エルフの苦難
俺はダイン。
エルフの管理者だ。
我が種族の繁栄と、自然との共存。それら全て俺に一任されており、エルフを導く存在だ。
……だが、最近になって、エルフは『災厄の時』を味わうようになっている。
エルフにとっての母身体とも言える『世界樹』の大半が枯れ果て、木の実や水といった恵みの収穫量が激減している。
徐々にそうなっていったわけではなく、ある日を境に、急激に取れなくなったのだ。
その『ある日』とは、人間とエルフが協力して魔王軍幹部の二人を襲撃した日だ。
その計画自体は失敗に終わったと聞いた。報告によれば『片方は精霊のようなものが邪魔をし、もう片方は正体不明。あっという間に、その場に居た全ての兵士が意識を刈り取られたため、姿を確認した者はいない』らしい。
魔王軍にそこまでの実力者はいない。人間の国はそのような考えを持っていたらしいが、俺はその『邪魔者』について予想が付いていた。
魔王軍に手助けをし、精霊を従える者。
それは我らが魔女、リーフィア・ウィンドなのだろう。
そして、その襲撃を邪魔されたその日に──世界樹は枯れた。
我らエルフにとって、世界樹は命以上に大切な存在なのだ。母身体というのは決して過言ではなく、我らエルフを作り出したのは『世界樹』だと伝えられている。
その世界樹が、枯れた。
俺を含むエルフ族が狼狽したのは、言うまでもない。一体何が起こったと我らの里は一時期、大混乱に陥った。
この事態を引き起こしたのは、おそらくリーフィア・ウィンドの契約精霊、ウンディーネなのだろう。ウンディーネという精霊は、世界が創り出された際に生み出された三体の『原初の精霊』、その内の一体とされており、我らエルフの中には、ウンディーネを崇めている者だって居た。
ウンディーネはこの世の『水』を管理する者であり、その気になれば世界を枯らすことも、水で埋め尽くすことも、一瞬で可能にしてしまう。
そんな原初の精霊が、我らエルフに牙を向けた。
『原初の精霊ウンディーネが宣言する。リーフィアにこれ以上の害を加えれば……うちはあなた達を許さない』
あの森で聞いた言葉。
正直、俺は信じられなかった。
何千年も人と関わりを持たなかった原初の精霊が、たった一人の女と契約していたのだ。あの脅しの言葉だって、原初の精霊を無礼に名乗った、愚かな下級精霊の言葉だと思った。
しかし、実際に『世界樹』は枯れた。
世界樹は何者にも干渉されないとされていた。傷つけることは叶わず、決して枯れることはない。
……ただ、一つだけの例外を除いて。
それよりも上位の立場にある存在『原初の精霊』のみが、世界樹に干渉することができる。
今回、世界樹は枯れた。発火するのではなく、世界樹を中心に暴風が吹き荒れるのではなく、急に枯れたのだ。しかも、一部ではなく半分以上が。
水の最高位精霊ウンディーネが干渉したというのは、誰が見てもわかることだった。つまり、あの時の精霊と言葉は、ウンディーネ本人からの警告だったということになる。
我らの里にも、水の精霊は何体か存在している。彼女らが居なければ水は清く保たれず、自然に水が湧き出すことはない。
だが、彼女達は精霊樹が枯れたその日、我らエルフに向かって宣言したのだ。
『怒った。怒った』
『ウンディーネが、怒った』
『私たちの女王が、敵って言った』
『これ以上何かするなら、もう協力しないって』
『これ以上邪魔するなら、エルフには今後一切の協力をしないって』
『これが最後の最後』
『エルフに残された、最後のチャンス』
『ウンディーネが協力しないなら、私たちも協力しない』
『だって──』
『『『『『『原初からの命令だから』』』』』』
エルフは世界樹が枯れたこと以上に、混乱した。嘆く者、狼狽する者、許しを請う者、現実を受け止められず気絶する者。反応は様々だった。
原初の精霊が顕にした『敵対行動』は、世界からの追放でもある。
それが、我らエルフに向けられたのだ。
俺はすぐさま、人間との協力関係を取り消した。
奴らと関わったら、我らエルフが滅ぶ。
聞けば、人間の国も水の精霊が最終通達をしたらしく、それを告げられた各地の神官が発狂し、過去最悪の食糧難に陥っているとか。戦争などのいざこざも起きているとの情報も上がっている。
しかし、人間のことなど、どうでもいい。
考えるべきは、我らエルフ族の将来。
──リーフィア・ウィンドに危害を加えない。
それが我らエルフが生き残るための、唯一の手段だ。
だが、それは難しい。無理だと言ってもいい。
なぜなら、彼女は『魔女』に選ばれてしまった。
その役目が終わるまで、新しい『魔女』は決して現れない。
魔女の代替わりは、必須。
結界の維持も、そろそろ急がなければ危険な状態になっている。
最近、何者かが我らの里に近づいたとの報告があった。それは結界にほつれが生じている証拠でもある。本来ならば結界の存在を悟られることも、近づかれることもない。あり得ない。
だが、結界の更新には『魔女』の存在が必須となる。
リーフィア・ウィンドに関わると、エルフは滅びる。
リーフィア・ウィンドを諦めたら、エルフは滅びる。
──その境地に、エルフは立たされている。
どうすればいい。
どちらを選択しても、エルフは滅びる。
だが、エルフを破滅させるわけにはいかない。
どうにかして打開策を────
「──ダイン様、失礼します!」
頭を抱えていたその時、慌てた様子の部下が部屋に入り込んできた。
「リーフィア・ウィンドが結界内に侵入しました!」
それは破滅の序章か、それは救いの手か。
今一番欲しくて、今一番会いたくない人物が、我らの森に侵入したとの報告だった。
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