魔女の家
「…………何を、しているのだ」
「ふぇ……?」
誰かの声が聞こえた私は、微睡みの中から目覚めました。
「…………あれ? ダインさん……どうしてここに居るのです……?」
声の主はダインさんでした。
相変わらず無表情な彼の顔は、今はどこか呆れの色が混ざっています。
……っと、そんなことよりどうして彼がここに居るかでしたね。
私は今、魔女のために作られた森の中にいます。それは異次元に位置しており、ダインさんにしかエルフの里とこの森を自由に行き来する手段を知りません。
でも、意味もなくここに来るような人ではないですし……何の用でしょうか?
……そう思って彼を見た時、その疑問は解決されました。
ダインさんの後方には、沢山の食材が置かれています。主に肉が多いですね──って、そうでした。私がお肉を希望したのでしたね。……ちゃんと希望を聞いてくれたようで、安心です。
「というか、もう一週間が経っていましたか」
ずっと眠っていると、時間の感覚が狂ってしまいますね。
いつもは目覚まし時計──ゲフンゲフンッ。ミリアさんが起こしに来るのですが、流石に魔王城からここまでは来ないみたいです。来たらまじで驚きますけど。
「いや、まだ一日だ。最初の食料を渡していなかったと気づき、急遽持ってきたのだが……」
どうしてお前はここに居るのだ。
……と、言いたげな視線ですね。
「寝ていました」
「それはわかっている。俺は、どうしてここで寝ているのだと聞きたい」
「眠かったからですが何か?」
だからどうしたと言う風に返したら、彼は「はぁ……」と溜め息を吐きました。
「家があると言っただろう」
「歩くのが面倒でした」
「すぐそこだ」
「私にとってのすぐそことは、ここです」
「…………なぜ彼女は、こんな奴を魔女に選んだのだ……」
それはとても小さく呟かれた言葉でしたが、私に耳にはしっかりと聞こえていました。
ダインさんの言う『彼女』とは、魔女のことなのでしょう。やはり新たな魔女を選ぶのは、先代の魔女のようです。
彼は先代が選んだという理由だけで私を里に迎え入れた様子ですが、呆れるのはこっちですよ。
どうして他人が勝手に決めたことで、私がそれに左右されなければならないのですか。
なぜエルフは魔女を軽蔑しているのに、魔女を迎えいれようとしているのでしょうか。
疑問は沢山ありますが、まず私が言いたいのはただ一つ。
「お家まで運んでください」
私は両手を上げ、ダインさんと向かい合います。
「……………………」
長い沈黙の後、ダインさんは背を向けてしゃがみこみました。
私はのそのそと彼の背に這い上がり、首に腕を回します。
……我が儘は言ってみるものですね。
「……なんで、俺が、こんなこと……」
ダインさんはブツブツと不満を漏らしますが、私はどこ吹く風です。
むしろ今までエルフには迷惑を掛けられたので、少しづつ復讐していきますよ。
「…………くそ……」
歩き出して一分というところでしょうか。
意外と整備されている道をダインさんに運ばれるまま進むと、木組みの小さな家が見えてきました。
あれがダインさんの言う魔女の家なのでしょう。
「意外とちゃんとしていますね」
「生活するために必要なものは全て揃えてある」
「本当に大丈夫ですか?」
「……むしろ、どうしてそこまで警戒する」
「初見殺しの罠とか、サイコ気質な女の子が住んでいるとか。命からがら脱出したのに、最後は父親に撃たれるバッドエンドとかないかなって……」
「……意味がわからん」
「…………なんでもありません」
見た感じそのような雰囲気はありません、警戒しても無駄でしょう。
でも、魔女が住む家ってだけで警戒してしまうのは、仕方のないことですよね。
「内装は、意外と生活感がありますね」
「少し前までは生活していたからな」
「魔女が、ですか?」
「……そうだ」
「ちなみに、その魔女さんはどこにいるのです?」
「…………知らなくてもいいことだ」
ダインさんの表情が一瞬だけ曇りました。
私が知らなくてもいいこと。ですか。
それはおそらく、私に話したくないことなのでしょう。
もしくは私が聞いたら問題があること……。
「まぁ、いいです」
先代の魔女がどこに居ようと、今はどうでも良いです。
「では、俺はもう行く」
「はい。ご苦労様でしたー」
玄関にどさっと食材を置き、ダインさんはさっさと空間の向こう側に消えて行ってしまいました。
「さてと……」
これから一ヶ月、私はこの家で過ごすことになるようです。
「…………え、なにその天国」
一ヶ月もここで誰にも邪魔されずに眠り続けられるのですか?
これほど待ち望んでいたエデンが、こうも簡単に舞い込んできて良いのですか!?
「やっふーい」
私がまず最初に向かったのは、ベッドです。
魔王城にある私のベッドちゃんと同等……とまでは流石にいきませんが、それなりに良い材質です。
「はぁーーーー癒されますぅ……」
このまま眠ってしまいましょう。
誰にも怒られることはないのです。
あの毎日うるさかったミリアさんも、ここには来れません。
面倒な仕事を押し付けてくるヴィエラさんもいません。
「……あ、食材が置きっぱなしですね」
流石に冷蔵庫に運んでおかなければ腐ってしまうでしょう。
……でも、もうベッドに横になってしまったら、そこから動くのも一苦労です。
「ウンディーネ〜、代わりに運んでおいてください〜…………ウンディーネ〜?」
返事は来ません。
「…………ああ、そうでした……」
ウンディーネはあっちに置いてきたのでしたね。
彼女は私を心配していましたが、あっちはあっちで問題ないでしょうか。無理をしていないでしょうか。……ちょっと、心配ですね。
「はぁ……ったく、運びますか」
私は仕方ないと諦め、ベッドから降ります。
別々に運ぶのは面倒なので、風で包み込んで一気に冷蔵庫──ではなく、『収納魔法』の中に放り投げました。これで賞味期限とか考えないで済みます。特にお肉はすぐに腐ってしまいますからね。
「とにかく、やっとベッドちゃん三号とイチャイチャできますー」
私は寝室に戻り、ベッドにダイブ。もぞもぞと布団に潜り込みました。
「はふぅ……」
眠気はすぐにやって来ます。
特に疲れたわけではありませんが、ベッドの呪縛に拘束された私は、もうそこから動けません。
…………時間はたっぷりあるのです。
情報収集は、明日から頑張りましょう。
スヤァ……。
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