やはり朝は騒がしいです

「リーフィア! ウンディーネ! 朝だぞ!」


 聞きなれた幼女の声がしたと思ったら、私室の扉が蹴破られ、激しい音を立てて大破しました。


 毎日のように壊される扉に対して、私は何も感じません。

 ただ「ああ、またやりやがったな」と呆れるのみで、私は再び眠りに──


「二度寝するなぁああああああ!!!」


 と、私の腹に大きな衝撃が降ってきました。

 目を開けずともわかるところが、ミリアさんって感じがしますねぇ。


「ウンディーネぇ……私達の邪魔をする奴がいるんですが……」


『……ん……ん、んぅ……』


 この騒動が間近で起こっていても、ウンディーネは静かな寝息を立てていました。

 ミリアさんの襲撃に興味がないのでしょうけれど、馬鹿うるさい中眠り続けられているのは凄いと思います。


 ですが、私が声を掛ければあら不思議。


 彼女は瞼を開き、ゆっくりと体を起こしました。眠そうに目をゴシゴシ擦っている姿は、とても愛らしいですね。


『おはよ、リーフィア』


「はい。おはようございます。それでウンディーネ。私達の睡眠を妨害しようとしている子供がいるのですが、どうしましょうか?」


『……ん〜……原初の精霊ウンディーネがぁ、命ずる……リーフィアの邪魔をぉ、する人には……ふ、ぁぁ……水の裁きを』


「ちょっとリーフィア! お前んところの精霊がめちゃくちゃなこと言っているんだが!?」


「…………すぅ、すぅ……」


「寝 る なぁあああああああ!!!」


 発狂寸前のミリアさんは、私の胸ぐらを掴んで揺らします。


「意外とやばい場面だから! 契約者に眠られたらやばいことになっちゃうから!」


 あ〜、頭がグラグラするぅ……ぐぅ……。


「寝るなと言っているだろう、が!」


 ガラスの割れる音と、不意に感じた浮遊感。


 目を開けると私は──いつの間にか空中に放り出されていました。


「あ〜れ〜、私空飛んでま──ぐふぅ」


 他人事のように大空散歩を楽しんでいたら、窓外にある広場の茂みに頭から落下しました。

 流石にファンタジーといえど、このまま飛べるってことはありませんでしたか。


「…………なに、やってんの?」


 寝起きのせいか動くのも面倒になり、茂みに突き刺さったままでいると、男性の呆れたような声がしました。

 ……声からして古谷さんでしょう。


「犬◯家の陸バージョンをお送りしているところです」


「随分奇妙な趣味? だね」


「趣味ではありません。動くのが面倒なだけです」


「突き刺さっているのに面倒って言うところ、リーフィアさんらしいね……助けようか?」


「お願いします〜」


「ちょっとお腹を触るよ」


「構わん。一思いにやれ」


「……どうして急に偉そうになるのさ。まぁいいや」


 腹の辺りを掴まれ、ズボッと勢いよく引っこ抜かれます。

 そして、彼と目が合いました。


「古谷さん。逆さまになってどうしたんですか?」


「逆さになってるのはリーフィアさんの方だけどね」


「……まぁ、おはようございます」


「あ、うん。おはよう。気分はどうかな?」


「野菜ってこんな感じで引っこ抜かれるんだなぁと、貴重な体験をした気分です」


「……個性的な価値観をしているね」


「褒められても困りますよ」


「褒めたつもりはないんだけどね」


 古谷さんに降ろされ、私は服に付いた木の葉をパッパッと払います。ついでにちょっと汚れてしまったので、『浄化』で身を清めました。


 ……さて、どうやら私は、ミリアさんに放り投げられたようですね。

 三階から落ちたとなるとかなりの高さになるのですが、さすが私の体と言うべきか、全く痛くありませんでした。茂みが衝撃を緩和してくれたというのも大きな理由なのでしょう。


「では、私はこれで。また後で会いましょう」


「え? あ、うん。また後で……」


 私は私室に戻るため、入り口に向かいました。

 古谷さんは広場を散歩していたところらしいので、放置で問題ないでしょう。


 途中何人かの使用人さんとすれ違い、また私自ら動いていることに驚かれてしまいました。「こんな朝早くに」とか「どうせミリア様が何かしたんだろう」とか言われていましたが、返すのも面倒だったので適当に会釈だけして、私は廊下を歩きます。


 ようやく部屋に戻れたかと思ったら、中から騒がしい声が聞こえました。


「またミリア様は部屋を壊して! 何度言ったらわかるんですか!」


「だって──」


「言い訳しない! それより、リーフィアはどこに行ったんですか!」


「ポイしたら意外と飛んで行ったのだ!」


「はぁ!? なんでポイしちゃったんですか!? 魔王が配下をポイしたらダメでしょう!」


 うん、ごもっともですね。


『えっと、あの……うぅ、どうしよう』


 二人を交互に見つめたウンディーネが、ベッドの上でオロオロしていました。

 ヴィエラさんは入り口に背を向け、正座させられているミリアさんは、ヴィエラさんの体が重なっているのでこちらからは見えません。


 …………ちょいちょい。


 ウンディーネにだけ伝わるよう風を引き起こし、こちらを振り向いた彼女に手招きをします。花が咲いたような明るい笑顔を浮かべた彼女は、二人に気付かれないよう静かに浮遊し、私のところに近づいてきました。


 なるべく私の部屋から距離を置き、ようやく口を開きます。


『リーフィア。大丈夫だった?』


「ええ、空中で受け身を取ったので、問題ありませんでした」


 本当は頭から突っ込んだのですが、心配させるのも悪いので適当な嘘をつきます。


「さ、朝ごはんを食べに行きましょう。お腹空いてしまいました」


『うんっ!』


 私達は手を繋ぎ、食堂へ向かいました。


 その後、ムスッとした表情のヴィエラさんと、小脇に抱えられた半泣きのミリアさんが合流し、結局三人で朝食を頂いたのでした。

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