仲直りです

「どうやらウンディーネはヴィエラの部屋に居るらしいぞ?」


 アカネさんが黙ったかと思えば、そのような情報が彼女の口から飛び出しました。


 どうしてヴィエラさんの部屋に? というか、いつの間にその情報を? と、色々な疑問は浮かびましたが、ウンディーネの居場所がわかっているならありがたいです。


「じゃが、今行くのはやめておけ」


 それは、私がまだ冷静になっていないから。なのでしょう。

 これでもあの時ほどのパニックにはなっていませんが、やはりまだ考えは纏まっていません。ここはアカネさんの言葉に、大人しく従っておく方が良さそうです。


「そうじゃな……朝ならば、双方落ち着いて話せるじゃろう」


「いえ、それではダメです」


 急に反応した私の言葉に、アカネさんの眉間に皺が寄ります。


「ほう? ……して、その理由は?」


「私が──起きれません」


「さてはお主、いつも通りじゃな?」


「そんなことありません。ですが、いつもの私ならば朝は夜です」


「また意味のわからんことを……」


 アカネさんは呆れたように息を吐き、額に手を当てますが、これは私に取っては重要なことです。そもそも、私は朝に起きたことなんてありません……この世界では。


「ウンディーネが待てると思うか?」


「…………いいえ」


 私は首を横に振りました。


 今も、彼女の悲しみは私の中に流れ込んでいます。

 あの子は今も泣いている。私に『大嫌い』と言ったことを、とても後悔している。


 んなことはわかっているんですよ。


 あの言葉を、あの子が本気で言ったのではないと、そのくらいは私だって気づきます。


 私が気づけなかったのは……ウンディーネの本心です。


「アカネさん。やはり私は、今からあの子と話したいです」


「……たとえ冷静じゃなくても、か?」


「ええ、今私の中にある本心を彼女にぶつけたい。そう思いました」


 思えば私は、誰かに本気でぶつかろうなんて思っていませんでした。

 何もかもを諦め、どうでもいいと決めつけていた。


 ──だから、今日だけです。


「今日だけ、私は本心を晒します」


 それが良い選択なのか、悪い選択なのか。考えている余裕はありません。


 ただ一つ。この機会を逃したら、きっと私はこのまま誰とも本気で会話出来なくなる。誰よりも私のことを信頼してくれているウンディーネにすら、私は偽りの心で接してしまう。それが嫌だから、私は今すぐあの子に気持ちを伝えたい。


「…………覚悟は決まっているか。ならば」


 アカネさんは席を立ち、私に歩み寄って背中を思い切り叩きました。


「行ってこい。こんなしょうもない喧嘩、さっさと終わらせてしまえ」




          ◆◇◆




 私は魔王城の広場にて、ウンディーネを待っていました。


 あの子には念話でこちらに来るようお願いしてあります。

 もう少しで姿を現わすでしょう。


「……ふぅ」


 こうやって夜に一人佇んでいると、不思議な感覚になります。


 思い返せば、一人で夜空を見上げるなんてあったでしょうか。


 いえ、ありませんね。

 この世界ではほぼ誰かと一緒に行動してましたし、あの世界では一人夜空を見上げている暇があるのなら、仕事を早く終わらせることを優先していましたから。


「寂しい、ですね……」


 一人というものがここまで寂しいとは思っていませんでした。

 ずっと寝てばかりだったので、そういう感情は今まで感じなかったのですが、こうやって何もせずにボーッとしていると、孤独という寂しさをより強く感じる気がします。


 きっと、今もあの世界で生きていたら、このような感情は味わうことはなかったのでしょう。


 本当に孤独な時は何も感じず、仲間に囲まれて初めて孤独を知る。

 ……なんて皮肉でしょうか。


 でも、それを一度知ってしまった私は、もう過去には戻れませんね。


「寂しいと、そう思ってしまったんですもの」


 夜空を見上げていた私は一息。

 ゆっくりと、静かに立ち上がりました。


「来てくれましたか──ウンディーネ」


『リーフィア』


 ウンディーネの名を呼ぶと、彼女は思い詰めたような顔になり、両手をぎゅっと固く結びました。


『リーフィア。あのね──』


「ウンディーネ。まずは私から、いいでしょうか?」


『えっ? う、うん』


 彼女からの許可も得ました。

 私は──私のやりたいようにやらせてもらいましょう。


『え、リーフィア? ちょ、待っ──っ!』


「……急に出て行って、心配したんですからね」


 私は後ずさるウンディーネを無理矢理引っ張り、その体を抱きしめました。

 ……ひんやりとした彼女の体は、夜では少々冷えるものがありますが、そんなの気にしないほど私は強く抱きしめます。


「もう、絶対に離しませんから」


 ウンディーネが部屋を飛び出し、私の手を拒絶したあの時──私は途方もない喪失感を覚えました。

 私の手から離れる彼女に、私はいつの間にか依存していたのです。


「私はウンディーネを信頼しています。誰よりもあなたを大切にしたいと思っています。苦労も、嬉しさも、寂しさも……これからもずっとともに共有していきたい。あなたは私の契約精霊なんですから、主人の許可なく何処かへ行ってしまうなんて、次は絶対に許しませんから」


 だから、と……私は彼女の瞳を見つめました。


 濃い青色の輝きが静かに揺れています。

 そこにはすでに多くの涙が溜め込まれ、今にも決壊してしまいそうでした。


「大嫌いだなんて、そんなこと言わないでください」


『っ、リーフィア! リーフィ……うわぁあああああん! リーフィ、あぁ! ごめ、ごめんっ! ごめんなさい! うち、ひどいこと、言って……ごめんなさい……!』


「ええ、あれは酷いです……でも、私も酷いことを言ってしまったので、おあいこです」


 私は微笑み、彼女の涙を掬います。


「ねぇウンディーネ? 私のお願いを聞いてくれますか?」


『うん、うんっ! 聞く、なんでも聞く。リーフィアのお願いだもん。うちに出来ることなら、なんだって聞くよ!』


「そうですか。それは安心しました」


 ──いいですか? 一度しか言わないので、よく聞いてください。




「私は、あなたと一緒にこの先を歩みたいです」




 ウンディーネは驚愕に目を見開き、手で顔を覆って泣き崩れてしまいました。


「……答えを、いただけるでしょうか?」


『もちろ、ん! うちは、リーフィアが大好きだから……ずっと一緒に居たいって、そう思ってたもん……!』


「では、一緒ですね」


 私はウンディーネに手を差し伸べます。


「帰りましょう。ウンディーネ」


『うんっ……!』


 私達は互いに寄り添うように、広場を後にしました。



 ──今日の私は、とても機嫌が良いです。

 ウンディーネと仲直り出来ただけではなく、固く結ばれることが出来たのですから。


 きっと、もう二度とこの紐が解けることはありません。


 ──私は、とっても機嫌が良いです。

 茂みでコソコソ動いていた四つの影は、特別に見なかったことにしてあげましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る