殺せ
『やめなさい、ウンディーネ』
今もどこかで私達を見ているであろうウンディーネに念話を飛ばすと、それまでエルフ達を恐怖させていた現象がピタリと止みました。
『なんで、止めるの……リーフィア……』
微かに震えるその声は、怒りを隠しきれていません。
私の言葉だったから殺戮はやめたけど、本当は今すぐにエルフ達を殺したい。滅ぼしたい。
……と、そのような強い感情が、私に流れ込んできます。
でも、今私が望んでいるのは、エルフ達の破滅ではありません。
『エルフの秘術』について、まだ何もわかっていない。
もうすでにこの術を使用しようとは考えていません。
ミリアさんは、犠牲を得てまで自分達が楽をしようとは思わないでしょう。そんなものを持ち帰ったら、褒められるどころか逆に怒られてしまいます。
なので、ぶっちゃけてしまえば、ウンディーネがこの場でエルフを滅ぼしても構いません。
ですが、私は約束しました。
──先代の魔女達の憂いを晴らすと。
ただ殺すだけでは、足りない。
結界を作り出している根源を見つけ出し、この世から破壊するその時まで、私はエルフを許すことはありません。
『ウンディーネの言いたいことはわかります。……ですが、もう少し我慢してください。お願いします』
簡単に殺してしまうのは、ダメです。
それでは全ての謎が、謎のまま終わってしまいます。
彼女達を本当の意味で解放するには、それでは弱い。
『お願いします』
私は再び、お願いをしました。
『……ずるい』
しばらく黙り込んでいたウンディーネは静かに、ポツリと、そう口にしました。
『うちが、リーフィアのお願いを、断れるわけないじゃん……だから、ずるい。リーフィアはいつも、ずるくて、優しいんだもん』
『ごめんなさい。そして、ありがとうございます』
『……ううん、許さないもん。絶対に、後で文句を言うんだから』
背中をトンッ、と押され、冷たい感触が縛られている両腕を包みました。
──姿は見えません。
ですが、そこにウンディーネが居るのだと、すぐに理解しました。
『ええ、甘んじて受け入れましょう』
本当にありがとうございます、ウンディーネ。
殺したくて滅ぼしたくて壊したくて仕方がないのに、私のために我慢してくれて、私は嬉しいです。
これで私は、次に進めます。
「…………どうやら、収まったようですね」
私はエルフを見渡し、ゆっくりと口を開きました。
そしてそれは、彼らの逆鱗に触れたようです。
「何を他人事のように言っているんだ、この魔女が!」
「死んだ仲間を返せ、魔女!」
「今すぐに殺せ! 魔女は生きている価値なんてないんだ!」
「そうよ! すぐに殺して! 魔女を殺して!」
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
エルフ達の「殺せ!」コールは、広場に大きく響きました。
何度も何度も、指を向け、石を投げ、殺せと叫びます。
彼らは私を『魔女』と定め、敵意以上の殺意を剥き出しに、声が枯れるほど怒り狂っています。
数十人のエルフに色々と言われるのは凄い迫力ですが、その程度のことで慄く私ではありません。彼らの様子を静かに見つめ、この騒ぎをどうやって収めようかなぁと内心考えていました。
「──やめよ!」
騒ぎ立てるエルフ達を制する一声。
それは私の隣、ダインさんから聞こえました。
「皆の者、やめよ」
ダインさんの表情は硬いです。
いつも通りの仏頂面が、5割増しくらいでガッチガチです。
「魔女の力は強大だ。これ以上騒ぎ立てれば、危ないのは我々の方だ」
というか、今から処刑されているのだから、暴れるのは普通なのですけれど…………ああ、そうでした。まだ魔女は本性を現していない『設定』なのでした。
──ふっ、命拾いしたな。
まだ私の中の魔女は眠っているみたいだ。
…………なんか、中二病感すごいですね。
「皆が見たように、彼女が魔女の生まれ変わりであることは間違いない。……そして、再び魔女が眠った今が好機」
ダインさんはエルフ達を見渡し、エルフ達は応えるように頷きます。
「これより、魔女の処刑を始める!」
宣言が広場に響いた瞬間、私の目の前に『ワープポータル』が出現し、「やばっ」と反応するより先に、私はそれに吸い込まれたのでした。
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