バックれたいです

 ミリアさんと街に繰り出した私は、彼女の手を繋いで立ち並ぶ屋台を眺めながら歩いていました。


「あ、ミリアさんの好きな肉串がありますよ」


「むぅ……」


「……? どうしたんですか? お腹空いていませんか?」


「めちゃくちゃ空いてる」


「食べないのですか?」


「食べたい。食べたいのだが……むぅ……」


 ミリアさんは難しい顔をして、考え込みました。


 あの本能で動いているようなミリアさんが考え事をするなんて……本当にどうしたんでしょう?


 …………熱は……ありませんね。

 ならば何ですかね? 気分が乗らない?


 ……いや、誘ってきたのはミリアさんの方です。急に気分が乗らなくなったというのは、流石に無いでしょう。ミリアさんはわがままですが、そんな適当な性格をしている人ではないとわかっています。


「そう黙られるとわかりません。何かあるのなら言葉にして教えてください」


 私は超能力者ではありませんし、メンタリストでもありません。人の考えていることなんて、何もわからないのです。

 だからミリアさんに黙られると困ります。


「……だって…………が……、……から……」


「はい? なんです?」


「……っ! だって! リーフィアが楽しそうじゃないから……!」


「えぇ……?」


 その言葉は予想外でした。

 まさかの私のせいですか…………


「どうしてそう思うのです? 私、そんなに楽しそうに見えませんか?」


「ウンディーネと一緒に行った時は楽しそうにしていた。だが、余が誘った時は仕方なく、という感じだっただろ──って、なんだ! 視界が真っ暗になったぞ!?」


 気づけば私は、ミリアさんを抱きしめていました。


「なに可愛いこと言ってるんですか」


「な、かわっ──!」


「私を誘惑しようだなんて生意気なんですよ。ミリアさんのくせに」


「んなっ!?」


「私はこれでも楽しいんですから、そうやって勝手に落ち込むのやめていただけます? 子供は子供らしくなにも考えずに楽しんでいればいいのです。はい、この話終了。……ほら行きますよ」


 私は肉串を購入し、ミリアさんの口に突っ込みます。


「美味しいですか?」


「んぐっ、んぐ……うむ……」


「なら、それでいいじゃないですか。……ね?」


「…………むぅ、うむむ……そう、だな。──よし! そうだったな!」


 どうやらミリアさんの中で考えは纏まったようです。

 先程までの表情から一変して、いつも通りのミリアさんに戻りました。


「そうと決まれば、いっぱい遊ぶぞ!」


「──あ、すいません。先に用事済ませるので待ってください」


「雰囲気台無しなのだが!?」


「いや、そう言われましても……」


 ミリアさんが満足するまで遊ぶことを考えると、絶対に私の気力が持ちません。その状態でヴィエラさんの用事まで済ませるとか……絶対に面倒です。面倒すぎて考えるのも億劫になります。


「というわけで、先にヴィエラさんの用事から終わらせますよ」


「…………むぅ、そういうことなら……仕方ない」


 ミリアさんも納得してくれたことですし、私は地図に描かれたお店へと向かいます。


 そこは町の中央から少し外れた場所にひっそりと建っていました。

 看板には『鍛冶屋』と書かれているので、おそらくヴィエラさんが注文したのは、魔王軍の兵士が使う装備品なのでしょう。


「ごめんくださーい」


 私は中に入り、店員を呼びます…………が、誰かが出てくる雰囲気はありません。


「すいませーん。誰かいますかー?」


 声を張っても返事はありません。


「返事しないと魔法ぶっ放しますよー?」


「……物騒なエルフだな」


 隣で静かにしていたミリアさんが呆れたようにそう呟きました。


「いやぁ、意図して隠れていた場合、こうやって脅せば出てくるかなぁと」


「どうしてそっちの方向に考えてしまったのだ。……おそらく、店主は出掛けているのだろう。このまま待っているしかないな」


「おお、ミリアさんがちゃんと考えている」


「ふふんっ、そろそろ見直してくれてもいいのだぞ?」


「あ、結構です」


「…………ちくしょう!」


 でも、このまま待つのも考えものですね。

 流石に店内でお布団を敷くのも遠慮しますし、待つこと自体面倒です。


「よし。今日は留守だったということで、今日は帰るとしまぶしっ」


 意気揚々とバックれようとしたら、ミリアさんに思い切り後頭部を叩かれました。

 ちょっとヒリヒリする頭をさすりながら、犯人に文句を込めた目を向けます。


「……何するのですか。今の、普通の人だったら死んでいましたよ?」


「リーフィアならば問題ない!」


 ……問題ないからって暴力降っていいわけじゃないですけどね。


「んで、なんです? 急に暴力を振るうなんて、パワハラで訴えますよ?」


「訴えるにしても、誰に訴えるというのだ。余が一番偉いだろう」


「うっわぁ、職権乱用ですか」


「うっさい」


 でも、ミリアさんが一番偉いのは事実。

 ヴィエラさんに文句を言っても、「途中で帰ろうとしたリーフィアが悪い」と言われかねません。


 だったら、この手段しかありませんね。


「久しぶりにお尻ペンペンの刑を執行します」


「それだけはやめてくれ!」


 声が完全に焦っていました。


 ……そんなにトラウマですか。お尻ペンペン。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る