビルの壁を蹴りつつ屋上の影に消えていった。

 屋上の床に着地したロシリーは下方のゼスを見下ろした。

 ゼスはこの聖典の重さに慣れてきたものと思ってばかりいたが、切迫したこの瞬間に手許が狂い落としてしまったことに焦り始めた。

「まずい……。こんなときに」

 独りごちた直後――、

 背中に鋭い衝撃が走る。

「な……」

 驚愕しつつ後ろを振り返る。

 そこには三人の男たちが立っていた。

 真ん中にいた男は拳銃を持っており、銃口をゼスへと向けている。

 どうやら狙撃されたようだ。

 ゼスはそのまま膝から崩れるようにして倒れ込んだ。

 男たちの下品な笑声が、屋上のロシリーにも聞こえてきた。

「ゼス殿……」

 小声で呟くロシリー。

 下にいた男たちは、今度はロシリーへ向け発砲してきた。

 慌てて屋上に身を隠すが、そこには獲物を待ち構えていたような怪物の巨影があった。

 頭部は平たい口の上に大きな目玉が二つ突き出、下は長い胴が伸び、両側に幾本もの足が生えている。

 ムカデにカエルの頭部をくっつけたようなそんな容貌だった。

 おぞましい怪物の姿に、ロシリーは吐き気を催すが、それをこらえ携行していた剣を抜いた。

 空気を裂く、乾いたような音を発し、柄の先から白色の刃が伸びた。

 両手持ちの剣だが、右手でしっかりと柄を握り、左手は腰の銃器に添えつつ怪物を凝視する。

 ウイルスによるモンスター化は、まだ発生して間もなく頻度も低いため、攻略法は未だ見出だされていない。

 ロシリーたち光の力を扱える者はその力を駆使し、火力に自信のある者は力任せに討伐するというのが現状だった。


 ロシリーのいる屋上から下の道には、ゼスが俯せで倒れていた。ゼスの周りには三人の男たちが立っている。

「交換できるもんかっぱらって早いとこ逃げようぜ」男の一人が言った。

 この街の中に隠れるように存在する、物品を食料に換えることのできる場所があり、男たちの目的は、こうしてゲノフの職員の装備品を奪い、食物を得るというものだった。

「撃ち逃した女は?」

「女より怪物だ。命の方が惜しいからな」

 そう二人の男が話す傍ら、もう一人の男が、ゼスの体を見下ろす。

「さすが、ゲノフの人間だけあって、高価そうなもん着てやがる……」

 呟くと、ゼスの纏っていた黒いローブを鷲づかみにした。

 その時、悪漢の顔が大きく歪んだ。


 廃れたビルの屋上でロシリーは剣を構え、怪物の動きを窺う。

 じりじりと、睨み合いながら静かに屋上の床を歩く。怪物もこちらの出方を推し量っているのか、今のところ大きな動きはない。

 ロシリーは思い切って攻勢に出た。

 床を蹴り、怪物に接近すると、右手に持った剣を振りかざした。

 左右に一振りずつ斬りつけるも、怪物は小さく後方へ細長い体を反らした。

 ロシリーは左側の腰にあった銃を抜きとり、怪物の動きを図ろうと二発の銃弾を放つ。

 銃の色は白。光の力によって操作するライトガンという銃だ。ロシリーの放った二発は反れたものの、怪物にわずかな隙を作った気がした。

 近づきながらの発砲だったため、怪物の方からロシリーとの間合いがあいたが、ロシリーはその空間すら何ともしない運動能力で、地を一回蹴っただけで、一気に距離を縮めていく。

 再度、光の剣を振り上げたそのとき、怪物の赤く細長い舌がロシリーの脇腹に命中した。

 太く長いゴムのような弾力で、ロシリーの腹部に直撃。息をもつかせず、縮んでいった長い舌は再び伸びロシリーの手首に巻き付いた。

 ――しまった……! 

 剣を落とさせまいと、力を体全体に入れるが、怪物の方が力は強い。一気に引き寄せられることはなかったものの、ロシリーの踏ん張りをものともせず、ゆっくりと近寄ってくる。

 左手にあったライトガンを数発発砲するも、上手く怪物の舌や体には当たらない。

 体の至る場所から、汗がにじみ出る。

 胸の鼓動が高鳴りロシリーは息を飲んだ。

 そしてついに怪物が大口を開け、金髪の女騎士を引きずり込もうとする。

 ――くそっ!

 ぎゅっと目を閉じ、自分の身を運命に委ねた。

「素晴らしい!」

 その一声と共に、辺りに響く稲光のような音――。

 ロシリーは引き込まれそうだった自分の体がまだ屋上の床に立っているのを確かめると、怪物の舌がぶつ切りにされているのを目にした。さらにその横、怪物と自分の間に黒いローブを着用したゼスの姿があった。

 素晴らしい……、彼は間違いなくそう言った。その理由は尋ねずともゼスは得意気にこう言うのだった。

「これぞ、私の出番というものです!」

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