第15話
結局夏生は観覧車で一回りするあいだずっと、あずみには全く分からない言葉を連発した。おかげで夜景は見られなかった。が、ライトアップに照らされて熱心に語る夏生の表情はこれまで見たどの表情よりも生き生きしていて美しかった。
最後に夏生は言った。
「で、この本の最後には本当に美しいものが語られていてね……」
彼の話のなかで、あずみの記憶に残ったのは、この「本当にに美しいもの」というフレーズだけ。それについて聞こうとしたとき、ごとんと音がして観覧車が乗降所に戻った。
「ありがとうございましたー」
ドアを開けたスタッフの人が声をかけ、二人は立ち去ろうとしたが、さらに別の人が話しかけてきた。
「先ほどの写真出来ましたよ」
見ると、笑顔の夏生とあずみが並んで映っていた。その表情がよく似ていて、あずみは胸が熱くなった。
大学の書店の「思想」コーナーの前でぼんやりしていたあずみだが、はたと我に返って、例の本を探し始めた。クリーム色の表紙だった……。並んだ本の背を左から右に視線を走らせ、そのあと平積みにされている本の表紙に目を落とす。
『ないなぁ』
そう思ってから、ふと、『欲しい本が近くになかった』という夏生の言葉を思い出した。
『ああ、何やってるんだろう、私』
書店の外に出ようとしたところで、前方から歩いてくる人がいた。あずみは一瞬足を止めた。
久美だった。
ひるむ気持ちが瞬間的に湧いた。反射的に方向転換した。……が、とどまった。
「あれ、伊藤さん!」
屈託のない久美が正面から手を振った。あずみも笑い返す。
『ああ、このTシャツは……』
20000円だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます