第11話

 「藤井くん、私そんなにお金持ってきてない」

 「別に買うか買わないかは別でいいでしょ」

 「でも、買わないのに試着したら...。」

 そのときだった。向かいの店でよく見知った人影があった。見ると、同じクラスの久美だった。

 久美も授業はなかったのか。よく見ると、40代くらいの女の人と一緒だ。感じが似ている。母親だろう。

 久美はモデルのマネキンのきているTシャツを眺めたあと、たたんで並べられている他のTシャツに手を伸ばし始めた。こちらには全く気がついていないようだ。やがてそのなかの一枚を手にとって、レジの方に二人で歩いていった。品のいい色味のTシャツだ。

 あずみは好奇心に駆られて、そのTシャツが飾られている場所に行ってみた。自分のユニクロのTシャツとは明らかに違う質感、あずみはふと手にとって、それから値札をみてぎょっとした。やっぱり20000円弱のお値段。びっくりして久美の方を見やると、母親らしい人がカードをとり出したところだった。これを買うのか...。あずみは急いでその店から逃げるように出たが、立ち去り間際に、久美と目が合ってしまった。

 夏生が慌ててついてくるのがわかる。そのほうを見もしないで、あずみはうつむいて数メートルすたすたと歩いた。

 「伊藤さん」

 ようやく夏生が何か異変に気づいたらしく声をかけてきた。振り返ったあずみは涙をこらえ、でもあらがえずににじみ出て、ひっくひっくしゃくりあげてしまうところだった。

 夏生は唖然としたようだが、あずみを促し、

 「出ようよ。地下の方に店があるから、休もう」

 と声をかけてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る