それは歪で悲しい、魔女のお話


 その日、私はキッチンに立ち、料理をしていました。

 ……といっても、肉を焼くだけですけどね。


「前は、料理をする必要がなかったのになぁ……」


 魔王城に居た頃は、住み込みで働いているメイドさんに料理を持ってきてもらったり、気が付いたら食堂に運ばれて目の目に料理が並んでいたり、私の手で何かをしなくても、料理が向こうから勝手にやってきました。



 ですが、今回はそうはいきません。


 この魔女の家に居るのは、私一人です。

 ウンディーネはエルフの里に残り、今は別行動となっています。


 だから、こうして私自らが料理をしなければならない。一応果実はありますが、それでは十分に腹が膨れませんからね。








 焼いた肉に何かのタレを付けて食べ、ちょうどいい感じに腹が膨れた私は、リビングのソファに寝転がっていました。食後のひと休憩というやつです。




「はぁ……暇ですね」


 いつもの私なら、ご飯を食べた後はベッドに直行するのですが、そういう気分にはなれませんでした。珍しいですね……って、自分で言うのはおかしいですよね。



 最近、私は満足して眠ることができていません。



 一応眠ることは出来るのですが、快眠ではない。ということです。

 目を閉じてもすぐに起きてしまい、意味もなくベッドの上をゴロゴロする。それが繰り返されています。



 魔王城のベッドちゃん一号なら、こうはならなかったのでしょうか。

 でも、質とか関係なく眠れるはずなんですけれど…………おかしいですね。


「……まさか、眠気がストライキしているのですかね?」


 眠いのに眠れない。

 とても不思議な感覚です。

 コーヒーを飲んだ記憶もありません。


 ……というかその程度のことで私の惰眠が邪魔されるはずがありません。


 でも、ここに来てから、もやもやした気持ちになります。


 森自体は綺麗な空気です。

 ダインさん以外は立ち入れない隔離された森は、余計な魔力が溜まっていることはなく、とても居心地がいい。




 なのに、この魔女の家に来てからは、少し雰囲気が不気味に感じます。




「……何ですかね。このモヤモヤした感じは」


 それが続いているせいなのか、少々気持ち悪いです。


 安眠妨害で訴えてやりましょうか…………と思いましたが、誰に訴えればいいのでしょう? ダインさんに言っても、いつもの無表情で「知るか」とか言ってきそうですね。




「…………ん、んん……ふぅ……」


 無意味にゴロゴロしているのも飽きました。


 何か、面白いものがあればいいのですが────



「はぁ…………ぁ、ん?」


 適当に部屋を見回していた私の視線は、とある場所で止まりました。


「本……?」


 そこには沢山の本がぎっしりと並べられていました。




『必要なものがあれば言え。用意する』




 そういえば、ダインさんがそんなことを言っていましたね。


「あの並んだ本は、先代の魔女が欲した物なのでしょうか?」


 ──魔女と呼ばれる人達がどのような本を読んでいたのか。


 それが気になった私は、のそのそと本棚に手を伸ばしました。……まぁ、届くわけがないので、すぐに諦め、風を操って私の手元に運びます。




「ふむふむ」


 中身をパラパラとめくった私は、一通り読んだ後、静かに本を閉じました。



「…………絵本、ですね」


 魔女というだけあって、どのような難しい本を読んでいたのかなと思ったのですが……まさかの絵本でしたか。なんか、意外です。


「って、絵本ばかりじゃないですか」


 ずらりと並んでいる本の全てがそれでした。


「…………先代の魔女というのは、思ったよりも子供っぽいのですね」


 ダインさんから聞いた話では『魔女は何年にも渡って語り継がれてきた』とのことですが、今までの魔女というのは全てこうだったのでしょうか?


 記録に残っている魔女は全て目元までフードを隠していて、容姿というのは全く知られていません。


 子供なのか、大人なのか。女なのか男なのか。種族など、何もかもが謎。

 しかし今回のことでわかったことが一つだけ。


 魔女はエルフと関係しているのは間違いない。ということです。

 でなければ、ダインさんのような『エルフの管理者』がわざわざ動く必要がありません。




 ……準備、とも言っていましたよね。




 その内容は聞かされていませんが、エルフが何かを企んでいることだけは確かです。



「──ん?」


 暇なので種類のある絵本を眺めていると、本棚の端っこの方に、僅かな魔力の痕跡を見つけました。


 近づき、そこを中心に探ってみると……魔法で巧妙に隠された、一冊の薄い本が挟まっているのを発見しました。


 可愛らしいデコレーションがされた……これは『日記帳』でしょうか?

