私しか居ませんでした



 アカネさんは事の始まりを包み隠さず話してくれました。

 事の発端は一昨日の朝、アカネさんの元に届いた一通の手紙でした。




 アカネさんの故郷は魔王城から遠く離れた東の国にあるらしく、彼女は、彼女の両親とたまに便箋で連絡を取り合っていたらしいのです。


 連絡、と言っても、そこまで重要なやりとりではありません。

 最近は何をしているとか、何があったとか、他愛ない話の近況報告みたいなものでした。


 そして、その日に届いた手紙も、いつも通りの近況報告で終わると思っていたアカネさんが、その便箋の中身を開くと──彼女にとっては衝撃的な文字が書かれていたのです。




『そろそろいい歳なんだから、結婚くらいしたらどうだ? いい加減嫁の貰い手が居なくなるぞ』


「「「「………………おぉぅ……」」」」




 執務室に沈黙が流れます。




 流石は両親、核心をダイレクトに突いてきますね。


 見た目だけで言ってしまえば、アカネさんはまだまだ若く見えます。

 でもそれは、彼女の種族『鬼族』が長寿だから若く見えるだけで、年齢で数えるなら……おそらく400は余裕で超えているでしょう。




 嫁の貰い手が居なくなるって、もう手遅──ゴホッゴホッ! 


