第17話
夕方。いつもの待ち合わせ場所に行ったが、夏生はまだ来ていなかった。
『珍しいな』
しかしまだ時間には早かった。あずみが早く来すぎたのだ。ベンチに腰掛けて待つことにする。しばらくすると、演劇サークルの学生たちが5,6名、トンカチやペンキ缶をもってやってきた。ここで公演の看板づくりをしようとしているようだ。
男子も女子もTシャツにトレパン姿。仲良さそうに冗談を言い合いながら、作業を開始した。
その様子をぼんやり眺めながら、あずみは次第に締め付けられるような不安に駆られてきた。なんだか、取り残されたような心地だ。演劇サークルのかたまりの向こうを、学生たちが三々五々通り過ぎていく。膝の上で両のこぶしに力が入っていた。
すると、スマホが鳴った。夏生からLINEだ。慌てて見ると、一言、『急用できた。ごめん、また連絡する』。まるで電報のようなそっけない文面だ。あずみはますます不安になってきた。『どうしたの。何があった?』……その日は返信がなかった。
翌日は、政治思想史の授業があった。あずみが初めて夏生に声をかけた、あの階段教室の授業だ。『夏生にあったら、怒ってやろう』……そういう言葉とは裏腹に、あずみは早く彼の顔が見たくて仕方がなかった。夕べは不安でほとんど一睡もできていない。
いつものように大教室はざわついている。あずみは教室に入ると、ぐるりと全体を見回した。そう、ちょうどあの日の夏生と同じように。
いない。
あずみは真ん中の辺りに座った。これもあの日と同じだ。ここにいれば、教室の前の左右にある出入り口のどちらもおさえることができる。
そうだ。あずみがこの授業で真ん中辺りに座るのには、ずっと前から理由があったのだ。女装男子の姿を見たくて、わざとそうしていたのだった。
あずみは唇を引き結んで、目を左右に走らせ続けた。やがて教授が入ってきて授業が始まる。そしてその日、とうとう最後まで、夏生は現れなかった。
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