しばしの別れです

「はぁ〜。馬鹿みたいにでっかい木ですねぇ」


 エルフの里が中心にしているのは、それはそれは巨大な木でした。

 その巨木の名は『世界樹』というらしく、エルフ達にとっての御神木のようなものみたいです。ファンタジーマニアなら、鼻息を荒くさせて興奮するくらいの、有名な木ですね。


 …………でも、どうしてかその世界樹は半分以上が枯れ果てていました。


 それらの周りにはエルフが集まり、お祈りを捧げています。彼らの表情は暗く、皆口々に「救いを」だとか「世界樹の加護を」とか……まるでこの世の終わりみたいな雰囲気ですね。


 私が知っている世界樹は、神に近い存在として崇められ、何事があっても干渉されない、エルフにとっての絶対な存在でした。でも、実際に世界樹は枯れている。




 なんか、嫌な予感がしますが、まさか……ね。



「こっちだ」


 と、私が世界樹を見ているのを横目に、ダインさんはさっさと歩いて行ってしまいます。


 ……あのような空気の読めない男が、女から嫌われるんですよ。

 世の中の男性はよく覚えておいた方がいいですよ。絶対に。


「はぁ……」


 私は溜め息をつきながら、ダインさんの背中を追いかけます。

 心底面倒ですが、エルフの里に来てしまったのだから、今は彼に従っておいた方が身のためでしょう。


 それに周りの目がうるさかったので、それらから逃げたいという思いもありました。


 やはり外から誰かが来るのは珍しいのでしょう。それが同種族のエルフだとしても、ずっとここで暮らしているエルフは、私のことを奇異な視線で見つめて来ました。


 でも、すぐ近くにいるのがダインさんだとわかると、その視線が少しだけ和らぐのです。

 …………いや、和らぐ。というのは少し違うのでしょうか? どちらかというと視線を逸らされている感じですかね。


 ダインさん、もしかして嫌われています? ざまぁ?



「…………なんだ」


 私の視線を察知したのでしょう。

 無表情に、でもどこか不機嫌そうに振り向かれました。


「いいえ、なんでもありませんよー」


 ここで正直に話したら面倒なことになりそうなので、微笑み、適当にはぐらかします。

 するとダインさんは「ふんっ」と鼻を鳴らして再び歩き出しました。


「…………ここだ」






「は?」





 案内された場所は、里から少し離れた茂みの中。


「……あれ、ですか?」


 私は指差し、疑問を口にします。


 そこにあったのは、空中に浮遊する湾曲した空間でした。

 ゲームで例えるのなら、『ワープポータル』でしょうか。入ったら別の場所に飛ばされそうな雰囲気が、その空間から感じられます。結界を生成していた歪な魔力とは別物ですが、特殊な魔法であることには変わりありません。


「あの先に、魔女の住処がある。リーフィア・ウィンドには、準備が整うまでそこで待っていてもらう」


 ──って、本当にワープポータルでしたか。


「ちなみに行き来することは?」


「出来ない。この術を操れるのは俺だけだ」


「つまり私は、今から隔離されるということですね」


「…………」


 ダインさんは無言でした。

 でも、それが何よりの答えです。


「危険はない。ただ広いだけの森が広がっている。好きに使うがいい」


「はぁ、そうですか」


「……さ、入れ」


 隔離されるとわかっていて「はいわかりました」で入る人は、果たしているのでしょうか?


 危険は無いと言われても、怪しさ満点です。

 エルフの言うことなので、怪しさポイント倍増です。


 ……でもまぁ、ここで立ち竦んでいても何も始まらないので、大人しく従いますか。


「準備はどのくらい掛かりますか?」


「一ヶ月ほどだ」


「長いですね」


「仕方ないだろう。神聖な儀式というのは、そういうものだ」


 神聖な儀式ですか。

 一体何の、とは教えてくれないのですね。


 どうせそんなことだろうと思っていましたが、私に関係があるということは、魔女に関しての儀式なのでしょう。


「……まぁいいです」


 うじうじ考えていても、何もわかりません。だったら流れに乗っておくのが一番効率が良いでしょう。





『ウンディーネ。貴女は念のため、こっちに残ってください』


『本当に大丈夫?』


『エルフにとって重要な役割である魔女に、彼らも危害は加えられないでしょう。だから大丈夫だと思います』


『……わかった。でも、気をつけてね』


『ええ、わかっています』





 念話が途切れると同時に、ウンディーネの魔力が離れるのを感じました。


 それを確認した後、私はワープポータルに近づき、片手を謎の空間に突っ込みました。

 反応は…………普通ですね。向こう側で嫌な空気は感じられません。


「一週間ごとに食料を送る。何が食べたい」


「肉で」


 即答したら、ダインさんは微妙な顔をしました。


「…………エルフはあまり肉を食べない」


「いいえ、肉で」


「…………わかった。肉を多めに送ることにしよう」


 会話が途切れたところで、ダインさんは「さっさと行け」と視線で促しました。




 …………はぁ……行きますか。




「では、一ヶ月後に会いましょう」


 私は躊躇うことをせず、中に入りました。

 空気が一瞬にして切り替わり、目を開くとそこには別空間が広がっていました。


 森なのには変わりありませんが、エルフの里周辺にある森ではありません。

 空気は美味しいままですが、辺りに漂う魔力が異常に濃いです。ここまで濃厚だと魔物が湧いていてもおかしくないのですが、不思議と魔物の反応は一切感じられません。


「…………まるで創られた。そんな雰囲気ですね」


 魔物だけではなく他の生命体の反応すらないのは、はっきり言って不気味でした。


「でもまぁ、関係ありませんね」


 私は辺りを見回します。

 ダインさんは魔女の住処があると言っていましたが、それらしきものは見当たりません。


 ……もう少し歩けば辿り着けるのでしょうか?




「…………ふむ」


 私は『アイテムボックス』から布団を取り出し、地面に敷きました。


 ……え? 家に行かないのかって?

 いやいや、歩くの面倒ですってば。


「……んしょ、っと……」


 私は体の汚れを『浄化』してから、布団に潜りました。

 一週間後に食料が送られてくる。でしたっけ? それまではゆっくりと眠ることにしましょう。



「では、おやすみなさい」



 瞼を閉じた私の意識は、一瞬で夢の中へと落ちていくのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る