 …………失敬。なんでもありません。




「それで、アカネさんは焦り、私に婚約を申し込んだと?」


「いいや、理由はそれだけではないのじゃ。いつもならば適当にはぐらかして終わりにするのじゃが……」


「今回の手紙は、それだけでは終わらなかったと?」


 アカネさんは静かに頷きました。


「両親も妾のことを想ってくれているのは理解しておる。……じゃが、本人を置き去りにして婚約の話を持ってきてしまったらしく、」


「あ〜、なるほど。話の流れが掴めました」



 つまりはこういうことですね。


 このままでは娘が結婚できないまま年老いてしまう。

 でも、肝心な本人が結婚に乗り気じゃないから、自分達で用意してしまおう。


 そこまでは良かったのですが、アカネさんへの報告が事後報告になってしまい、知らぬ間に婚約が決まりそうだと。



「…………ああ、その通りじゃ」


「「「「…………おぉぅ……」」」」



 再び、執務室に沈黙が流れました。



「でも、結婚できるんだから別にいいんじゃないですか?」


「我が国の古い掟で、嫁いだ娘は生涯、夫に寄り添うものだと決まっている。……それは魔王幹部だろうと例外ではない」


「つまり、結婚したらアカネさんはここに居られなくなるということですか?」


「──そ、そんなの嫌だぞ! 余は、アカネと離れたくない!」


「落ち着いてくださいミリアさん。まだ決定したわけではありません」



 私としても、アカネさんが魔王幹部から抜けるのは反対です。


 この話を聞いた私達の中に、『アカネさんが他の奴と結婚する』という選択肢は除外されました。


 誰も別れを望んでいない。

 このメンバー全員が欠けることは許されないのです。



「断ることはできなかったのですか?」


「…………すまぬ。あの時の妾は相当焦っていたのじゃろう。つい、もう妾には愛する者が居る! と手紙を送ってしまった」


「あーらら、それはやってますねぇ……」


「うむ……本当にすまぬ……」



 アカネさんは申し訳なさそうに表情を暗くします。

 結局、彼女は見栄を張ったせいで話が変な方向に飛んでしまったわけですが、見栄を張らなかったら婚約は成立させられていました。


 そう考えると、その場限りの恋人役を用意するだけでどうにか誤魔化せるこの状況は、むしろ良かったのかもしれません。



「でも、なんで私なんですか? ここにはディアスさんが居るでしょう?」


「こんな脳筋が、たとえ仮初めでも妾の婚約者だなんて嫌じゃ」


「おいアカネ。それは流石に酷い──」


「わかります〜」


「てめリーフィア! 同意するんじゃねぇ! 俺でも傷付く時はあるんだからな!」



 同意しているのは私だけではありません。

 ヴィエラさんもミリアさんも、私と同じようにうんうんと頷いています。


 ディアスさんの脳筋は公認なのです。



「まぁディアスさんが無理として、ヴィエラさんは? 彼女なら中性的な顔ですし、男装すれば意外といけるかもしれませんよ?」


「ヴィエラは仕事で忙しい。まだ一日程度なら問題ないが、何日もこの城を空けるのは、ちと問題があるな」


「なるほど。アカネさんのご両親も、実際に婚約相手を見ないと納得しないのですか……」



 アカネさんの故郷は極東にある大国。

 そこまで行くには、馬車で相当な時間が必要となります。


 この魔王城はヴィエラさんのおかげで成り立っていると言っても過言ではないので、彼女が何日も開けるのは確かに問題がありますね。



「まぁミリアさんは論外として──「おい」──暇そうにしている私に白羽の矢が立ったということですね」



 勝手に婚約を決められた部外者の気持ちとしては、そっちも何勝手に決めてんだといい迷惑なのですが、アカネさんのためだと思えば……仕方ない、か……。



「アカネさんとは協力関係にあります。私で良ければ力になりましょう」


「リーフィア……恩に着る!」


「いえいえ〜、アカネさんの故郷は東の国。一度は行ってみたいと思っていたんですよねぇ……なので、ちょうどいい機会です」


「……ああ、そうじゃったな。妾の故郷はリーフィアの故郷と似ているんじゃったか?」


「私は都会の方で働いていたので住んでいた……というわけではありませんが、京都の街並みは好きなんですよ。だから観光ついでに用事もパパッと済ませちゃいましょう」



 婚約者と言っても、色々な手続きはアカネさんがやってくれるでしょう。多分私は暇になるはずです。

 その暇になった時間は、ウンディーネと東の国を思う存分に観光してやります。


「ああ、そうじゃ。故郷にいる間は、ウンディーネを実体化させないでほしい」


「なんでですか!?」


 出鼻を挫かれた私は、バンッとテーブルを叩きます。



「ウンディーネと観光できるから乗り気だったのに、それを却下されると何を楽しみに旅行すればいいのですか」


 抗議の声をあげると、アカネさんは真剣な表情で見つめ返し、




「だってお主ら、息をするようにイチャイチャするじゃろう?」


 サッ、と視線を逸らします。




「イチャイチャする気満々だったのだな」


 逸らした先にはミリアさんが居て、呆れたように溜め息を吐いていました。



「まぁ、仕方ないだろうね」


 また視線を逸らした先にはヴィエラさんが居て、同じように呆れられていました。



「諦めろ」


 またまた視線を逸らした先にはディアスさんが、以下略です。




「ウンディーネぇ……」


『仕方ないよ、リーフィア……うちもリーフィアと観光できないのは残念だけど、アカネのためだから我慢だよ?』


「うぅ……そうですけどぉ……」


『それに、実体化できなくても、うちはずっとリーフィアの隣にいるから。リーフィアからうちの姿は見えなくなるけど、お話は念話ですればいいし、観光はできるでしょう?』


「うぅ……ウンディーネと触れ合いながらイチャイチャしたかったです……」


『うちもだよ。でも、我慢しなきゃ……アカネが可哀想だよ』


「……わかってますけどぉ、わかってますけどぉ……!」



 それでも期待していたことが見事に打ち砕かれたショックは大きいのですよぉ……。




「あれでまだイチャイチャしていないつもりなのか?」


「リーフィアですよ。そんなの自覚無しに決まっているではないですか」


「本当に、いつもいつも見せつけやがって」


「まぁまぁ、しばらくは妾のために触れ合えなくなるのじゃ。ここは温かい目で見守ってやってくれ」



 ウンディーネに慰められていたせいで、皆さんが何を言っていたのかは聞こえませんでしたが…………なんか、その後の私を見る目が妙に優しかったのは、私の気のせいでしょうか?


 …………え、なんか気持ち悪い。

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