 勝手に覗くのは悪いと思いつつ、興味が湧いた私はそれを手に取り、ソファでくつろぎながら読み進めます。


「…………やはり、日記ですね」


 これは魔女の記録です。

 報告書と称したミリアさんの日記に似ているものがありますが、こっちは本当の日記なのでおかしくはありません。


 おかしいとしたら、なぜこんな物がここにあるのか。という点でしょう。





「……やはり、先代は子供だったのでしょう」


 それは文章と文字の書き方を見ればすぐにわかりました。


 彼女も暇だったのですかね?

 だからこうして日記を残した。


 私はまだ大人なので、別に一人でもどうってことありません。


 ですが、遊び盛りの子供には辛い日々だったのでしょう。一人隔離され、寂しかった。もっと誰かと遊びたかったと、そのような感情が文章からひしひしと伝わってきます。



『誰かと遊びたかった』


『誰かとご飯を食べたかった』


『誰かと共に話したかった』


 その日記は、とても、辛いものでした。


『もっと遊びたかった』


 最後の文章には、しわくちゃの文字でこう書かれていました。





『もっと生きたかった──死にたくないよ』





 私は本を閉じて、『アイテムボックス』にそれを収納しました。

 これは誰かに見られていい物ではありません。彼女の弱い心をこれ以上見せないために、私が封印して差し上げます。


「もっと生きたかった。死にたくない……ですか」



 先代の魔女は──死んだのですね。


 おそらくそれは魔女の使命なのでしょう。



『──魔女の命と引き換えに、エルフの秘術は成される』


 日記にはそのような記述がありました。


 どうして魔女の命と引き換えに、あのような結界が作り出されるのか。

 ……その方法はわかりません。それを証明するように先代も死んでいるのですから、聞き出すことは不可能です。





 でも、なるほど、最近になって感じるようになった不気味な雰囲気の正体は『これ』でしたか。

 一見すると、普通。でも良く見て感じれば、それは歪なものだった。


 よくある話です。

 よくある話の、胸糞悪い物語です。


 しかもこの歪な雰囲気は巧妙に隠されていました。だから私も、少しモヤモヤする程度だったのでしょう。




「この日記を書いた魔女は、こうなることを知っていたのですね」


 他の魔女も真実を知っていたのか、それとも彼女だけなのか。

 私が未だ何も知らないことを考えれば、後者なのでしょう。


 でも、どうして彼女は知ってしまったのか。

 そうなる場面を見た? もしくは聞いた?




「何にせよ、気に入りませんね」


 少女を苦しませて、何がエルフの秘術ですか。


 小さな命と引き換えにエルフ族の繁栄が約束されるのなら、安い代償なのでしょう。

 しかし、そんなもので得られる繁栄なんて嬉しくありません。


「……でも一番気に入らないのは…………」



 私が一番気に入らないのは、エルフ達の態度です。



 ──思い出すのはエルフ達の視線。


 魔女であるという理由で、どこまでも敵対する態度と鋭い視線。

 彼女達によって守られている立場なのにも関わらず、彼らは命の恩人を侮辱している。


 おそらく、どこかで情報の操作が行われているのでしょう。

 それはきっと、ダインさんが関わっている。


 ……なんにせよ、気に入りません。


 おそらく魔女と秘術のことを知っているのは、エルフの中でも上の立場にいる者達だけなのでしょう。でも、だからってここまで彼女達を悪く言うエルフ達と、彼女達を敵視させるような説明をしたダインさん達を含むエルフの上層部。


 それを許せるほど、私は優しく出来ていないのですよ。





「……やはり、ここに来て正解でした」


 これを知ることが出来た私は、ようやく『それ』の決意を固めることが出来ました。


「安心してください」




 ──死にたくないよ。




「あなたの涙は、無駄にしません」


 姿も名前も知らない少女に、私はそう誓ったのでした。

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