道中でのこと

 アカネさんから教えていただいたエルフの本拠地──があるであろう森は、思った以上に魔族領から離れていました。


 こんな距離を、エルフは毎日のように来ていたのかと思えば、次から彼らには「ご苦労様です」と言ってあげたいような気持ちになります。次があるかどうかは、わかりませんけれど。




 ──にしても、




「風が気持ちいいですねぇ……」


 私はその道のりを、一歩も動かずに移動していました。

 はい、私は現在、宝物庫から頂いた『魔法の絨毯』で移動中です。


 思った以上にこれが良い物で、驚きました。

 馬車以上の速度というのは本当で、景色が次々と移り変わって行くのを見ていると、前世にあった電車みたいで、少し懐かしくなります。


 ……いえ、どちらかというと新幹線でしょうか。

 すっごく速くて、音も振動も皆無。だって飛んでいるんですもの。


 でも、一つだけ魔法の絨毯には欠点がありました。

 この絨毯は、一度行った場所であれば、脳裏に思い浮かべるだけで自動的にそこへ行ってくれます。逆に一度も言ったことがない場所には、絨毯は自動で運転してくれないらしく、私が操作しなければなりません。


 エルフの里までバッチリ寝ておこうかと思っていた計画が、すぐに崩壊したのは残念でしたが…………移り行く景色や、心地の良い風を好みで感じるのは、案外悪くありません。



『気持ちいいねぇ……』


 ウンディーネも同じ気持ちだったのか、気持ち良さそうに目を細めています。


 今から敵地に乗り込むというのに、呑気すぎる?

 ……ヴィエラさんが居たら、絶対にそのような言葉を言っていたでしょうね。でも、絨毯に乗っているのは私とウンディーネの二人だけです。


 それに──私達らしいでしょう?


 まだエルフの森からは離れていますし、今から緊張していたら精神が保ちません。だったら、今の内に英気を養っておくのも、一つの手なのですよ。


 まぁ、ただ眠いだけとも言うのですが……。


『……もう、魔王城、見えなくなっちゃったね』


「ええ、そうですね」


 城を出てから、どのくらいが経ったでしょう。

 一時間はまだだとしても、數十分は経過しているでしょう。


 その程度ならば、馬車移動ならばまだ魔族領を出ていないのですが、私達はすでに魔族領を出ています。絨毯の凄さがわかりますね。


『ミリアちゃん、心配してないかなぁ』


「私としては、アカネさん達が心配ですね」


『え、何で……?』


「だって、ミリアさんをお世話するんですよ。しかも、私が居ないと知った魔王を……。きっととても荒れているはずです。それに加えて元から我が儘な彼女の面倒を見るなんて、想像しただけで胃に穴が空きそうになりますね」


 ──余もエルフどものところに行く! 戦争だ!


 と、そう言って暴れるミリアさんの姿が容易に想像できますね。流石にそれは常識人達、ヴィエラさんとアカネさんが止めてくれるでしょうけど、あの人は何度言っても聞かないところがあります。なので、お世話するのはかなり骨が折れるでしょう。




 帰った時、そのことも含めて小言を言われそうですね。



「ああ、なんか、無性に帰りたくなくなってきた」


『ダメだよ。絶対に帰るって、約束したんだから』


 ウンディーネはやる気です。というか、殺る気です。


 普段は温厚な彼女がここまで怒るのは、私が関わっているからでしょう。もしかしたらすでに何か仕掛けているかも……?


 …………これは深く考えないようにしましょう。


「当たり前です。ちゃんと帰りますよ、絶対に」


 そうでなければ、ミリアさんは私を探すため、世界中を回るでしょう。そうなれば魔王軍兵士の消費が心配になります。彼らのために、絶対に帰らなければなりません。


 まぁ、私も意外とあの場所を気に入っています。

 今すぐにでも帰りたい気持ちはありますが、その前にエルフと決着を付けなければ、何度も睡眠を邪魔されることになってしまいます。だから、私が休むのは全てを終わらせてからです。


『でもリーフィア。森に行って、どうするの? アカネの話じゃあ、部外者は絶対に入り込めない結界があるんでしょう?』


「そこは問題ありません」


 私には考えがあります。


 エルフの本拠地に入るには承認が必要らしいですが、その条件は『エルフであること』だと思います。そうでなければ、森を出て入るたびに承認待ちをしなければなりません。そんな非効率的なことは、流石のエルフもしないでしょう。


 最大の難所である、正規の道順ですが、それも問題ありません。私は魔力の流れを誰よりも正確に視認できます。

 アカネさんは言いました。「歪の魔力を感じた」と。それは結界を形成する魔力に違いありません。一度森を破壊して、その修復の時に感じた魔力を辿れば、正規の道順を辿れると思います。


 …………それでもダメだったら、最終手段を使うしかありませんね。



 と、そうしている間にエルフの本拠地が近づいてきました。流石魔法の絨毯。着くのが早いですね。


「ウンディーネ。最後に確認だけをしておきましょう」


『うんっ!』


「あなたは、私の合図があるまで身を隠していてください。でも、絶対に私から離れないように」


『わかった!』


「おそらく、私はどこかに隔離されます。私は魔女ですが、同時にエルフ達の最大の敵です。そんな人物を自由にするようなことはしないでしょう。その間、ウンディーネは事前に言った通り、行動をお願いします」


『リーフィアのためなら、何だって頑張る!』


「ありがとうございます。ですが、無理だけはしないでくださいね。ウンディーネがエルフ如きに遅れを取るとは思いませんが、絶対に無いと舐めていると、痛い目にあうかもしれません」


 エルフは精霊との繋がりも大きいと聞きます。そんな彼らが、精霊をどうにかする術を持っている可能性だってあるのです。だから絶対は無い。そう考えての行動を第一とするよう、何度も言い聞かせます。


「私の予想が外れる時もあります。ですが、その場合は──」


 魔法の絨毯の勢いが弱まりました。

 前方を見ると、巨大な森が広がっています。


 ウンディーネが居た『ヴィジルの樹海』よりも広く、そして、なるほどアカネさんが言っていた通り、森の存在自体が歪ですね。とても精密に隠されていますが、私にはその魔力が視えています。



「ウンディーネ。作戦開始です」


『うんっ!』


 私達は絨毯から飛び降り、森に入ります。


『リーフィア……』


 ウンディーネは私の手をぎゅっと握りしめ、言いました。



『絶対、帰ろうね!』



 ────ええ、約束です。



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