すぐ近くにいました
古谷さんと別れて、一週間が経ちました。
あの事件があるまでは、常に忙しそうに動き回っていたディアスさんとアカネさんでしたが、最近は常に魔王城で大人しくしています。
また外に出て襲撃されたら、堪りませんからね。
幸い、遠出していたのは、直接話した方が手っ取り早いという理由だったので、少し効率が悪くなりますが、手紙のやり取りだけでどうにかなるらしいです。
いくら効率が良いとはいえ、味方を危険に晒すような真似は出来ませんよね……。
ですが、こうして私達が手を拱いている間、相手は好き勝手に動くことが出来ます。完全な後出しとなってしまっている状況は苦しいものがありますが、思った以上にヴィエラさんは落ち着いています。
むしろ、日に日に書類の数が減っているように見えるのは、私の気のせいでしょうか?
「──さて、今日の仕事はこれで終わりです。お疲れ様でしたミリア様」
「うむっ! 今日も頑張ったぞ!」
「……え、もう終わったんですか?」
今はまだお昼をちょっと過ぎた時間です。
いつもは夕方ギリギリまで掛かっていたというのに、調子がよかったという理由でも早過ぎます。
「実はね……最近、全く問題が起きていないんだよ」
「は?」
私の反応を予想していたのでしょう。ヴィエラさんは困ったように苦笑しました。
「えっと……問題は起きていないって、問題起きまくっている気がするのですが?」
ボルゴース王国を滅ぼしたことで、各国から警戒されている。それに加えてエルフの敵対。
正直、魔王軍はかなり危険な位置に立っていると言っても過言ではありません。
「それは、そうなんだけどね……」
魔王軍の『頭脳』であるはずのヴィエラさんが、それを理解していないわけではありません。……となれば、何か理由があるのでしょう。
「いったい、何があったというのです?」
「いや、実はこっちも理解していないんだ」
「……?」
「急に人間側の動きが見られなくなったんだ。もちろん、エルフもね」
それはどうして……って、原因を理解していないんでしたね。
──人間とエルフの動きがない。
攻め込むには今が一番好機だと思うのですが、本当にどうしたんでしょう?
ディアスさんとアカネさんのお二人の襲撃を失敗したから、少し慎重になっているのでしょうか? ……でも、今までそれとなく失敗してきたくせに、急に大人しくなるとは思いません。まぁ実際、大人しくなっているわけですが。
「……考えれば考えるほど、おかしいですね」
「そうなんだよ。でも、対処することも出来ない」
「完全な後出しですか……。なんか、歯痒いですね」
これが嵐の前の静けさというものなのか、あちら側で何か問題が起こっているのか。嬉しいのは後者ですが、どうしても最悪な可能性を考えてしまいますね。
「人間側の調査とかは?」
「今向かわせているけれど、あまり期待は出来ないね。動きはないけれど、その分あちら側の警備は凄まじい。何回か使いを送り込んでいるけれど、部外者を徹底的に入れないようにしているようだ」
「そこは慎重なのですね」
……いや、慎重すぎるのでしょう。
部外者を問答無用で入国させないようにしているなんて、鎖国ではないですか。それなりの問題が起きていなければ、そうはならないはずなのですが……入国できないのだから、調べることも不可能ですよね。
「ふーむ、気になりますねぇ」
「今のところ、魔族領に人間やエルフが入ったという報告は受けていない。こちらもより一層警備を強化する以外、何も出来ない」
「ですねぇ……きになるのは仕方ないところですが、何も出来ない以上、新たな知らせを待つのみです」
神妙に頷きながら、私は横に座るウンディーネの体を抱き寄せ──
『──(ビクゥッ!?)』
…………ん?
「ウンディーネ?」
『な、何もしていないよ!?』
「……いえ、まだ何も言っていないのですが、ウンディーネ?」
『…………な、なんで、すか?』
「どうして敬語なのですか? ねぇウンディーネ?」
『…………』
私はウンディーネの頬を掴み、強制的に視線を合わせます。
「あなた、何しました?」
サッと視線を逸らされました。
わざわざ体を水に変換してまで、私の眼差しから逃げるのは彼女らしくありません。
──これ、確実に何かやってんな。
私はそう確信しました。
何かがあると察したヴィエラさんも、ウンディーネから視線を外しません。
……ミリアさんは…………いつの間にか私のベッドに移動していて、すでに眠っていました。もう彼女は居ないものと考えます。
「ウンディーネ。怒らないから言ってみなさい?」
『……本当に、怒らない?』
「ええ、怒りませんよ」
ここにディアスさんが居た場合、「いやそれ怒るやつ」と言っていたでしょう。
……ですが、私がウンディーネに怒ることは絶対にないと言えます。
もう怒らないと、そう決めましたから。
『えっとね、あの……』
ウンディーネは私が怒らないと信じてくれたのか、少し躊躇いながらも口を開いてくれます。
『あの人達、約束、守らなかったから……』
「約束?」
『……ぅん……リーフィアに、害を加えないって、約束』
「──あ、」
そこまで言われて、私はようやく理解しました。
彼らはウンディーネに釘を刺されたにも関わらず、私達にちょっかいを掛けてきました。
それは、ディアスさんとアカネさんの襲撃のことなのでしょう。
確かにあの件によって私は色々と苦労しました。挙句にはウンディーネにまで動いてもらいました。
我ら魔王軍はあの時、かなりの危機に陥ったと言えるでしょう。
『約束、破った。だから、うちの眷属に命じて、あの人達に罰を与えさせた』
「…………もしかして、水の配給を停止しちゃいました?」
その問いに、ウンディーネは首を横に振りました。
『まだ直接的な害は与えていない。だから水の質を悪くして、通常の半分以上を枯らしただけ』
いや、それかなーり厳しい罰だと思うのですが?
『でも、これは警告』
ウンディーネは、勝手に動いたことを申し訳なさそうに、しかい最上位精霊の威厳を持って言葉を発します。
『これ以上手を出すなら、うちらは容赦はしない。たとえ滅んだとしても自業自得』
「それで、警告なのですね」
『…………怒った?』
ウンディーネは泣きそうになっていました。
やはり、不安なのでしょう。
「怒りませんよ。私のためを思ってやってくれたことを、どうして怒るのですか?」
ええ、怒ることはありません。
これで人間側の動きがなくなって、大人しくなるのは嬉しいことです。
ヴィエラさんもそのことには感謝しているみたいですし、むしろ良くやったと褒めてあげてもいいでしょう。
でも、でもねウンディーネ。
一つだけ言わせてほしいんです。
──犯人お前かい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます