目標と覚悟を胸に抱き

 古谷さんの見送りは二日後の朝となりました。


 パーティーの翌日では疲れも取れていないだろうということで、一日の休みが設けられたようです。


 ……まぁ、使用人や兵士に睨まれながら十分に休めるかと言われたら、なんとも言えませんね。流石の古谷さんも居心地が悪そうにしていましたが、休めたらしいので問題はないでしょう。




 そして別れの日となり、私達は魔王城の正門前でお見送りとなりました。

 大勢でお見送りするのでは目立つので、外に出ているのはミリアさんとその配下四人。つまり、いつものメンバーです。


「ではな、勇者古谷。貴殿の旅の無事を祈っているぞ」


「うん。何から何までありがとう。ミリアさんもお元気で」


 お互いに敵同士なのに、互いの無事を祈るって変ですよね。

 ……まぁ、ここでそれを言うのは無粋というものでしょう。


 古谷さんはミリアさん、ヴィエラさん、アカネさん、ディアスさんと順番に短い別れを交わし、そして最後に私の前に立ちました。


「リーフィアさん。何もかも、本当にありがとう」


「それは私の台詞でもありますよ。ディアスさんを助けてくれたのですから、感謝します」


「……いや、正直、俺はまだ力不足だった。あのままリーフィアさんが来なかったら、みんなでやられていただろう。だから、リーフィアさんは俺の命の恩人なんだ」


「となれば、私はあなたの命を二回も助けたわけですね」


「うっ……そ、そうだね」


 ボルゴース王国で一回。

 あれは私の気まぐれで生かしましたが、今回は別です。


「…………リーフィアさん。少しだけ、いいかな」


「はい? 別に構いませんが、なんです?」


 古谷さんは視線を彷徨わせて、それから私を真っ直ぐに見つめました。彼が何を言いだそうとしているのかわからなかった私は、次に口が開かれるのを静かに待ちます。


「……やっぱり、リーフィアさんの目は綺麗だ」


「急になんです?」


 一瞬、頭がトチ狂ったのかを思いましたが、彼はどこまでも真っ直ぐに私を見ていました。それだけで彼が適当にその言葉を言ったのではないと、人の心に疎い私でも理解しました。


「リーフィアさんの曇りのない瞳が、俺は好きだ。どんな時も迷いはなくて、どんな時も貴女自身の考えを貫く。俺はそれに憧れて、羨ましくて、俺もリーフィアさんみたいになりたいと思ったんだ」


