全ては魔女の仕業です


「これより『魔女裁判』に移る」



 魔女裁判って思いっきり『死刑』やないかーい。

 ……と、エセ関西弁失礼しました。


 まさかここまでハッキリ言われるとは思わず、私は少しだけ立ち尽くします。


 そんな中、ダインさんはエルフ達に向かって何かを話し続けていました。




「我らの神でもある『世界樹』が枯れ果てたのは、すでに皆も周知のことだろう。その影響か、我らの里を守護する世界樹の結界が弱まりつつある」


 エルフ達がざわめきます。


 世界樹はエルフ達にとって、それほど重要なものとなっています。それが枯れてしまい、更には自分達を守ってくれている結界が弱くなっていると知れば、そのような反応になるのも仕方ありません。


 ですが、どうして今、そのような話をするのでしょう。

 …………なんか、めちゃくちゃ嫌な予感がするのは私だけでしょうか?



「その原因は──魔女である」


 ほらぁ、やっぱり嫌な予感的中したぁ。



「魔女はいつの時代も我々を陥れ、我々エルフは魔女に苦しんでいた。魔女は死んでもなお、エルフの少女に乗り移り、魂を奪い去る。彼女もまた、被害者である」


 エルフ達が私に視線を向けます。

 ……やめてください。そんなに可哀想な人を見る目で見ないでください。


「全ては魔女が悪いのだ。まだ魔女は本性を表していないが、奴がいつ本格的に動くかわからない。……皆の気持ちはわかる。だが、彼女を、彼女だった者を救う手段はないのだ。ならば、我らの手で終わらせてやるのが、最大の救いだろう」


 エルフが可哀想な人を見る目から、魔女を敵視するような視線に変わりました。


「我々の手で魔女を殺し、彼女に救いを。世界樹よ、彼女の魂に安息を与え給え」


 ダインさんは世界樹に祈りを捧げます。

 それに習い、エルフ達も同じように両手を合わせました。







 ──頭痛い。


 それが私の感想です。


「「「「……………………」」」」


 沈黙が場を制します。

 そりゃそうです。皆、目を閉じて口を閉じ、祈っているんですもん。


 私はその様子を、ダインさんの横で見守っていました。……いや、見下していました。




 ダインさんの言っていることは、めちゃくちゃです。

 ですが、彼が言いたいことは何となくわかりました。


 つまり、要約すれば、こういうことです。



『魔女が悪さしたせいで世界樹とエルフがやばい。だから魔女が乗り移ったエルフを殺し、エルフに平穏を。自分達が悲しんだり、同族を殺すことの責任感を抱く必要はない。だって、全部魔女が悪いのだから』



 彼らは、この状況を全て魔女、私の責任にするつもりです。


 ──魔女裁判。

 ただの容赦ない処刑じゃないですか。一回、『裁判』という言葉を辞書で調べてきてほしいです。


 それは『魔女からの救い』という的外れのものですが、こうして魔女に罪を被せることで、エルフは何も考えることなく、同族を殺してしまう悲しさを背負うことない。ただ魔女に対しての悪意が強まっていくだけで、エルフ達は何も失うことはない。



 よくできた、しょうもない茶番です。



 でも、納得しました。

 なぜ私は、魔女というだけであれほど敵意を向けられていたのか。


 ──それは私が『魔女だから』なのですね。


 私が魔女の生まれ変わりだから、エルフは私に敵意を向けてきた。何に対しても喧嘩腰に接してきた。まだ本性を表していないとはいえ、魔女のやってきたことは許されないことだから、私はこうして今も敵意を向けられている。



 …………本当に、茶番です。



 エルフは何も知らない。

 ダインさんの言うこと全てが真実だと思い込み、誰も、本当に私が魔女なのか? と疑う者はいない。


 彼らが考えるのは、自分達が助かるための未来だけです。

 その過程でどのような犠牲が出ようとも、それは魔女だから犠牲になるのは当たり前。


 怒りを通り越して失笑したのは、あの時の愚王以来ですね。


 ……懐かしいです。

 あの時は、あれほどの愚者が居て良いのかと思っていましたが、こいつらはそれを遥かに凌駕していますね。




 でも、納得するのと同時に、疑問が浮かびました。


 ダインさんは私が魔女になったのは「魔女に選ばれたからだ」と言っていましたが、どうして彼女は私を見つけたのでしょう?


 エルフの秘術は、数十年は保たれると考えて良いでしょう。

 つまり、先代が死んだのは数十年前。その時、まだ私はこの世界に来ていません。


 なのに、私は魔女に選ばれた。

 こうやって考えると、大きな矛盾です。



 ……もしかしたら、魔女に選ばれたこと自体、嘘だったのかもしれませんね。


 いつもはエルフの里から魔女を選出していましたが、今回は里の外にエルフが居ることを知り、ちょうど良いと外のエルフ、私を生贄にしようと考えた。


 選ばれたという言葉は、私を強制的に動かすための方便だったと考えると、様々な辻褄は合います。




 ──いや、悪質な詐欺かよ。









「おい、見ろっ!」


 皆が祈りを捧げている中、一人のエルフが声を荒げ、世界樹を指差しました。



 ──彼らが祈りを捧げていた世界樹が、見る見る内に枯れているのです。

 枝は茶色く変色し、重さに耐えられなくなった木の枝はボトリと地面に落下します。とても太かった幹も徐々に萎み、まだ辛うじて立派に見えた世界樹は、もう見る影もありません。





 かの世界樹は、活動を停止させました。





『このまま、こいつらも滅ぼす』



 そのような強い感情が、私に流れ込んできました。


 それを合図に、一人のエルフが苦しみ始めます。

 ちょっとした異変という可愛いものではなく、絶叫しながら地面を転げ回り、喉を抑えながら助けを求めるように手を伸ばし──息絶えました。


 彼はそれなりに綺麗な肌をしていたのですが、死に絶えた今、全身が皺だらけになり、真っ白な肌は茶色く変色しています。



 それを一言で表すのであれば──ミイラ。

 全身の水分が一瞬で吸い取られ、苦しみながら死んだ哀れな惨死体。




 見るに絶えない惨状。

 それは世界樹に現象と同じで、悲劇を連続して目撃したエルフがパニックに陥るのは、遅くはありませんでした。



 ──次は自分かもしれない。

 ──魔女の仕業だ。

 ──一刻も早くそいつを殺せ。


 エルフは口々にそう言います。

 相当焦っているのか、声は荒れに荒れまくり、もうこれは絶叫に近いものとなって、今も涼しい顔で立っている私を糾弾します。


 ダインさんもこうなることは予想していなかったのか、表情は焦りに歪み、どうにかエルフ達を落ち着かせようと声をあげますが、それは虚しく喧騒に消えてしまいます。




 こうしている間もエルフは一人、また一人と、死んでいきました。

 全てが最初のエルフと同じで、苦しみながら地面を転げ回り、全身が皺だらけになり、肌は茶色く変色し、ミイラのような変わり果てた姿となっています。



「リーフィア! 貴様ぁ!」


 ダインさんが怒りの表情を浮かべ、私に振り返ります。


「今すぐやめろ! さもなくば──!」


「さもなくば、なんです?」


 胸倉を掴まれた状態でも私は動じず、冷淡に微笑みます。


「──っ、同族を殺すことに躊躇いはないのか貴様!」


「……あら、それはダインさんも同じことでは? 私に冤罪を被せ、生贄に捧げようとしていますよね。殺すだけではなく、利用しようとしている。私よりも酷いことをしている自覚がおありですか?」


 エルフ達は知らないでしょうが、ダインさんは知っている。


 私に何の罪もないことを。

 私が本当の魔女ではないことを。


 私はただ選ばれただけで、罪を犯しているのはダインさん本人だと。


「……そ、れは…………」


 ダインさんは言葉に詰まります。

 掴んでいる手が若干弱くなりました。



「……それに、私は何もしていません。私は、ね」


「それはどういう……まさか……!」


「おや、この惨劇を生み出しているのは誰なのか……予想は付いているのですね」



 このままエルフが全滅するのを見ているのは、それはそれで面白いかもしれません。


 ですが、このままだと何もわからないままです。


 魔女が生贄になるのは理解しましたが、それとエルフの秘術がどう結ばれるのか、まだ何も判明していません。だから今全てが台無しになると、ちょっと困ります。





 なので、これは私からの最後の慈悲です。





『やめなさい、ウンディーネ』


 世界樹を枯らし、エルフ達を無差別に殺している元凶。

 私は、私の契約精霊──ウンディーネに声を掛けました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る