交渉です

 私の予想した通り、『エルフの秘術』である結界は、エルフ族のみを通す仕様だったらしく、派手に暴れて道順を探っていると、いつの間にか私は見知らぬ場所に転移させられていました。


 相変わらずの森の中でしたが……何て言うんでしょう、空気が違うんですかね。とにかく、私が暴れていた森とは別の場所だという確信はありました。


 きっと、ここがエルフの本拠地なのでしょう。


 私がこうして侵入してから、周囲の木々がざわめき出したように思えます。多分、監視役のエルフが私の侵入を知り、ダインさん辺りに報告しているのでしょう。



 それと、妙に監視されている気配もします。


「さて、と」


 私はそれらを一切気にせず、とりあえず森の中を歩くことにしました。


 ……流石に、こんな敵地で眠るようなことはしませんよ。


 …………ああ、でも、ここって結構良い空気なんですよね。エルフ以外は侵入不可能だから、魔力が安定しているのでしょうか。とても居心地が良いです。


 ……………………そう考えていたら、なんか、まぶたが重くなって、




『リーフィア……!』


「──っ、と、ええ、大丈夫です」


 急に眠くなってしまい、おもむろに布団を取り出したところで、姿を隠しているウンディーネから注意が飛んできました。


 い、いやだなぁ……そんな、寝るわけないじゃないですか。


『…………もうっ、ちゃんとしてね?』


「はいはい、わかりましたよ……っと……」



 前方から、複数の反応がこちらに向かって近づいて来ます。


 その中には見知った魔力反応が──これはダインさんの魔力です。

 森に侵入してまだ4、5分と言ったところなのですが、流石はここを支配しているだけあって行動が早いですね。


 私は一瞬にして囲まれました。

 木の上に潜んでいる影は、合計10人。どれもが弓をつがえているようで、殺気が凄まじいです。







 そして──







「なぜ、ここに居る」


 少し遅れてダインさんが姿を現しました。


 相変わらずの無表情。なんか懐かしいとさえ思ってしまいますね。……まぁ、できれば二度とその顔を拝みたくなかったんですけど、ここまで来てしまったらもう仕方ありません。



「どうもこんにちは、ダインさん」


 私は優雅にお辞儀をしてみせました。

 強者の威風を纏い、薄い笑みをこの顔に貼り付けます。


「……なぜ、ここに居るのだと聞いている」


「交渉に来てあげました」


「交渉だと?」


「ええ。魔王軍はエルフ族を『敵』として定めました。命乞いしますか?」


「…………奴らでは、我らエルフに手出しはできない」


「あら、私も魔王軍幹部です。……そして今、こうして侵入成功しているわけですが、そこはどうお考えで?」


「………………」


 ダインさんは黙ってしまいました。

 それはそうです。エルフが今まで傲慢にいれたのは、結界があるおかげで誰もエルフに手出しできなかったから。それが今、私の手によって覆されました。


 そして魔王軍はエルフを敵と認識した。

 私が今ここで暴れれば、誰も私を止めることはできません。


「ですが、流石にエルフ全てを相手にするのは面倒です。だからと言って魔王軍の兵力を投下すれば、こちらも無害では済まないでしょう」




 ──なので、交渉です。




「あなた方の望む魔女になってあげます。だから今後一切、魔王軍に手を出さない。魔族領に足を踏み入れないと誓ってください」


「もし、破ったら」


「命を捨てたいのであれば、どうぞお好きに」


「…………わかった。その条件、受け入れよう」


 ダインさんの言葉に、周囲に潜むエルフが微かに動きました。まさか私からの言葉を受け入れるとは思っていなかったのでしょう。私への殺気が、若干濃くなりました。


「本当に、貴様は魔女になるというのだな?」


「ええ、あなた方が本当に約束を守ってくださるのであれば……ですがね」


 そんなことをせず、この場で一方的に蹂躙したほうが圧倒的に早いですし、私も帰りやすくなります。それは私だって理解していますし、ちょっと面倒ですが、それが一番効率が良いです。ちょっと面倒ですが。



 でも、わざわざ遠回りな手段を選ぶのは、理由があります。



 私達はまだ、『エルフの秘術』をほとんど知りません。


 認めるのは癪ですが、エルフの結界は素晴らしいと思います。我ら魔王軍が手に入れることができたら、とても楽になるでしょう。


 幸か不幸か、私は『魔女』です。そして魔女が結界を維持していることは、ほぼ確実です。



 今回の計画は、エルフの秘術を調べる絶好の機会。

 魔女として色々知る合間に、秘術のことも調べれば、魔王軍にとっての利益は凄まじいものになる。そう考えた私は、このような回りくどい手段に出たというわけです。




 …………素直に一生ここで魔女として過ごすと思いましたか?


 残念、そんなの願い下げです。こんなクソつまらない連中と一緒に過ごすとか、面白くなさすぎて、いつか自殺してしまうかもしれませんね。


 ちなみにこの『エルフの秘術を盗んでやろう大作戦』は、誰にも話していません。それはアカネさんも、ヴィエラさんも同じです。なので彼女達は、私が馬鹿正直にエルフと大喧嘩してくると思っているでしょう。


 ふっふっふっ、帰ったら「エルフの秘術を手に入れて来ましたよ」とドヤ顔で言ってやるんです。そしてその功績を讃え、一生分の休暇を手に入れてやります。




 …………あれ。よくよく考えたら、結界の維持で休むことできないんじゃ────い、いいやっ、今は細かいことは考えないようにしましょう。うん、考えるのは後です。まずは潜入調査が第一ですよね。





 ──こいついっつもスパイやってんな。

 というツッコミは現在受け付けていないので、もし言ってきたら『一日一回はタンスの角に小指をぶつける呪い』を掛けてやります。…………そんな呪いありませんけど。



「里に案内する。大人しくついてこい」


 ダインさんは静かに告げ、森の中を歩いて行きます。私もそれに従い、私の後ろにはエルフが今も弓に手を掛けた状態で警戒中…………ほぼ連行に近い形で、私は里に案内されました。



 ──さて、まずは第一目標達成ですね。


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