 私みたいになりたい、ですか……。

 それは色々と問題がある気がするのでやめた方がいいと思いますけどね。


 だって私、普通なら嫌われているくらい面倒な性格していますから。むしろどうして嫌われていないのか不思議なくらいです。実際、兵士の方々には嫌われているみたいですし。


「あの時、リーフィアさんは言ったね。『くだらない』って……俺が勇者としての選択に悩んでいた時、勇者としてではなく、俺だけを見て考えてくれた」


 そういえば、そんなことも言いましたね。


 男のくせにウジウジ悩んでて、自分のことは考えず『勇者』という勝手に押し付けられて苦しんでいる古谷さんにイライラしていました。

 だからついキツく言ってしまったのですが、思った以上に私の言葉が彼に突き刺さっていたようで驚きました。


「リーフィアさん。正直に答えてくれますか?」


 古谷さんの雰囲気が変わりました。

 年相応の青年ではなく、いくつもの場数を乗り越えてきた青年。


 彼とは長い付き合いとは言いませんが、それでもそれなりに彼とは話していたと思います。そんな私でも、いまの彼の雰囲気は知らなかった。


 私の驚きは古谷さんにも伝わったのでしょう。彼はニコリと微笑み、しかしすぐに真剣な表情へと変わりました。


「俺は貴女のようになりたかった。どこまでも真っ直ぐで、わがままで……自分勝手だ。でもそれが本当に羨ましい。だから俺は、君に憧れています」


 ──リーフィアさん。と、古谷さんはその場で膝を折り、私を見上げます。


「俺は、貴女のように強くなれていますか?」


 きっと、ここでふざけてはいけない。

 ……ったく、シリアスは嫌いだと言っているのに、どうして私の周りは、こう勝手にシリアスを持ってくるんですかね。


 古谷さんは本気です。

 だったら、私もそれに答えなければいけないではないですか。




「まだまだですね」


 不安げに私を見上げる古谷さんに、ニコリと微笑み、そう言いました。


「古谷さん。貴方はどうしてそのように不安げな顔をされるのです? 自分が強くなったのであれば、もっと胸を張ればいい。自信満々に『俺はここまで強くなったんだぞ。どうだ見直したか』と、言い放つくらいしてもらわなければ、こちらも安心して花丸を付けることはできませんね」


 私の容赦ない言葉に、周囲は「うわぁ……」と引いているようです。

 ですが、ここで気遣った言葉を言ってしまうのは、古谷さんのためになりません。


「私は魔王幹部です。勇者の手助けをすることはできません」


 でも、と私は言葉を続けます。


「アドバイスくらいならしてあげます」


 私はしゃがみ、古谷さんを視線を同じくします。


「貴方が真に胸を張れる男になったら、魔王城にやってきなさい。その時は私が相手してあげます。古谷幸樹として、勇者として合格かどうか、私が試験してあげます」


「難しい課題、だね」


「ええ、難しいです。次は自分の力でここに来るのですから、そりゃあ大変です。でも、目標があった方が、男の子は張り切れるってものでしょう?」


 古谷さんは複雑な表情をしていましたが、憂いは晴れたように表情を柔らかく崩しました。


「俺は誓う。絶対に強くなって、今度こそ胸を張れる男になってみせる。だから──」


 古谷さんはそこで言葉を区切り、私の手を取りました。


「だから、その時は──俺のことを男だって認めてください!」


 急な宣言に私はきょとんとしましたが、その後すぐに出てきたのは含み笑いでした。


「古谷さんがそこまでお願いするのですから、私も本気にならなくちゃ、ですよね」


「──っ、じゃ、じゃあ!」


「ええ、いいですよ。貴方がちゃんと成長して、己の意思で行動できるような人になったら、私は貴方のことを認めてあげましょう」


 ──ですから、私からもお願いです。


「絶対に、私以外に殺されてはいけませんよ」




 古谷さんは旅立ちました。

 新たな目標と覚悟を胸に抱き、一人行ってしまいました。


「いやぁ、勇者古谷が最後にあんなことを言うとはな!」


 彼の姿が完全に見えなくなったところで、ミリアさんが愉快そうに笑いました。ディアスさんはそれに同調して、ガハハと笑います。


「あいつも男ってことだ! それを受けるリーフィアも思い切ったことを言うもんだな!」


「やはり、リーフィアも古谷殿のことをどこかで想っていたのじゃろう。だからって妾達の前で宣言するとは恐れ入ったがな」


「大変なことになったね、リーフィア。どうするんだい? 古谷さんが本当の男になって来たら」


 他の皆さんも面白そうに笑い、唯一ウンディーネだけが不機嫌そうに頬を膨らましていました。


「…………みなさん、何を言っているんです?」


「「「「えっ?」」」」


 そんな彼女達に、私も「あれれ? なんかおかしいぞ?」と思い始めました。


「古谷さんは強くなったかどうかをテストしてほしいだけですよね?」


「「「「えっ……?」」」」


「…………え?」


 予想していなかった反応に、私の方が困惑します。


「あ、あの、リーフィア? 古谷さんの言葉って、どういう風に解釈したのかな?」


「どうって……古谷さんは私と本気で戦いたいだけじゃないんですか? 戦闘はあまり好みませんが、あれだけ本気でお願いされたんです。私も頑張って応えなければいけませんね……!」


 張り切ってそう言うと、これまた微妙な雰囲気が流れました。


 ……え、また間違えました?


「大変だな。古谷も」


 ディアスさんが呟いた言葉に、皆が頷きます……って、ウンディーネまで頷いていますけど、先程までの不機嫌はどこに行きました?


「…………?」


 皆さんの思惑が知れず、私は一人、首を傾げるのでした。

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