相談と説教と──
夜になり、古谷さんも客室に案内されて眠りについた頃、私はアカネさんを自室に呼んでいました。
「……して、相談とはなんじゃ?」
「ウンディーネのことで相談がありまして……」
「ウンディーネの? ……はて、お主が他人にそのような相談をするとは、珍しいな」
私の背後からぎゅーっとくっ付くウンディーネに視線を向けました。
古谷さんと別れてから、ずっと彼女は私の背中を定位置としています。何やら私の温もりを感じていたいとのことですが、それなら一緒に寝ているから感じているでしょうと思ったんですけど……それではダメらしいです。
「ええ、私も自分でどうにかしようと思っていたのですが、ちょっと困っちゃって」
「十分に仲が良いと見えるが、喧嘩している訳ではなさそうじゃな」
「喧嘩……ではないんですよねぇ」
こうしてずっとくっ付いているのが、その証拠です。
むしろいつも以上に接触しているくらいなので、仲が悪くなったわけではありません。
「なんか、ずっと不機嫌で」
「不機嫌じゃと? それが?」
アカネさんは私達を指差します。
私が振り向くと、ウンディーネは花が咲いたように『ニコッ』と笑いました。
あれれ〜? さっきまでめちゃくちゃ不機嫌だったじゃないですか。どうして急に機嫌が良くなったんでしょう?
「ウンディーネ?」
『ん? なぁに?』
「……いいえ、何でもありません」
ウンディーネの受け答えは、いつも通りでした。
完全に不貞腐れていたあの時とは大違いで、素直に驚きます。
「さっきまで怒っていたんですが、なんか上機嫌になってますね」
「……さっきまでというと……古谷殿と一緒に居たくらいか?」
その瞬間、部屋の中にブリザードが吹き荒れたかと思うくらいの寒さがやってきました。
私が持っていたティーカップの中身が一瞬で凍りつくほどの冷気です。よく見ればアカネさんの髪に霜が降っています──って、アカネさんほぼ凍り付いていませんか!?
「ちょ、ウンディーネ。今すぐそのブリザードをやめてください!」
『…………わかった』
私は慌ててアカネさんに駆け寄り、出来る限りの回復魔法を掛けました。
「…………し、死ぬかと思った……」
ようやく帰ってきたアカネさんは一言、そう口にして体を震わせます。
部屋が暖かくなるよう調整して、新しいお茶を差し出し、どうにか落ち着きを取り戻しました。
「私のウンディーネが粗相してしまい、申し訳ありません。ほらっ、ウンディーネもちゃんと謝りなさい」
『ごめんなさい』
「いや、気にせずとも良い。余計なことを言った妾にも非があるのでな。リーフィアもあまり彼女を怒らないであげてくれ」
アカネさんは笑って許してくれますが、そうは行きません。
下手をすれば大変なことになっていました。ウンディーネは全ての水を操る原初の精霊です。本気を出せば大気中に漂う水分の全て凍てつかせ、先程のようにブリザードを起こすことも可能です。
最悪、彼女の機嫌を損ねてしまえば、エルフに宣言したように全ての水を枯らしてしまうことも、人の体内にある水分を凍らせることも出来るのです。
私は全ての属性に対して完全耐性を持っているので大丈夫でしたが、他の人は違う。
今まで甘やかしてきてばかりでしたが、時には契約者として少しお説教をしてやらなければなりません。
「ねぇウンディーネ? 何があったかは知りませんが、アカネさんは私の仲間なんです。あなたは感情に任せて、私に大切な仲間を殺しかけたんですよ? それ、わかってますか?」
私はウンディーネを引き剥がし、彼女の目を見つめて言葉を並べます。
『うぅ……ごめん、なさぃ……』
「最近のウンディーネはわがままです。人の話を聞かず、ずっと不機嫌で。お客様である古谷さんにまで冷たく当たって。今日のウンディーネはおかしいです」
「リーフィア、言い過ぎだ」
「いいえ、ウンディーネだろうと時に厳しく言うことも大切です」
私は説教を続けます。
「ウンディーネ、いいですか? 古谷さんは勇者ですが、まだ私達に危害を加えていません。なのに、あの態度は何です? 彼の言う事全てに食いついて、どうして彼をそんなに敵視するのですか? 彼はディアスさんを助け、客人としてここに来ている。それは理解しているはずですよね? あなたも私の契約精霊であるなら、そこを考えて行動して──」
「リーフィア!」
「──っ」
アカネさんに肩を引かれ、私はハッと我に返りました。
そして、俯いたウンディーネからポタポタと雫が落ちていることに、気が付きました。
「ウンディーネ、これは……」
『うち、は……ただリーフィアと、一緒に居たかっただけ、なのに』
ウンディーネは消え入りそうな声を発し、体を微かに震わせました。
『……どうして、っ、どうしてリーフィアはあの人のことばかり言うの! うちだってリーフィアといっぱいお話ししたかったのに、何であの人ばかり構うの!?』
「……ウンディーネ……?」
『リーフィアの、ばかっ……あの人の方がいいなら、あっちに行っちゃえ! リーフィアなんて──大嫌い!』
「っ、ウンディーネ!」
身を翻して遠ざかるウンディーネに駆け寄り抱き寄せますが、彼女は水のように腕を通り過ぎ……扉を激しく開きながら飛び出して行ってしまいました。
「ウンディーネ!」
「リーフィア。今はやめておけ」
「ですが! ウンディーネが……!」
「やめておけと言っているだろう。今追いかけても、何にもならん。まずは落ち着け」
アカネさんに後ろから止められ、私は虚空に伸ばした手を……ゆっくりと下げました。
今追いかけても、何にもならない。
……確かに、彼女の言う通りです。
「私、どうすれば……ウンディーネに酷いことを言ってしまいました。あの子に、嫌われてしまった……」
──リーフィアなんて大嫌い!
その言葉が、私の中で何回も再生されます。
……取り返しのつかないことをやってしまった。
そう反省した時には、もう何もかもが遅かったのです。
彼女だって反省していたのに、追い打ちのように叱ってしまった。このまま本当に何処かへ行ってしまったらどうしよう。私は最悪なことばかりを考えてしまい、軽いパニックになります。
「大丈夫じゃ」
アカネさんは、そんな私を優しく抱きしめてくれます。
「あの言葉もついカッとなって言ってしまっただけじゃろう」
「そう、でしょうか……でも……」
「じゃから落ち着け。ほれ、まずは昼頃に何があったかを聞かせてくれ。先程のことも含め、相談に乗ってやるから」
「…………わかり、ました……」
椅子に腰を下ろし、アカネさんに今日のことを話しました。
……ですが、内心はとてつもない虚無感に蝕まれ、このままウンディーネが帰ってこなかったらどうしようとばかり考えてしまいます。
ひと時も落ち着くことなんて、出来ませんでした。
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